エンゲルス『空想より科学へ』あらすじと感想~マルクス主義の入門書としてベストセラー!マルクス主義は宗教的現象か
エンゲルス『空想より科学へ』概要と感想~マルクス主義の入門書としてベストセラーになったエンゲルスの代表作
今回ご紹介するのは1880年にフリードリヒ・エンゲルスによって発表された『空想より科学へ』です。私が読んだのは1946年に岩波書店より発行された大内兵衛訳の『空想より科学へ』の2022年第93刷版です。
早速この本について見ていきましょう。
マルクスのよき協同者であったエンゲルスの大著『反デューリング論』から三章を抜粋して編まれた小冊子.十九世紀の空想的社会主義の紹介と批判,弁証法的唯物論の成立の歴史,資本主義の発達のうちに科学的社会主義が到来する必然性がやさしく説かれる.発表当時から社会主義理論の入門書として最も多く読まれている.
Amazon商品紹介ページより
この作品は上に「発表当時から社会主義理論の入門書として最も多く読まれている」と書かれていますように、エンゲルスの代表作として知られている作品です。
この作品については以前紹介した「エンゲルスの『反デューリング論』から生まれた『空想から科学へ』~空想的社会主義者という言葉はここから「マルクスとエンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(65)」でもご紹介しましたが、改めてこの作品について見ていきたいと思います。
『空想から科学へ』の内容と特徴
『空想から科学へ』を構成する三つの章では、マルクス主義の科学的な厳密さが、初期の空想的社会主義者の高尚な妙案と区別されていた(彼にしてみれば、ポッシビリストにもまだ弱点があった)。
初めのほうのページは「まったくの空想」とサン=シモン、ロバート・オーエン、シャルル・フーリエらのユートピア的な夢を冷静に切り離すことに費やされた。
それでも、使われている言葉は、一八四〇年代初期のものほど激しくはなかった。
大人になったエンゲルスは代わりに、ブルジョワ社会の性的関係にたいするフーリエの批判には、大いに価値を見出した。
オーエンの産業による家父長制には、彼は(自分も元工場の雇用主として)称賛の意を表わした。
また、経済の現実が政治の形態を定めるやり方についてのサン=シモンの分析をたたえた。
それでも、ユートピア派の重大な失敗は、社会主義を人間の条件に関するなんらかの恒久的な真実だと見なし、単に発見され、それを実行する必要を説かれればよいものだとする誤った見解でありつづけた点にあった。
一方、エンゲルスは社会主義を、「まず実際の土台の上に据えなければならない」科学として提示した。
そして、資本主義の生産(余剰価値の理論を通して)および階級闘争の現実(歴史の唯物論的思考を通して)を説明して、実際の唯物論的な土台を提供したのがマルクスだった。
マルクスの方法は階級にもとづく資本主義社会の本質をあらわにしたが、彼の弁証法の優れたところは、将来の道筋を描いたことだった。
ストレスが積み重なったのちに、量的な変化が質的なものになると、エンゲルスは説明した。水から水蒸気が発生するように、芋虫が蝶になるように、「資本主義の関係は捨て去られるのではない。むしろ、極限まで推し進められたところで転換するのである」。
資本主義社会にもともと存在する緊張は、つまり経済的基盤と政治的上部構造の分離は、転換点に達する。するとどうなるのか?それにつづく労働者の革命では、プロレタリアートが政治的権力を掌握し、生産手段が国有財産として移管される、とエンゲルスは述べた。
「しかし、そうするなかで、プロレタリアートとしての存在はなくなり、あらゆる階級区分と階級対立も撤廃され、国家としての国家も廃止される」。
ここに共産主義が政治にもたらす大きな奇跡が、エネルギーの保存や細胞の生物学と同じくらい驚くべきものがあった。
「社会関係への国家の干渉は、分野ごとにしだいに余分なものになり、やがて消滅してゆく。人間にたいする統治は、物にたいする行政と、生産過程の管理に取って代わられる」。
サン=シモンが最初に予言したように、将来の社会主義の支配は従来の政治を解消し、合理的で技術的な管理の問題になる。あるいは、エンゲルスの明らかに生物学的な言い回しを使えば、「国家は廃止されるのではない。萎れてゆくのだ」。
ついに搾取はなくなり、生存をかけたダーウィン的闘争も終わり、「社会生産における無秩序は系統だった明確な組織に取って代わられる」。
プロレタリアートの主導のもとで、人類は動物的本能から解放されて真の自由を達成する。「それは必然の王国から自由の王国へ人類が躍進を遂げたことなのだ」。
これがへーゲル観念論に関するエンゲルスのあらゆる高尚な推論の、叙情詩的かつ政治的な終着点だった。ここがマルクスの弁証法的唯物論が導くところだった。プロレタリア革命がブルジョワ社会の蛹から出現し、共産主義の夜明けが訪れるのだ。
筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P384-386
※一部改行しました
エンゲルスはこの作品においてサン・シモンやフーリエ、ロバート・オーエンらを空想的社会主義者と名づけ、マルクス思想を科学的社会主義と位置付けました。
彼ら空想的社会主義者については以前紹介した以下の記事で紹介していますのでぜひこちらをご参照ください。
『空想から科学へ』の大ヒット!エンゲルスのベストセラーに
『イギリスにおける労働者階級の状態』や『ドイツ農民戦争』、あるいは彼の戦争関連の著作すら超える勢いで、『空想から科学へ』はエンゲルスのべストセラーとなった。
彼はこの著作がフランスで「強烈な印象」を引き起こしていると、誇らしげに書いた。
「大半の人はあまりにも怠け者で『資本論』のような大著は読まないので、本書のような薄い小冊子のほうがはるかに迅速な効果がある」と、彼はアメリカの友人フリードリヒ・ゾルゲに説明した。この仕事を依頼したラファルグは、同書が「社会主義運動の初期にその方向にたいし決定的な影響」をもったことを見て、同様に喜んだ。
二人のどちらも、その影響力を誇張してはいなかった。『反デューリング論』とともに、エンゲルスの『空想から科学へ』は、大陸ヨーロッパの共産主義を方向づけるうえで非常に重要なものとなった。
フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、およびイギリスの社会民主主義者がついに理解可能なマルクス主義への手引書を手にしたのだ。
筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P386
※一部改行しました
『「大半の人はあまりにも怠け者で『資本論』のような大著は読まないので、本書のような薄い小冊子のほうがはるかに迅速な効果がある」と、彼はアメリカの友人フリードリヒ・ゾルゲに説明した。』
マルクス主義を考える上でとてつもなく重要なポイントがここで指摘されました。しかもそれをエンゲルス自身が語っている点が興味深いです。
マルクス主義の聖典である『資本論』をそもそも「読まれないもの」としてエンゲルスが考えていたことは非常に重要なポイントです。
マルクス主義はなぜ広まったのか。なぜ読まれもしない『資本論』が聖典として巨大な力を持ったのか。
これは非常に重大な問題です。
エンゲルスが書いたマルクス主義の手引書『空想から科学へ』の存在意義は計り知れないものがあります。
このことについて岩波書店版の「訳者序」について気になった箇所があります。
それをここに引用したいと思います。
エンゲルスの死後において、第一次、第二次の世界大戦という巨大な歴史とその帰結とが、エンゲルスのいうところの「科学的社会主義の発展」の検証としてわれわれの前にある。
現代の読者はそういう事実をもって、この本に対し、その弁証法を自ら検証するであろう。そのとき、この本はいよいよそのかがやきを増すであろう。この本の上にある活字は昔もいまも変らぬが、その活字のもつ光りのルックスは歴史の検証によっていよいよ大きくなっている。そしてその光りはさらに反射して読者の歴史の眼の光りとなるであろう。
わたくしがはじめてこの本をよんだのは、半世紀も前のことであったが、このたびは翻訳の必要上からも、何ども何どもよみ返した。そしてそのたびに、新しいものをこのうちに見つけることができた。
レーニンは「マルクスの見解をただしく評価するには、彼の無二の同志であり協力者であったフリードリヒ・エンゲルスの著作を知ることが絶対に必要である」といっているが、とくにエンゲルスの著作として『反デューリング論』をあげ、「これは、おどろくべく内容のゆたかな教訓に富んだ書物である」といっている。
この本は多くの人によって社会主義の入門書と定義されておる。それにわたくしも異議はないが、わたくしは「教養ある人」にとってもこの本は無用でないと思う。そしてさらにまたマルクシズムをよく知っているという自信をもつ人にとっては、それがどの程度の理解であるかをかんたんに計量する小さい秤として、本書はなかなか軽便であると思う。
岩波書店、フリードリヒ・エンゲルス、大内兵衛訳『空想より科学へ』2022年第93刷版P8-9
※一部改行しました
「この本は多くの人によって社会主義の入門書と定義されておる。それにわたくしも異議はないが、わたくしは「教養ある人」にとってもこの本は無用でないと思う。そしてさらにまたマルクシズムをよく知っているという自信をもつ人にとっては、それがどの程度の理解であるかをかんたんに計量する小さい秤として、本書はなかなか軽便であると思う。」
なぜマルクス主義はこれほど広まることになったのか。
日本でも今では想像できないほどマルクス主義が奉じられた時期があります。学生運動のあの熱狂はどこから来たのでしょうか。
その要因の一つが上の言葉にあるように思えてしまうのは私だけでしょうか。
「お前はマルクスを読んだか?」
こういうやりとりが当時どれほど飛び交ったことでしょう。マルクスを読んでいなければ相手にされないような雰囲気、そして喧々諤々とした議論。そんな中、
「この本は多くの人によって社会主義の入門書と定義されておる。それにわたくしも異議はないが、わたくしは「教養ある人」にとってもこの本は無用でないと思う。そしてさらにまたマルクシズムをよく知っているという自信をもつ人にとっては、それがどの程度の理解であるかをかんたんに計量する小さい秤として、本書はなかなか軽便であると思う。」
という言葉をこの本で言われるわけです。これは読みたい欲をそそりますよね。これを読めば「知っている側」に入ることができると思えてきます。つまりマルクスを知らない人達との差別化が可能になります。言い換えれば「自分は他の人たちとは違う。私は真実を知っているのだ」という感覚を得ることができます。
また、仲間からの促しと合わされば「読まねばならぬ」という危機感も煽られることになります。こうした側面もマルクス主義の伝播に大きな影響を与えていたのではないかと私は思うのです。
そしてこの作品で語られることはたしかにシンプルです。
〔社会主義を科学としたのはマルクスである〕
この二大発見、すなわち唯物史観と、剰余価値による資本主義的生産の秘密の暴露とは、われわれがマルクスに負うところである。社会主義はこの発見によって一つの科学となった、そこでこの科学はこれについて、その細目と関連とをヨリ十分に研究しなくてはならぬ。
岩波書店、フリードリヒ・エンゲルス、大内兵衛訳『空想より科学へ』2022年第93刷版P63
マルクス理論は空想的なものではなく科学的なものであり、その発見者たるマルクスは偉大な人物である。(だからこそ『資本論』も偉大であり、それを読まねばならぬ)
〔いまや社会主義は歴史的必然である〕
岩波書店、フリードリヒ・エンゲルス、大内兵衛訳『空想より科学へ』2022年第93刷版P86
そしてマルクス理論は絶対的な歴史法則であり、未来はマルクスの言うように資本主義が崩壊し共産主義の世界となる。労働者の苦境はブルジョアジーの搾取が原因であり、やがて彼らはその報いを受けることになるだろう。これは歴史的必然である。
では我々プロレタリアートは何をすべきか。
プロレタリア革命。矛盾の解決、すなわち、プロレタリアートは公共的権力を掌握し、この権力によってブルジョアジーの手からはなれ落ちつつある社会的生産手段を公共所有物に転化する。この行動によって、プロレタリアートは、これまで生産手段がもっていた資本という性質から生産手段を解放し、生産手段の社会的性質に自己を貫徹すべき完全な自由を与える。かくして今やあらかじめ立てた計画に従った社会的生産が可能となる。生産の発展は、種々の社会階級がこれ以上存続することを時代錯誤にする。社会的生産の無政府状態が消滅するにつれて国家の政治権力も衰える。人間はついに人間に特有の社会的組織の主人となったわけであって、これにより、また自然の主人となり、自分自身の主人となる。―要するに自由となる。
この解放事業をなしとげること、これが近代プロレタリアートの歴史的使命である。この事業の歴史的条件とその性質そのものとを探究し、以てこれを遂行する使命をもつ今日の被抑圧階級に、彼ら自身の行動の条件および性質を意識させること、これがプロレタリア運動の理論的表現である科学的社会主義の任務である。
岩波書店、フリードリヒ・エンゲルス、大内兵衛訳『空想より科学へ』2022年第93刷版P92
「この解放事業をなしとげること、これが近代プロレタリアートの歴史的使命である。」
エンゲルスはこの作品において人間世界の過去現在未来を一本の線で描き出しました。
なぜ現在の世界はこんなにもひどい状況なのか。
ーそれは資本主義の到来によってブルジョアジーが搾取をしているからだ。
では、この先の未来はどうなるのか。
ーブルジョワジーは打倒され、共産主義という平等な理想郷が到来する。
エンゲルスはこうして現在の原因=過去と、未来の理想郷を示します。
そして今なすべきことは何か、つまり革命運動を起こすという新たな現在のあり方を提示します。
私たちの苦しみの原因は何か。そしてその苦しみをなくすために何をすべきか。そしてそれをすれば必ず訪れるであろう未来の世界はどんなものか。
過去→現在→未来
これをエンゲルスはわかりやすくこの本で描いて見せたのです。なぜ私たちはこんなに苦しまなければならないのか、未来はどうなるのか、今何をすべきなのかわからない。これが人間の根源的な苦しみの元です。
ですがエンゲルスは過去と未来をがっちり抑えた上で今現在何をなすべきかを明確に示した。しかもそれに加わることは悪なる世界を正す正義の行動であるという物語を提供した。ここにこの作品の最大のポイントがあるのではないかと私は思います。「あなたは正義であり善い人である。あなたは悪なる世界を変える任務を与えられた大切な人間だ。私達と共に戦おう。共に世界を変えよう。理想の世界へ行こう」という感覚を与えてくれるのがマルクス主義だったのではないでしょうか。
これはまさに宗教的な現象と言えるのではないかと私は思います。
私がマルクスやエンゲルスを学び始めたのはまさに「マルクスは宗教的な現象か」というテーマがあったからこそです。
過去と未来をがっちり抑えた上で今現在何をなすべきかを明確に示したエンゲルス。
そして彼はマルクスの『資本論』こそその根拠だと宣言します。
こうしてマルクスの『資本論』が有無を言わさぬ聖典と化しました。
となれば『資本論』の悪名高き難解さ、巨大さは逆に長所となっていきます。
世界の秘密を解き明かす偉大なる書は難しければ難しいほどいいのです。
一般の人が簡単に読めてしまうものであってはならないのです。
絶対的な権威者がその他大多数の人々がなすべきことを決定し導く。これが重要なのです。
まさにこれはドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官の章」で指摘した宗教の根本問題であります。
この記事ではこれ以上はお話しできませんが、マルクス主義伝播において『空想から科学へ』が果たした役割はとてつもないものがあると私は思います。
難解で大部な『資本論』と、簡単でコンパクトな『空想から科学へ』。
この組み合わせがあったからこそマルクス主義が爆発的に広がっていったということもできるかもしれません。
それほど重大な意味がある作品だと私は考えます。
以上、「エンゲルスの代表作『空想より科学へ』~マルクス主義の入門書としてベストセラー!マルクス主義は宗教的現象か」でした。
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