MENU

坂本慎一『ラジオの戦争責任』あらすじと感想~メディアが煽るナショナリズム。戦争のメカニズムを学ぶためにも非常におすすめ!

ラジオの戦争責任
目次

坂本慎一『ラジオの戦争責任』概要と感想~メディアが煽るナショナリズム。戦争のメカニズムを学ぶためにも非常におすすめ!

今回ご紹介するのは2022年に法藏館より発行された坂本慎一著『ラジオの戦争責任』です。

早速この本について見ていきましょう。

なぜあの戦争は起こったのか。なぜ「終戦記念日」は八月十五日なのか。そこには、当時最強のマスメディア・ラジオの存在があった―。

放送を軌道に乗せるために始まった初期の仏教講話の時代から「玉音放送」に至るラジオの歴史を五人の人物伝によってひもとき、日本が戦争を拡大させていった経緯と、またたく間に終戦を受け入れた背景に見え隠れする「日本特有の事情」を描き出す。

これまでの昭和史研究の〝盲点〟を突いた好著。

Amazon商品紹介ページより

まずはじめに言わせて下さい。

この本は衝撃的です。ぜひ多くの方に読んで頂きたい素晴らしい一冊です。私達の常識がひっくり返される作品です。

この本のすごさを知って頂くためにも冒頭の「まえがき」の文章を紹介します。

しばしば進歩的知識人は、太平洋戦争について「軍部が国民をだまして戦争を行なった」と主張している。仮にそうだとして、軍部は何を通じて、どうやって国民をだましたのであろうか。軍人たちは、国民一人ひとりに声をかけてまわったのではない。彼らが行なったのはラジオ演説である。国民のほとんどは、東條英機に会ったことはなかったが、それでいて彼の声は広く知られていた。国民が聞いたのは、東條によるラジオ放送である。大本営発表による戦果の強調も、戦争意識を高める軍歌の演奏も、軍隊が行進するときの軍靴の音も、国民はラジオで聞いたのであった。

戦前のラジオ放送は、日本放送協会による第一放送と第二放送しかなかった。民間放送は戦後になってからである。戦争のさなか、日本最大の発行部数を誇っていた朝日新聞が約三七〇万部であったのに対し、ラジオ受信契約者は最大で七五〇万人に達していた。さらにラジオは新聞とは異なり、一台の受信機が発する音を多くの人が聞いていた。「ぺンは剣よりも強し」という言葉があるが、この時代のラジオはいかなるペンよりも強かったと言える。多くの国民が真珠湾攻撃について知ったのはラジオであり、戦争の終結を自覚したのは玉音放送であった。当時の多くの国民にとって、太平洋戦争はラジオに始まり、ラジオに終わった戦争であった。

昭和初期におけるラジオ放送の影響力の大きさは、次のように理解することもできる。江戸時代において国民の大多数を占めていたのは農民であった。彼らは、最高権力者である将軍や、その側近の老中たちを見たこともないし、声を聞いたこともなかった。地元の大名ですら、大名行列でその存在を意識する程度だったと想像される。

そのような封建の時代が終了してから百年を経ない昭和初期に、ラジオは急速に普及した。ラジオは東條英機や松岡洋右の声を直接国民の耳に届けた。江戸時代で言えば、将軍や老中の声を全国の農民に同時に聞かせたのと同じである。もともと「お上意識」の強い日本人が急速にこのような状況に置かれるようになれば、政治家はそれまでになかった強大な権力を手に入れたも同然である。

本来、政治家としての優秀さと、演説のうまさは正比例しない。朴訥でありながら、決断力や判断力に優れた政治家もいれば、ロだけは達者で無責任な政治家もいる。ラジオが社会に浸透すると、演説のうまい政治家が国民的人気を博するようになった。責任感や未来への洞察力よりも、ラジオ演説のうまさが決定的に重要となった。大正デモクラシーの時代からわずか数年で、急速にそのような時代になったのである。これでは、政治が混乱しないほうが不思議である。

つまり、太平洋戦争の原因として、ラジオ放送の存在そのものを疑ってみるべきではないだろうか。

法藏館、坂本慎一『ラジオの戦争責任』p7-9

いかがでしょうか。この箇所を読むだけでもこの本がいかに説得力に満ちた作品かが伝わるのではないでしょうか。特に「ラジオが社会に浸透すると、演説のうまい政治家が国民的人気を博するようになった。責任感や未来への洞察力よりも、ラジオ演説のうまさが決定的に重要となった」という指摘はあまりに恐ろしいものであるように私は感じました。これはまさに現代においても形を変えて繰り返していることではないでしょうか。

本書ではこうしたラジオの力と戦争の関係を見ていくことになります。

そして私も本書を読み始めてすぐに驚いたのですが、なんとラジオ放送の興隆には仏教学者が大きく関わっていたとのこと。これは私にとってあまりに大きな問題となりました。

と言いますのも、私は今スリランカの仏教を学んでいます。そしてその過程でスリランカの内戦についても学ぶことになりました。

スリランカは1983年から2009年まで多数派のシンハラ人と少数派のタミル人との間で内戦状態になっていました。

この内戦の大きなきっかけとなったのはスリランカ人口の大半を占めるシンハラ仏教徒と少数派のヒンドゥー・タミル人の対立です。ですがこの対立もはじめからあったわけではありません。この対立が激化したのはスリランカ仏教とナショナリズムが結びつくというこの国独特の宗教・民族観の生成があったからこそでした。この内戦の背景については以前当ブログでも紹介した澁谷利雄『スリランカ現代誌』や杉本良男『仏教モダニズムの遺産』という本がおすすめですが、まさにスリランカの内戦には仏教が大きく絡んでいたのです。

しかもその『スリランカ現代誌』にはこう書かれていたのです。

シンハラ・ナショナリズムの第三のうねりは、八〇年代後半にやってくる。歌謡界でこれを担ってきたのはサララギーであり、なかでもナンダー・マーリニがもっとも影響をふるってきた。八七年に彼女は「そよ風(pavana)」と題する二枚組カセットを発売する。同年、人民解放戦線(JVP)は武装闘争を開始した。「そよ風」は内容が過激なために政府は放送禁止としたが、カセットは販売され続け、八八年までの一年半の間に、同名の歌謡ショーが二五〇回以上も催されていた。私は当時コロンボで行われた彼女のショーに出かけたが満員で入場できなかったことを記憶している。

彩流社、澁谷利雄『スリランカ現代誌―揺れる紛争、融和する暮らしと文化』P86-87

スリランカでもラジオやカセットから流れる音楽、言葉が大衆を煽動し、暴動へと駆り立てたのでありました。

この箇所を読み私がさらに連想したのは1990年代のルワンダの虐殺です。

この虐殺はたった数か月足らずで少数民族であるツチ族80万人が殺害されるという惨劇でした。しかもその虐殺の方法があまりに残虐でした。銃による殺害ではなく山刀(マチェーテ)で切り刻むという、極めて原始的な方法での殺害でした。

そしてP・ルセサバキナの『ホテル・ルワンダの男』では信じられない悲劇を目の当たりにすることになります。この本の中で語られた次の言葉は忘れられません。

あわせて読みたい
P・ルセサバキナ『ホテル・ルワンダの男』あらすじと感想~虐殺は「言葉」から始まった…恐るべき民族虐... ルワンダの虐殺中、危険を顧みずおよそ1200人もの人の命を救ったホテルマンの物語。この出来事は映画化され、世界中でヒットしました。 この本もルワンダの虐殺を知る上で非常に貴重な一冊です。 なぜ人々はあっという間に虐殺者に変わってしまったのか。彼はその原因を「言葉」だと言います。私はこの本を初めて読んだ時、鳥肌が立ちました。この「言葉」を聴いて私は伊藤計劃さんの『虐殺器官』を連想してしまったのです。

鉈を握った人々の親たちは、自分たちがツチ族に比べて知能も外見も劣ると再三言い聞かされてきた。容姿の面でも国政を司る能力の面でも、ツチ族を超えることは決してできないのだ、と。それはエリートの権力をより強化する意図のもとに考えられたレトリックだった。フツ族は政権を奪取すると、自分たちが聞かされてきた悪意に満ちた言葉をロにすることで、過去の恨みを煽り立て、抑えのきかない心の闇を刺激した。

ラジオ局のアナウンサーによって発せられた言葉が暴力の最大の引き金となった。ラジオは一般市民に対して、ツチ族の隣人宅へ押し入り、その場で住民を殺害することを公然と奨励していた。そうした指示は誰にでもわかるような暗号で表現された。「背の高い木を切れ。近隣を清掃せよ。義務を果たせ」標的の住所と名前が電波の上で読み上げられた。逃げ出す者があれば、それが実況放送され、聴衆はスポーツの試合のようにラジオの向こうの追跡劇に耳を傾けた。

民族的優位を称え、為すべき仕事を果たすよう人々に訴えかけた数々の言葉は、三ケ月間にわたってルワンダに信じがたい現実を作り上げた。狂気が正当なものに見せかけられ、暴徒との意見の相違は死をもたらした。

ルワンダはひとつひとつの段階で失敗を重ねていた。それはヨーロッパの支配者たちの、民族の差異を利用した、分断と統治という戦略の失敗からはじまった。それに続いたのは、民族間の分裂を乗り越えて、真の連合政府を形成することができなかったルワンダ人の失敗だった。次は充分な証拠があったにも関わらず介入しようとせず、大惨事を防ぐことができなかった西欧諸国の失敗だった。ジェノサイドという言葉を使おうとしなかったアメリカの失敗もあった。平和維持組織としての責務を果たそうとしなかった国連の失敗もあった。

これらのすべての失敗は、言葉の使いかたを誤ったことに原因があった。私が強調したいのはそのことだ。人類の兵器庫の中で、言葉は命を奪うのに最も効果的な武器である。

ヴィレッジブックス、ポール・ルセサバキナ、堀川志野舞訳『ホテル・ルワンダの男』P17-18

私はこの箇所を初めて読んだ時、鳥肌が立ちました。

そうです。まさにラジオで語られた言葉が人を殺戮へとかき立てたのです。

私はこれまでこうしたルワンダの虐殺やスリランカの内戦でラジオがはたした強力な宣伝効果を知ることとなりました。

そんな中X(旧Twitter)を通じて出会ったのが本書『ラジオの戦争責任』であったのでした。スリランカを学んでいる今こうして本書と出会えたのは何か不思議なご縁だとしか思えません。

スリランカではダルマパーラ(1864-1933)という人物が仏教ナショナリズムを強烈に煽ることになりました。

アナガーリカ・ダルマパーラ(1864-1933)Wikipediaより

そしてその流れは今なお続いています。こうした流れを知った上で、かつて日本でもラジオにおいて仏教学者や演説、説法の達人が仏教を語り多くの人に強い影響を与えていたというのは驚きでした。もちろん、それら仏教の語りが直接戦争へと繋がったわけではないとはいえ、そうしたラジオ放送がやがて戦争へと人々を駆り立てていったというのは事実ではないでしょうか。ラジオの興隆に仏教が果たしていた役割を学べたのは非常に刺激的でした。

また、松下幸之助についての驚きの事実や、政治家松岡洋右の圧倒的な演説力、玉音放送を手掛け戦争を終結させた影の立役者下村宏の偉業など次から次へと驚異の事実をこの本では目にしていくことになります。

とにかく読んでみて下さい。それも一刻も早く!これほどの本に出会えるのはそうそうありません。世界が非常に不安定になっている今こそ読むべき名著中の名著です。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「坂本慎一『ラジオの戦争責任』~メディアが煽るナショナリズム。戦争のメカニズムを学ぶためにも非常におすすめ!」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

ラジオの戦争責任 (法蔵館文庫)

ラジオの戦争責任 (法蔵館文庫)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
M・ウィクラマシンハ『変わりゆく村』あらすじと感想~スリランカの傑作長編!ドストエフスキーやチェー... 日本ではあまり知られていない作品ですが、世界的にも評価されている素晴らしい小説です。私も実際に読んでみてその素晴らしさを堪能することとなりました。 スリランカでの生活が目の前に現れるかのような、没入感ある小説です。ドストエフスキーやチェーホフが好きな人には特にフィットする作品だと思います。 これからこの三部作全てを読んでいきますが、そのスタートからして圧倒的なクオリティを感じた一冊でした。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
和田朋之『ハイジャック犯をたずねて—スリランカの英雄たち』あらすじと感想~スリランカ内戦の経緯が詳... まさに学術書というよりノンフィクション!内戦の経緯が一般読者にもわかりやすくかつ臨場感たっぷりに語られます。ぐいぐい読ませます。私も一気に読み切ってしまいました。ものすごく面白いです。

関連記事

あわせて読みたい
川島耕司『スリランカと民族』あらすじと感想~シンハラ・ナショナリズムと民族対立の流れを詳しく知る... 本書はスリランカ内戦に関する新たな視点を私たちに示してくれます。 この本を読んで「え!そうだったの!?」という事柄が何度も出てきて私自身も驚かされることになりました。 スリランカ内戦や政治の流れを知る上で本書は必読の一冊です。
あわせて読みたい
川島耕司『スリランカ政治とカースト』あらすじと感想~政治と宗教、ナショナリズムの舞台裏を明らかに... この本は衝撃の一冊です・・・! 今まで顧みられてこなかった資料を丹念に読み込んだ著者ならではの新たなスリランカ政治史がここにあります。 これは政治と宗教を考える上でも非常に重要な作品です。
あわせて読みたい
ルワンダの虐殺を学ぶのにおすすめの参考書7作品~目を背けたくなる地獄がそこにあった… ルワンダの虐殺はあまりに衝撃的です。トラウマになってもおかしくないほどの読書になるかもしれません。それほどの地獄です。人間はここまで残酷になれるのかと恐れおののくしかありません。 私はボスニア紛争をきっかけにルワンダの虐殺をこうして学ぶことになりましたが、これらの本を読んでいてボスニア、ルワンダ、ソマリアのそれぞれが特異で異常なのではなく、人間の本質としてそういうことが起こり得る、誰しもがやってしまいかねないものを持っているのだということを改めて思い知らされることになりました。 目を背けたくなるような歴史ではありますが、ここを通らなければ、歴史はまた形を変えて繰り返してしまうことでしょう。そうならないためにも私たちは悲惨な人間の歴史を学ばなければならないのではないでしょうか。
あわせて読みたい
V・ハヴェル『力なき者たちの力』あらすじと感想~チェコ大統領による必読エッセイ~知らぬ間に全体主義... この本は衝撃的な1冊です。私が今年読んだ本の中でもトップクラスのインパクトを受けた作品でした。元々プラハの春に関心を持っていた私でしたが、この本を読み、あの当時のプラハで何が起こっていたのか、そしてそこからどうやってソ連圏崩壊まで戦い、自由を勝ち取ったのかという流れを改めて考え直させられる作品となりました。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次