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シェイクスピア悲劇の最高峰『リア王』あらすじ解説
ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)Wikipediaより
『リア王』は1605年頃にシェイクスピアによって書かれた作品です。
私が読んだのは新潮社、福田恆存訳の『リア王』です。
早速あらすじを見ていきましょう。
おい、俺は王だぞ、お前等、それを知っているのか――。
愛娘3人、善人はひとり。老王は誰を信じたか? 財産に走り、父を見捨てた姉妹たち。
シェイクスピア四大悲劇の一つ。
老王リアは退位にあたり、三人の娘に領土を分配する決意を固め、三人のうちでもっとも孝心のあついものに最大の恩恵を与えることにした。二人の姉は巧みな甘言で父王を喜ばせるが、末娘コーディーリアの真実率直な言葉にリアは激怒し、コーディーリアを勘当の身として二人の姉にすべての権力、財産を譲ってしまう。老王リアの悲劇はこのとき始まった……。
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この物語は上の姉2人の甘言を安易に信じ、最も心優しき末娘の率直さに激怒したリア王の愚行から始まります。それまで思うままに力を振るってきたリア王がいざ地位と権力を姉2人に譲った途端、もはや用済みと邪険に扱われてしまうのです。
そこから姉二人の陰謀はますますエスカレートし、国を巻き込む大事件になっていきます。そしてリア王はもはや乞食同然にまで落ち込み、国土を放浪する身となってしまうのです。王という権力の絶頂から何も持たぬ乞食へと転落し、さらには愛する娘からも裏切りを受けるというこの落差。
『リア王』はそんなリアの苦悩と嘆きが圧倒的な迫力でもって描かれる作品です。
巻末解題にわかりやすい解説がありましたのでこちらに引用していきます。
『リア王』の主題は誰の目にも明かなように、第一に親子の間の愛情と信頼に関るものである。リアとグロスターは信じている子に裏切られ、コーディーリアとエドガーは愛している父に裏切られる。更に追従と虚偽が忠誠と正義を圧し、ケントは追放される。
この作品の第二の主題は虚飾の抛棄である。だが、それは必ずしも貧者に対する憫みだけを意味するものではない。リアは言う、「必要を言うな!如何に賤しい乞食でも、その取るに足らぬ持物の中に、何か余計な物を持っている」。
この時、現実家シェイクスピアの目に人の姿の哀れと映じたのは、貧しきが故に何か必要なものを欠いているからではなく、貧しきにも拘らずなお何か余計なものを持っているからであった。
親と国王という権威のうちに包まれていたリアは、その事実に「殆ど心附かなかった」のだが、それを奪われて孤独になった今、彼はすべてが「ごまかし」であり、「人間、外から附けた物を剥してしまえば、皆、貴様と同じ哀れな裸の二足獣に過ぎぬ」と観念する。
グロスターもリアに韻を合わせるように言う、「この俺に行くべき道などあるものか、それなら目は要らぬ、俺は目が見えた時には、よく躓いたものだ。例は幾らもあろう、人間、有るものに頼れば隙が生じる、失えば、卻ってそれが強味になるものなのだ」。
更にリアとグロスターに無一物の人間の姿を教えた筈の「裸の二足獣」エドガーすら、悲惨な父の有様を見て、なお失うべきものを持っていた事を教えられて、こう呟く、
「誰が言えよう、『俺も今がどん底だ』などと?確かに今の俺は前にくらべてずっと惨めだ。だが、あすからは、もっと惨めになるかもしれぬ、どん底などであるものか、自分から『これがどん底だ』と言っていられる間は」
※一部改行しました
新潮社、福田恆存訳『リア王』p211-212
最後の「どん底などであるものか、自分から『これがどん底だ』と言っていられる間は」というセリフがこの物語における悲劇を物語っていますね。
訳者の福田氏は次のようにこの作品を絶賛しています。
『リア王』はシェイクスピア悲劇の最高峰である。のみならず、この作品において始めてシェイクスピアは彼のみが書き得る、紛れも無い彼自身の刻印を持った悲劇を書いたと言える。
これを書いていた時の彼は、他の如何なる悲劇詩人の目も届かなかったほど深く世界の核心に入込み、その秩序の崩壊と、引続いて起る醜怪な不条理の様相とを、まざまざと眼前に眺めていたのである。
これに較べれば、ギリシア悲劇の最高のものすら影が薄くなる。アイスキュロスやソフォクレスにおいてさえ、作品の裏側では常に理性が神々の世界と取引きをしてはいないか、その帳尻が必ず零になるような安定感に支えられていはしないか。
※一部改行しました
新潮社、福田恆存訳『リア王』p210
ギリシャ悲劇の影すら薄くなるほどの傑作悲劇であると福田氏は述べます。それほどの完成度がこの作品にはあるということなのですね。さすがシェイクスピア悲劇の最高峰です。
感想―ドストエフスキー的見地から
この作品はリア王を含め幾人もの人間が悲惨な運命を辿ります。その悲惨さは目を覆いたくなるようなものがあり、彼らの悲痛な叫びには思わず圧倒されてしまいます。
ですが巻末の中村保男氏の解説では次のように述べられていました。
『リア王』は怖るべき作品である。それは私たちを畏怖させ、私たちの存在の根幹を震撼させる。それは、作中にグロスターの目つぶしという残酷な場面があり、リアがコーディーリアともども死んでしまう結末になっているからだけではない。
悪が、全く非人道的な悪がわがもの顔に跳梁し、人生の不条理が赤裸に露呈されているからである。だが、この怖るべき悲劇にも「救い」はある。それは単に厭世主義的な作品ではないのだ。(中略)
この劇の究極的な効果は、芸術の極限とも言えるほどの高みにまでおし進められた憐憫と恐怖が、秩序と美の感覚と巧みに融合し、私たちは遂には憂慮でも、ましてや絶望でもない、苦痛の中の偉大さという意識、私たちには測り知れぬ神秘がもつ荘厳さの意識に至るという点にあるのだ。
新潮社、福田恆存訳『リア王』p225-226
この作品は単に悲劇的な厭世的な物語ではない。苦痛の中にこそ人間の偉大さや測り知れぬ神秘があるのだと述べられています。
苦悩の中に救いがある。これはドストエフスキーにも通ずるものが感じられます。リア王とドストエフスキーのつながりについてはジョージ・ステイナー著『トルストイかドストエフスキーか』にも説かれていました。
単に苦悩が絶望になるのではなく、そこにこそ人間の奥深さがあることに目を向けたという点でもこの悲劇作品の偉大たる所以があるように私には思えました。
最後にこの作品とあのロシアの偉大なる文豪トルストイとのエピソードについて少しだけ紹介します。
私にとってこのエピソードはかなり驚きのものでした。
トルストイはシェイクスピアを嫌い、その『リア王』よりは『原リア』の方が遥かに秀でていると言った。第一に、彼の目には副筋が余計な夾雑物に見え、主筋の担っている主題を掻乱し曖昧にするものとしか映じなかった。
第二に、リアの激情は不自然であり、道化との対話も悪ふざけとしか思われなかったのである。が、ヒースに蔽われた荒野を駆けめぐるリアを嘲笑したトルストイの最期は、恐らく他の誰よりもリアに似ている。リアが「愚か」に見えたのは、彼がリアと同じ「愚かさ」をもっていたからであろう。が、シェイクスピアが、その作劇術が、愚劣に見えたトルストイは単に生真面目な近代小説家というだけの事に過ぎまい。
新潮社、福田恆存訳『リア王』p212
訳者の福田氏によるとトルストイはシェイクスピア作品を嫌っていたようです。
なぜトルストイはシェイクスピアを嫌ったのか、このことについては後にトルストイも読んでいきますのでその時に改めて考えていきたいと思いますが、非常に興味深いテーマですね。
※2022年7月26日追記
トルストイの『シェイクスピア論および演劇論』をいよいよ読むことができました。
トルストイがなぜシェイクスピア、特に『リア王』を嫌ったのかということについてこの記事でじっくり見ていきますのでぜひこちらもご覧ください。
※2024年11月追記
この『リア王』についてぜひおすすめしたい本があります。それが山﨑努著『俳優のノート』という本になります。
私がこの作品を手に取ったのは当ブログでも紹介した松岡和子さんの『深読みシェイクスピア』がきっかけでした。
この本を読み、超一流の役者さんたちの凄まじさに私は驚きました。私は以前から役者さんに対する憧れ、尊敬の念があったのですがこの本を読んでますますその思いが強くなりました。
そしてこの本の中で山﨑努さんの『リア王』に関するエピソードが書かれていて、そこで紹介されていたのが本書『俳優のノート』だったのです。
この本は日記形式で語られていて、『リア王』の公演に向けて奮闘する山﨑努さんの日々を知ることができます。まるでドキュメンタリー番組を観ているかのような臨場感があります。
山﨑さんがいかに『リア王』を深く理解しようとしていたのか、その日々の思索、演技への追求は恐るべきものがあります。まさに求道者。
『リア王』への役作りだけの話ではなくもはや「人生とは何か」という問いまで深く掘り下げられていきます。
山﨑さんの『リア王』理解の深さには驚くしかありません。単に頭で考えて理論を組み立てるのではなく、生活すべてをかけて全身でリア王にぶつかる!そうして生まれてきた深い思索がこの本で語られます。これには驚くしかありません。シェイクスピアを学ぶ上でも非常にありがたい作品でした。
これはぜひぜひおすすめしたい名著です。学校の教科書にしてほしいくらいです。仕事をするとはどういうことか。生きるとは何か。そういうところまで深めていける素晴らしい作品です。
以上、「シェイクスピア『リア王』あらすじ解説~世界最高峰の傑作悲劇!「誰が言えよう、『俺も今がどん底だ』などと?」」でした。
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