プーシキン晩年の最高傑作『大尉の娘』あらすじと解説

ドストエフスキーとロシア

プーシキン晩年の最高傑作『大尉の娘』あらすじと解説

『大尉の娘』は1836年にプーシキンによって書かれた歴史小説です。

私が読んだのは岩波文庫、神西清訳の『大尉の娘』です。

早速表紙のあらすじを見ていきましょう。

プーシキン晩年の散文小説の最高峰。実直な大尉、その娘で、表面は控え目ながら内に烈々たる献身愛と揺るがぬ聡明さを秘めた少女マリヤ、素朴で愛すべき老忠僕―。おおらかな古典的風格をそなえたこの作品は、プガチョーフの叛乱に取材した歴史小説的側面と二つの家族の生活記録的な側面の渾然たる融合体を形づくっている。

岩波文庫、神西清訳『大尉の娘』

この作品はエカテリーナ二世治世下の1773-1775年に起こったプガチョフの乱という大規模な反乱を題材とした歴史小説です。

ですがそこはプーシキン。単に歴史的事件を取り扱うのではなく、あくまでその事件を題材に、その事件に巻き込まれた人々を主人公に選んでいるのです。

このことについては後で改めてお話ししていきます。

さて、この『大尉の娘』ですがロシア文学史上でも非常に重要な作品とされていて川端香男里氏の『ロシア文学史』には次のように記されています。

プーシキンの唯一の完成された長篇歴史小説、『大尉の娘』(一八三六)は、プーシキンが刊行した文学雑誌『同時代人』に掲載され、好評を博した。ジャーナリストの立場にあったプーシキンの読者サーヴィスという面もあり、ウォルター・スコット風のメロドラマ的要素もあるが、スコットよりもはるかに簡潔な作品となっている。すぐれた人物描写が随所に見られ、中でもつつましい素朴な守備隊の大尉は、レールモントフの『現代の英雄』やトルストイの、『戦争と平和』に見られる謙虚なロシア的英雄の原型となっている。

川端香男里『ロシア文学史』岩波書店 P134-135

この作品は以前紹介したレールモントフの『現代の英雄』や、あのトルストイの『戦争と平和』にも大きな影響を与えた作品だったのです。『大尉の娘』の巻末解説には次のようにも書かれていました。

大尉ミローノフの性格は、平生讚辞にかけては極度にやぶさかであったレフ・トルストイをして「深く心を打たれた」と告白させ、「これが本当の勇者だ、思わずそう口ずさまずにはいられなかった」と述懐させている。

岩波文庫、神西清訳『大尉の娘』P285-286

そしてもう一つ興味深いのはイギリスの作家ウォルター・スコットとのつながりです。

このことについて同じく『大尉の娘』の巻末解説には次のように述べられています。

彼が最初の師バイロンに訣別して、シェイクスピヤに新たな陶酔を見出したのは当然の成行きであった。史劇『ボリース・ゴドウノフ』(一八二五年)はこの重要な転換期を記念する、新鮮なみのりの一つであった。しかし史劇におけるシェイクスピヤの影響を言うならば、歴史小説におけるスコットの影響も、何としても言い忘れてならないものである。

スコットの騎士道華やかな歴史小説は、当時ロシヤをも風靡していたもので、あたかも一八一二年の大勝による国民精神の高揚を背景として、その名はロシヤ浪漫主義運動の旗印たる観をすら呈していた。

スコットの流行が如何に夥しい大小の模倣者を北方の文壇に生んでいたかは、プーシキン自身が一八三〇年に、「今日では小説といえば、虚構の物語に敷衍された歴史上の大きな出来事を指すことになっている。ウォルタ・スコットの後ろから模倣者の群がわんさとついて行く」と、半ば忿懣をまじえて述べていることからも、容易に想像される所であろう。

そしてプーシキン自身も亦、もちろん曾てバイロンによって己れの世界観を根底から揺すぶられたのには比すべくもないけれど、到底スコットの影響を免れること出来なかったのである。

一八二〇年代に初めてその作に接して以来、スコットの芸術は次第に強く彼の心にくい入って、三〇年代に入るとともにその影響は種々の形で彼の制作の上に色濃く現われはじめるに至った。
※適宜改行しました

岩波文庫、神西清訳『大尉の娘』P280-281

プーシキンの代表作『エウゲーニイ・オネーギン』は1820年代から書き始められ、その作品にはイギリスの詩人バイロンの影響が色濃くありました。

「バイロン的」という言葉があるくらい、ロシアではその影響が強かったのです。

そこからプーシキンは「バイロン的なもの」から脱皮し、シェイクスピアの影響を受けていくことになります。

そしてその影響が色濃く出たのが劇作品の『ボリス・ゴドゥノフ』という作品でした。

そこから30年代に入り、プーシキンは歴史に強い関心を持つようになり、イギリスのウォルター・スコットの影響を受けるようになっていくのです。

ウォルター・スコットといえば以前当ブログでも紹介しましたように、ドストエフスキーが愛してやまなかった騎士道物語の作者その人です。

「子どもの教育にはスコットを読ませなさい」とドストエフスキーが生前人々に勧めていたあのウォルター・スコットです。

ドストエフスキーがスコットを好んでいたのもロシアで大流行していたからこそでもあったのです。彼が独自に探し出してきたわけではないのです。

話は戻りますが、こうしてプーシキンは様々な作家の影響を受けつつも、独自の感性で『大尉の娘』を執筆していきます。

この作品の素晴らしさ、独自性についてアンリ・トロワイヤの『プーシキン伝』では次のように述べられています。

プーシキン以前には、文学は、埋もれた生涯や控え目な勇気の例や平凡な悲嘆のしるしを軽んじて、仰々しい名前や並外れた体質を持つ傑出した人物たちのグループからしか主人公を選ばなかった。

プーシキン以前には、「主人公」と「群集」とは越えがたい溝で分けられていた。主人公は孤立と照明という特権にあずかっていた。群集は端役の淋しい役回りに甘んじていた。

プーシキンによって、群集は暗がりから出てくる。プーシキンのおかげで、一少尉が、地方の一大尉が、そうきれいでもそうりこうというわけでもない孤児の一少女が、つましい暮らしを送っている一女性が、一従僕が、文学の世界で市民権をもらうのである。

プーシキンは、詩の語彙に庶民の言葉を導入したのと同様に、小説の主人公たちの常連にも、しがない人間たちを導入したのである。

『大尉の娘』は、単によくできた物語だとか人を夢中にさせる読み物だというばかりではない。この作品は、当時としてはまさに最重要の革新的なものなのである。

もしプーシキンが『大尉の娘』を書く計画を断念していたら、トルストイの『戦争と平和』が発表されることはなかったろう。『戦争と平和』は、『大尉の娘』の中にあるさまざまな主題の一つのすぐれた展開なのである。

卜ルストイにおいては、プーシキンにおいてと同じに、戦闘と野営の場面が、恋愛とか家庭のくつろぎの場面と交互に出てくる。筋の何本もの細流れが、いくつかの歴史的大事件という巨大な山の間を蛇行している。

公に神格化された巨人たち(トルストイについて言えば、ナポレオン、アレクサンドル一世、クトゥーゾフ。プーシキンについて言えば、エカテリーナ二世、プガチョーフ)が、非常な素朴さを備えたふつうの人間の像と対峙している。そして時代は、その主役たちによってよりも、その端役を演ずる者たちによって、いっそう生き生きと蘇っている。
※適宜改行しました

アンリ・トロワイヤ『プーシキン伝』篠塚比名子訳 P623

そしてトロワイヤはこう言います。

『大尉の娘』は、心理描写と表現の傑作である。着想の見事さに、文の構成と用語の驚嘆すべき確かさが対応している。ロシア語は、この一見ざっとした物語以上に立派に構成された、完璧で申し分のないものは何も産み出したことがない。

アンリ・トロワイヤ『プーシキン伝』篠塚比名子訳 P625

プーシキンはこの作品でも動詞を中心としたテンポのよい語り口、そして無駄な形容語を一切省いた簡潔な文体で物語を描いていきます。

そしてトロワイヤの言うように、この作品は単に面白いというだけではなくロシア文学史上での大事件でもあったわけです。彼は歴史に埋もれる名も無き人びとを文学の世界に引き上げました。

これは現代小説に慣れ親しんだ私たちには一見些細なことに思えるかもしれませんが、当時の時代背景を考えれば、とてつもない発想の転換だったのです。

こうしたプーシキンの偉業があったからこそ世界文学の最高峰と呼ばれるトルストイの『戦争と平和』が後に生まれてくるのです。

もちろん、ドストエフスキーもそんな彼の影響を色濃く受けているのであります。

『大尉の娘』は驚くほどすらすら読むことができました。これはまさしくプーシキンの文体のなせる技だと思います。

そしてこの作品に出てくる歴史上の大人物、プガチョフの乱の首謀者プガチョフと皇帝エカテリーナ二世の描写も素晴らしいものがあります。

歴史の教科書に現れる彼らよりもはるかに生き生きとしていて人間らしさを感じさせるのです。プーシキンの手にかかれば歴史上の大人物が私達と同じ人間として命を吹き込まれるのです。

プーシキンのプガチョーフは、詩人が彼を庶民の感性を通して見たゆえに、本物である。プーシキンのプガチョーフは、歴史家たちが競って割愛するあの無名の人々の顔の群れの中にプガチョーフが置き直されているゆえに、本物である。プーシキンのプガチョーフは、もう、いくつもの戦闘の名称や、将軍たちの名の一覧表や、目安になる日付やの中に単独でいるのはなくて、その周囲に当時の民衆がふたたび生き始めたゆえに、本物である。

アンリ・トロワイヤ『プーシキン伝』篠塚比名子訳 P623

トロワイヤが言うように、私にそう感じさせたのはやはりプーシキンが名もなき人々を生き生きと描いたからこそなのかもしれません。

『大尉の娘』はその無骨なタイトルの影響もあるかもしれませんが、なかなか一般の人が「おっ、これ読んでみようかな」となるような本ではありません。

そもそもプーシキンその人が日本においてはマイナーな存在です。

ですがこの状況は非常にもったいないように思います。

彼の作品たちがマイナーな古典として眠り続けるのはとてつもない損失のように思えます。

私自身こうしてドストエフスキーのことを学ぶ過程で知り合ったくらいなので偉そうには言えないのですがこうして出会ったのも何かの縁。

プーシキンは本当に面白い作品をたくさん出しています。現代小説と比べても全く遜色ありません。古典だからと敬遠するのはもったいないです。驚くほど読みやすく、そして内容の濃さも超一流です。

ぜひこのブログをきっかけにプーシキン作品に触れて頂けましたら幸いでございます。

以上、「プーシキン晩年の最高傑作『大尉の娘』あらすじと解説」でした。

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