シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』あらすじと感想~古代ローマを舞台にした初期の隠れた名作!『リア王』とのつながりも

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シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』あらすじと感想~古代ローマを舞台にした初期の隠れた名作!

今回ご紹介するのは1594年頃にシェイクスピアによって書かれたとされる『タイタス・アンドロニカス』です。私が読んだのはKindle版の新潮社、福田恆存訳です。

早速この本について見ていきましょう。

ローマの帝位継承権を争う前皇帝の息子兄弟。そこにゴート人との戦いに勝利したタイタス・アンドロニカスが凱旋帰国し、市民の圧倒的支持により皇帝に推薦されるが…。男たちの野望に、愛情・復讐心・親子愛が入り乱れたとき、残虐のかぎりが尽くされる…。シェイクスピアの作品では異色の惨劇。

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古代ローマを舞台にした劇をシェイクスピアはいくつも書いていますがその中でも最も有名なのはやはり『ジュリアス・シーザー』ではないでしょうか。そして『アントニーとクレオパトラ』が次点に連なるのではないかと思います。

今作『タイタス・アンドロニカス』はシェイクスピアの初期の作品です。つまり彼にとっての最初の古代ローマの劇が本作品になります。そして興味深いのは上の2作品が史実を題材に作られたのに対し、この作品は史実上の人物が全く出てこないという点です。

作品を読んでみると、時代的にはおそらく2世紀末以降のローマだと思われます。と言いますのもゴート族による反乱の多発や、皇帝が次々と変わっていくような状況がこの作品の時代背景として描かれているからです。紀元2世紀はローマ五賢帝という偉大な皇帝たちの時代であり、ローマ帝国が最も繁栄した時代です。しかし五賢帝の最後の人物、マルクス・アウレリウス帝の後はどんどん国が衰退していきます。ちなみにマルクス・アウレリウス帝というのはあの『自省録』を書いたことでも知られる人物です。

この辺りの歴史の流れの参考書としては本村凌二著『興亡の世界史第04巻 地中海世界とローマ帝国』やエドワード・ギボン著『ローマ帝国衰亡史』がおすすめです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、今作『タイタス・アンドロニカス』はそんな衰退期のローマ帝国を舞台にした史劇になります。

主人公はタイトルにもなっている勇将タイタス・アンドロニカス。彼はローマのために命を懸けて戦い、忠実に国家に仕えてきた人物でした。

そのタイタスが武勲を上げてローマに帰国するところから物語は始まります。

ローマでは前皇帝の長男サターナイナスとその弟バシェイナスが「次なる皇帝は私だ」と争っていました。そこに国民の人気者タイタスが帰還し、この争いをなんとか調停してほしいという流れになります。ですが事は単にそれでは収まらず、タイタスこそ皇帝になるべきであるという方向に進んでいくことになったのでした。

しかし国家の忠臣として生きてきたタイタスはその話を丁重に辞退します。そして「皇帝の長男サターナイナスこそ皇帝にふさわしい」と、いとも簡単に国家の全権を彼に明け渡すことになったのでした。お人よしのタイタスのこの軽率な判断が全ての悲劇の始まりになります。

これまで地位も名誉もあった人間がよからぬ人間に権力を与えてしまったがゆえに起こる悲劇。

これはあの『リア王』を連想してしまいますよね。『リア王』もまさに邪悪な娘たちの甘言を簡単に信じ込んでしまった老王の悲劇から始まります。

このことについて訳者の福田恆存は巻末の解題で次のように述べています。

正直の話、私自身も学生時代に『タイタス』を読んだ時、駄作とまでは思はなかったが、それ程の作品とも思はず、殆ど印象に残ってゐなかったのである。その私の目を開いたのは一九七四年、ロイヤル・シェイクスピア劇団によりロンドンのオールドヴィッチ劇場で上演されたトレヴァ・ナン演出の『タイタス』である。私はタイタスにリアの前身を観た。そしてこれを訳してゐるうちに、エアロンのうちにイアーゴーとオセローを、ルーシアスのうちにコリオレイナスとマルコムを、サターナイナスとタマラ夫人のうちにマクベスとその夫人を、詰り後期悲劇の片鱗を幾つか垣間見る想ひがした。

Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No2050

たしかにこの作品を読めば訳者の述べるように、後期悲劇につながるものを明らかに感じることになります。その中でも先ほど述べた『リア王』とのつながりは特に大きいのではないかと思われました。

ですがこの作品はとにかくむごい!ちょっと想像を絶するむごさです。読んでいてかなり辛くなります。

『リア王』もかなり悲惨な劇ではありますがそれをはるかに超える残虐さ、非道ぶりです。

「どいつもこいつも復讐の餌食になるがいい!」

Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No1426

これは悪事を企んだエアロンというイアーゴー的な男が捕らえられた時に苦し紛れに叫ぶ言葉であるのですがまさにこの言葉通り、この作品では復讐が復讐を呼び、互いに残虐な仕返しを繰り返すことになります。

そして最終的にその憎しみの声は主人公タイタスの次のような恐るべき言葉で表されることになります。

聞け、悪党共、俺は貴様等の骨をいて粉にし、それを貴様等の血でね、その練り粉を延し、見るも穢はしいその貴様等の頭を叩き潰した奴を中身にパイを二つ作って、あの淫売に、さうよ、貴様等の忌はしい母親に食はせてやるのだ、大地が自ら生み落したものを、再び呑込む様にな。

Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No1621

初期シェイクスピアにしてすでにこのような恐るべき言葉がすでに現れているのです。ちょっと常軌を逸していますよね。私もこの箇所を読んだ時はさすがにぞっとしました。

ですがこのタイタスの怒りも正当といえば正当です。それだけのことをこの母(敵役のタマル)とその子たち(ここでは貴様等と呼ばれている)にされてきたのです。(娘の夫を目の前で殺害し、娘をそのまま強姦。さらにその罪がばれないように娘の舌と両手首を切り落とし、さらにはタイタスの息子たちに濡れ衣を着せて処刑した。なんと恐ろしい!)

とにかくこの作品は異常に残酷です。このことについての若干の解説も解題ではなされています。このことについてはこれ以上は触れませんが、これまで述べてきたようにこの作品は後期悲劇作品につながるものを感じることができます。

そして登場人物の圧倒的個性、人物の巨大さですね。これも見逃せません。

先ほども出てきたイアーゴー格のエアロンという男。悪の権化のような人物ですがこの男の巨大さ、そして一筋縄ではいかない複雑さたるや!これはすさまじい人物造形だと思います。よくもまあこんなにも強烈な人物を生み出したなと驚くほどです。現代風に言うなら、ものすごくキャラが立っています。その存在感は主人公タイタスを完全に圧倒しています。

ですがそうは言っても先ほど見た驚くべき言葉を発したタイタスも負けたとは言えません。あれほどの言葉が出てくる人物はそうそういません。ただいかんせんエアロンが特殊すぎるのです。

またタマルという、敵方の女王の曲者ぶりも見逃せません。タイタスにあれほどの言葉を吐かせたのもこの女王がいたためです。しかも単なる悪女ではなくて、戦争で自分の息子がタイタスに殺された恨みから始まっているというのも物語をより複雑で深いものに変えています。やはり、子を失った母親の悲しみは「凄まじい」という言葉では表現しきれないものがあります。

いずれにせよ、『タイタス・アンドロニカス』は初期にしてすでに後期の悲劇作品の片鱗が見える隠れた名作なのではないかと私は思います。

私にとっても衝撃の作品でした。

以上、「シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』あらすじと感想~古代ローマを舞台にした初期の隠れた名作!『リア王』とのつながりも」でした。

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