エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』~『共産党宣言』『資本論』に大きな影響を与えた若きエンゲルスの代表作

マルクス・エンゲルス著作と関連作品

エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』概要と感想~『共産党宣言』『資本論』に大きな影響を与えた若きエンゲルスの代表作

フリードリヒ・エンゲルス(1820-1895)Wikipediaより

今回ご紹介するのは1845年にフリードリヒ・エンゲルスによって発表された『イギリスにおける労働者階級の状態』です。

私が読んだのは岩波書店、一条和生、杉山忠平訳の『イギリスにおける労働者階級の状態』です。

早速この本について見ていきましょう。

1842年,父親の経営するマンチェスターの工場で働き始めたエンゲルス(1820-95)は,資本家による苛酷な労働者搾取の現実を目のあたりにして,労働者の生活状態についての実態調査と研究を重ねた。本書はこの成果をまとめたもので,資本主義の原罪を明らかにした労働者生活史の古典。(全2冊)

19世紀初頭のイングランド労働者階級の日常生活を子細に伝える本書は,読物として大変おもしろいものであるのみならず,その学問的意義も,出版から約1世紀半の今日なお少しも減じていない。労働者階級の状態が初めて科学的に解明され,労働者階級が初めて資本主義体制の変革主体として位置づけられた記念碑的著作。

岩波書店、エンゲルス、一条和生、杉山忠平訳『イギリスにおける労働者階級の状態』表紙より

以前紹介したこちらの記事で詳しくお話ししたように、エンゲルスはドイツの綿工場経営者の御曹司として生れました。

その商人修行の一環としてエンゲルスは1843年からイギリス、マンチェスターで過ごすことになります。

父の経営するマンチェスターの工場で見習いをしながら、そこに暮らす労働者たちの地獄のような生活を目の当たりにします。

そこでの経験をまとめ、労働者の実態と資本家たちの横暴を告発したものが本書、『イギリスにおける労働者階級の状態』になります。

この作品についてトリストラム・ハント『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』では次のように解説されています。

今日、その妥協しない情熱ゆえに、この書(『イギリスにおける労働者階級の状態』 ※ブログ筆者注)は「イングランドの状況」に関する正典、、として―ディズレーリの『シビル、あるいは二つの国民』、カーライルの『過去と現在』、ディケンズの『ハード・タイムズ』、エリザべス・ギャスケルの『メアリー・バートン』と並んで―西洋文学で最も名の知れた主要な論争の書でありつづけている。

しかし、彼の作品をこれら(階級区分を平和裏に撤廃することを望むキリスト教的な弱腰)の小説から際立たせたのは容赦ない糾弾的文体だった。

この書は、当時のほかの報告書では考えられないほど、自由放任主義の産業化と都市化がもたらした惨状をありのままに読者に突きつけた。「僕はイギリス人にすばらしい起訴状案を提出するつもりだ」と、エンゲルスは執筆途中でそう宣言した。

「全世界を前に、殺人、盗みなどの罪を壮大な規模で犯したかどでイギリスのブルジョワ階級を告訴するのだ」。この作品は歴史や統計を織り交ぜ、さまざまなテーマを網羅するものとなり、「大都市」から「アイルランド人移民」や「炭鉱で働くプロレタリアート」にまで言及し、それぞれについてブルジョワの足元にうんざりするほど罪状を並べ立てるものとなった。

彼自身がじかに見聞きした話や、ジェームズ・リーチから引用した事例と並んで、エンゲルスはとりわけイギリス政府が発表した公式記録(「いわゆる青書」)を大量に利用するのを楽しんだ。「私はつねに自由党リベラルの情報源からの証拠を提示するようにし、ブルジョワ自身の言葉を面と向かって投げつけて、自由党リベラルのブルジョワ階級を打ち負かすように心がけた」。これはマルクスが『資本論』で完成させた論争術だった。

そのため『イギリスにおける労働者階級の状態』には、工場の委員会報告や法廷記録、『マンチェスター・ガーディアン』紙や『リヴァプール・マーキュリー』紙からの記事、それにピーター・ギャスケルやアンドリュー・ユーアなどのリべラル派による産業化する陽気なイギリスのばら色の報告の引用がぎっしりと詰まっていた。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P135-136

ここで述べられるように、エンゲルスはこの本で容赦なくブルジョワを攻撃します。

この本が始まってから2ページ目にはすでにその攻撃が始まります。

同時にまた、諸君の敵である中産階級を観察する機会を十分にもったために、諸君が彼らにおよそなんの助けも期待していないことは正しいのだ、じつに正しいのだ、という結論にわたしはすぐにいたった。彼らの利害は諸君の利害とは正反対である。彼らがつねに逆のことを主張して、諸君の運命に心底からの共感をいだいている、と諸君に信じこませようとしてはいるのだが。彼らの行動が彼らのうそを証明している。

中産階級のねらいは―ことばではどういおうとも―労働の生産物を売ることができるかぎりは諸君の労働で私腹をこやし、こうした間接的な人肉商売から利益をあげることができなくなるやいなや、諸君を餓死にゆだねることにほかならないのだ、という事実の証拠を、わたしは十二分に集めたつもりである。諸君にたいする口先だけの善意を証明するために、彼らがなにをしたというのであろう。
※一部改行しました

岩波書店、エンゲルス、一条和生、杉山忠平訳『イギリスにおける労働者階級の状態』P16-17

スタートの段階ですでにこの調子ですので、この本ではかなり厳しく批判の手が加えられます。

マンチェスターは当時最も産業革命が進んだ街のひとつで、その栄光の陰で貧しい労働者たちが地獄のような生活を送っていました。

エンゲルスはそれを実地で調査し、カーライルの『過去と現在』や新聞記事なども引用しながら筆を進めていきます。

この作品はマルクスにも強烈な影響を与え、『共産党宣言』や『資本論』にも引用されています。

マルクスは労働者の実態を直接研究することはありません。彼はあくまで書物の山から理論を構築していきます。そんなマルクスに実地の体験を提供したのがエンゲルスだったのです。

詳しくは以下の記事「『共産党宣言』『資本論』にも大きな影響を与えたエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(26)」でお話ししていますのでぜひご参照ください。

さて、最後にこの作品はなぜマルクス主義者にとって重要な作品であり続けたのかということについてお話しします。

『イギリスにおける労働者階級の状態』は労働者の悲惨な生活を告発した作品ですが、実はこうした告発自体は特に新しいものでもなければ、データや引用も多い作品なのでエンゲルスの筆が圧倒的に優れているというわけでもないのです。

ではなぜこの作品がこれほどまでに評価されているのでしょうか。下巻の表紙にそのヒントが書かれています。

「労働者階級の状態が初めて科学的に解明され,労働者階級が初めて資本主義体制の変革主体として位置づけられた記念碑的著作」

つまりエンゲルスは貧困に苦しむ労働者と強欲なブルジョワを対立させ、そこにヘーゲル哲学を適用することで革命理論のプロパガンダとしてこの作品を描写することに成功したのです。

エンゲルスはこの作品の最終部にこう述べています。

こうしたことはすべて、もっとも確実に引き出すことのできる結論であり、一方での歴史的発展と、他方での人間本性という、論駁の余地なき事実を前提とする結論である。ここイングランドほど予言の容易なところはない。なぜならば、ここでは社会のなかであらゆるものがきわめてはっきりと、しかも鋭く発展しているからである。革命は到来するにちがいない。問題の平和的解決をもたらすには、いまではすでに遅すぎる。

岩波書店、エンゲルス、一条和生、杉山忠平訳『イギリスにおける労働者階級の状態』P248

それまでの貧困労働者の実態の告発では、単に「改善すべき」社会問題として労働問題が提起されていましたが、エンゲルスはそれを革命運動に結び付けて語ったことに斬新さがあったのです。

しかもそうしてブルジョワを罵っているのがドイツの綿工場の御曹司です。自身もブルジョワでありながらブルジョワを攻撃するエンゲルス。

この矛盾については上の記事でお話ししていますが、ドイツの若いブルジョワ青年がイギリスでヘーゲル思想を労働問題に適用したのが画期的だったのでした。労働問題が歴史的法則としての革命運動と結びつけられたことにエンゲルスの大きな仕事があったのです。

そしてこれに感激したのがマルクスなのでした。

こうした二人の関係性を考える上でもこの作品は非常に重要なものとなっています。

以上、「エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』~『共産党宣言』『資本論』に大きな影響を与えた若きエンゲルスの代表作」でした。


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