MENU

『アイダよ、何処へ?』あらすじと感想~ボスニア紛争の実態を描いたアカデミー賞ノミネート作品

目次

『アイダよ、何処へ?』あらすじと感想~ボスニア紛争の実態を描いたアカデミー賞ノミネート作品

今回ご紹介するのは2021年9月より公開された映画『アイダよ、何処へ?』です。

『アイダよ、何処へ?』はボスニア紛争のスレブレニツァの虐殺を題材にした映画です。今年度のアカデミー賞にもノミネートされ、今話題になっています。

この作品について公式HPでは次のように紹介されています。

わずか四半世紀前のボスニアで何が起こったのか?
戦後ヨーロッパ最悪の集団虐殺事件
「スレブレニツァ・ジェノサイド」の真実とは-

ボスニア紛争末期の1995年7月11日、ボスニア東部の街スレブレニツァがセルビア人勢力の侵攻によって陥落。避難場所を求める2万人の市民が、町の外れにある国連施設に殺到した。国連保護軍の通訳として働くアイダは、夫と二人の息子を強引に施設内に招き入れるが、町を支配したムラディッチ将軍率いるセルビア人勢力は、国連軍との合意を一方的に破り、避難民の“移送”とおぞましい処刑を開始する。愛する家族と同胞たちの命を守るため、アイダはあらゆる手を尽くそうと施設の内外を奔走するが――。

『ノーマンズ・ランド』以来19年ぶりにボスニア映画としてアカデミー賞ノミネート!
故郷ボスニアの紛争による傷跡を描き続ける女性監督ヤスミラ・ジュバニッチの最高傑作。

『アイダよ、何処へ?』公式HPより

実は私も2019年にこのスレブレニツァの地を訪れています。

あわせて読みたい
ボスニア紛争で起きた惨劇、スレブレニツァの虐殺の地を訪ねて ボスニア編⑩ 2019年4月29日、私は現地ガイドのミルザさんと二人でスレブレニツァという町へと向かいました。 そこは欧州で戦後最悪のジェノサイドが起こった地として知られています。 現在、そこには広大な墓地が作られ、メモリアルセンターが立っています。 そう。そこには突然の暴力で命を失った人たちが埋葬されているのです。 私が強盗という不慮の暴力に遭った翌日にこの場所へ行くことになったのは不思議な巡り合わせとしか思えません。 私は重い気持ちのまま、スレブレニツァへの道を進み続けました。

紛争を経験したガイドさんと共にここを訪れ、お話を聞かせて頂いた体験を私は忘れることはできません。スレブレニツァは私の旅の中で最も心に残った場所でした。

だからこそ私はこの映画をぜひとも観たいなと思ったのでありました。

私が訪ねたのは札幌のシアターキノさん。

道内でこの映画を観ることができるのはシアターキノさんだけでした。この映画を上映してくれて本当にありがとうございます。

そして映画が始まる前にガイドブックを購入しました。

これがまた素晴らしいのなんの!

ボスニア紛争の流れや、この映画の題材となったスレブレニツァの虐殺の経緯がわかりやすくコンパクトにまとめられています! これは絶対買った方がいいです!強くおすすめします!

映画を観ての感想

スレブレニツァの虐殺を取り上げた映画ということで、かなり残酷なシーンやショッキングな場面が多く描かれるのかなと思っていたのですが、全体を通して淡々とストーリーが進んで行く印象でした。

激しいアクションや観客の気持ちを揺さぶるような感情的なシーンで魅せていくような映画ではありません。

ですが、その分この映画で取り上げられたスレブレニツァの様子がリアルに伝わってきます。

収容しきれないほど大勢の人が国連の収容所をめがけて殺到し、避難している様子はやはり強烈でした。本で読んで知るのとはまた違ったスレブレニツァを感じることになりました。

そしてそこで家族や同胞を守るため奮闘する主人公のアイダ。その緊迫感はひりひりするほどでした。

また、やはりこの映画で思わずにはいわれないのは国連軍の無力さです。

スレブレニツァでは国連軍としてオランダ軍が駐屯していましたが、セルビア軍を抑えるほどの武力は全く持ち合わせていません。しかも頼みの綱の空爆も本部から拒絶される始末。これでは現地に残されたオランダ軍では何の抵抗もできません。

案の定、セルビア軍の侵攻を防げず、彼らの目の前で虐殺が行われることになってしまいました。

アイダが必死にオランダ軍に助けを求めるも、彼らは「自分たちにやれることはやった」と取り合う気もありません。

こうした国連軍の機能不全がかなりくっきりとこの映画では描かれています。

私はこの映画を観る前にスレブレニツァでなぜこうした国連軍の機能不全が起こったのかを本で学びました。そこにはルワンダのジェノサイドとソマリアのブラックホークダウン事件が大きく関わっていたことを知りました。

国連はもはや民族紛争に武力で介入すべきではないという風潮がそこで生まれてしまったのです。

この映画だけではそこまでの背景を知ることはできませんが、現場で悲惨な状況に対応している指揮官と彼らに何の援助も与えようとしない国連本部の温度差を感じることができます。ある意味、こうした国連の姿を通して「世界はスレブレニツァを見殺しにした」ということを告発しているかのようにも感じました。

先ほども申しましたように、私は2019年にまさしくこの映画に出てくる収容所を訪れています。そこで次のようなものが展示されていました。

これは国連軍は何もしてくれなかったという皮肉を込めて書かれたものだそうです。収容者たちの無念がこの皮肉に込められていると紛争経験者のガイドさんが話してくれました。

そして最後にもうひとつ。

映画の中でも出てくるのですが、ボスニアではこれまで多民族が共存し、互いにパーティーなど行き来したり、多民族間での結婚までなされていた社会でした。

それがいつしか隣人同士が「民族」を理由に殺し合いを始める悲劇へと転落していくことになってしまいました。

なぜそうなってしまったのか。それを語るにはあまりにも複雑な背景があるのでここではお話しできませんが、実際にこうした悲劇が世界中で起こっているのは事実です。ある日突然こうした殺し合いが起こるというのは他人ごとではありません。

ですが、そうした戦いもいつかは終結します。

戦いが終結するとどうなるか。そこにまた生活が戻ってきます。

ただ、その生活は過去とは全く違ったものになります。亡くなった人は帰ってきません。

場合によっては生存者と加害者が一緒の街で生活をしなければなりません。こうした時にそこは今後どうなっていくのか。

『アイダよ、何処へ?』もそうしたテーマが語られます。

虐殺が起きた場において未来をどう作っていくのか、これからの時代を生きる子供たちにどう伝えていくのか、こうしたこともこの映画で考えさせられることになります。

感想の冒頭にも述べましたが、この映画は想像していたよりもかなり淡々としています。ですがこの淡々さがリアルで、より恐怖を感じさせます。刺激的な演出でインパクトを与えるタイプの映画とはまるで違います。

スレブレニツァの地は2019年の私の旅の中でも最も印象に残った地です。この映画を観て、あの場所で実際に起きていたのはこういうことだったのかと改めて戦慄しました。

いつかまたボスニアに行きたいなと強く思いました。そしてスレブレニツァの地にも・・・

『アイダよ、何処へ?』、非常におすすめ映画です。

ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「『アイダよ、何処へ?』あらすじと感想~ボスニア紛争の実態を描いたアカデミー賞ノミネート作品」でした。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
栁澤寿男『バルカンから響け!歓喜の歌』あらすじと感想~バルカンで生き抜く日本人指揮者の驚異の物語 紛争後の複雑な政治情勢や荒廃したインフラ、民族感情など、著者の語る苦労は並々ではありません。 ですがそんな中でも音楽の力を信じ突き進み、奇跡を起こしたこの物語には本当に痺れました・・・! この本には救いがあります。悲惨な憎しみの世界にあって音楽の力で平和と希望を蘇らせるのだという強いメッセージが伝わってきます。

ボスニア紛争、スレブレニツァの虐殺を学ぶためにおすすめの参考書一覧紹介記事

あわせて読みたい
ボスニア紛争を学ぶためのおすすめ参考書15作品をご紹介 この記事ではボスニア紛争、スレブレニツァの虐殺を学ぶためのおすすめ参考書を紹介していきます。

参考書一覧
柴宜弘『ユーゴスラヴィア現代史 新版』ボスニア内戦とは何だったのかを学ぶために
ボスニア紛争の流れを知るのにおすすめ!梅原季哉『戦火のサラエボ100年史「民族浄化」もう一つの真実』
高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』メディアの絶大なる影響力~知られざる紛争の裏側
子供達から見たボスニア紛争とは『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』
ユーモアたっぷりに語られるボスニア紛争下の生活『サラエボ旅行案内 史上初の戦場都市ガイド』
長有紀枝『スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察』スレブレニツァの虐殺を学ぶのにおすすめ
長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』ジェノサイドを様々な視点から考える1冊
P・ゴーレイヴィッチ『ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実』信じられない惨劇がアフリカで起きていた・・・
神はなぜ虐殺から救ってくれなかったのか…『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』
映画でも有名!『ホテル・ルワンダの男』アフリカのシンドラーと呼ばれた男の物語
衝撃の三部作!ルワンダ虐殺の実態『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダジェノサイド 生存者たちの証言』
加害者は虐殺後何を語るのか『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダ・ジェノサイドの証言 加害者編』
虐殺者と共存する地獄~赦しとは一体何なのか『隣人が殺人者に変わる時 和解への道―ルワンダ・ジェノサイドの証言』
大ヒット映画の原作!ソマリアの惨劇『ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』
バルカンに平和と希望を!栁澤寿男『バルカンから響け!歓喜の歌』

以下は2019年に私がボスニアを訪れた時の記事です
私の旅で最も心に残った国!紛争経験者に聞くボスニア紛争の現実 世界一周記ボスニア編一覧
ウィーンからサラエボへ~ぼくがボスニアを選んだ理由 ボスニア編①
ボスニアの首都サラエボに到着~ボスニアはどんな国? ボスニア編②
サラエボの奇蹟―命をつないだトンネル!ボスニア紛争とトンネル博物館 ボスニア編③
ヴレロボスネ自然公園とサラエボオリンピック競技場の墓地~平和の象徴が紛争犠牲者の墓地に… ボスニア編④
サラエボ旧市街散策~多民族が共存したヨーロッパのエルサレムの由来とは ボスニア編⑤
たった1本の路地を渡ることすら命がけ!サラエボ市街地にてボスニア紛争を学ぶ ボスニア編⑥
ボスニア紛争経験者ミルザさんの物語(前編)ボスニア編⑦
ボスニア紛争経験者ミルザさんの物語(後編)ボスニア編⑧
上田隆弘、サラエボで強盗に遭う ボスニア編⑨
欧州で起きたジェノサイド、スレブレニツァの虐殺の地へ⑴ ボスニア編⑩
欧州で起きたジェノサイド、スレブレニツァの虐殺の地へ⑵ ボスニア編⑪
恐怖や孤独に打ち勝つ心の強さとは―紛争経験者ミルザさんとの対話 ボスニア編⑫
オスマン帝国時代の遺産、ポチテリ~絶壁に立つ天然の要塞 ボスニア編⑬
ブラガイのイスラム修道院と圧倒的な湧水の美しさ ボスニア編⑭
モスタルの象徴、世界遺産スタリモスト~ネトレヴァ川に架かる美しき橋 ボスニア編⑮
強盗に遭ったショックは思いの他ひどかった…モスタルでの日々と旅の転換点 ボスニア編⑯
戦慄のモスタル虐殺博物館-暴力について考える ボスニア編⑰
ボスニアの魅力とおすすめポイントをご紹介 ボスニア編⑱
ボスニア、サラエボの治安情報 ボスニア編⑲

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次