(33)ジャン・ヴァルジャンが逃げ込んだ建物が謎過ぎる…!

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(33)ジャン・ヴァルジャンが逃げ込んだ建物が謎過ぎる…!
『レ・ミゼラブル』 第二部 コゼット 第五章 暗闇の追跡に無言の同勢 ⑶
ぎりぎろのところで塀をよじ登り、ジャヴェールから逃れたジャン・ヴァルジャン。
ですが、彼らが降り立った敷地は奇妙なほど寂れ、人の気配を感じさせない不気味な場所でありました。
ピンチの後にやって来た新たな謎・・・。
ここはどこだ?パリにこんな場所があったのか?あまりに静かすぎる・・・。
ですが、この静寂を破り、突如女性の声で讃美歌が聞こえてきたのでありました。
ジャン・ヴァルジャンとコゼットはひさまずき、その声に耳を澄まします。一体ここは何なのだろう。2人は困惑するしかありませんでした。
とはいえ、ずっとここでひざまずいているわけにもいきません。ジャン・ヴァルジャンは恐る恐るこの声が聞こえてきた建物を調べにいくのでありました。
その部屋の中には、かすかな明りと、大きな影が幾つかめるというよりほかは、何も見えなかった。かすかな明りは、隅の常夜灯からきているのだった。広間は人けがなく、動くものもなかった。しかし、よくよく見ると、床の敷石の上に、喪布に覆われた人体に似たものが見えるような気がした。それは腹這いになって、石に顔をつけて腕を十字に組み合せ、死人のようにじっとしていた。蛇のような格好で石の上に長くのびていたが、その陰惨な形のものは、首に綱を巻いているらしかった。
広間全体には、薄明るい場所につきものの靄が立ちこめて、いっそう恐ろしい感じだった。
ジャン・ヴァルジャンものちによく言っていたことだが、一生のうちで陰惨な光景にたくさん出会ったが、夜中に垣間見た謎のような姿が、あの暗い場所でわけのわからぬ神秘を行なっている様子ほど、背筋の寒くなるような、恐ろしいものは見たことがなかった。それはきっと死んでいるのだと考えると恐ろしかったが、生きているのだと思うのは、もっと恐ろしかった。
彼は勇気を出して額を窓ガラスにくっつけて、その物体が動くかどうかうかがった。しばらくそうしてみても無駄だった。そのしばらくが彼にはとても長く思われたが、その姿は少しも動かなかった。突然、なんとも言えぬ恐怖に襲われて、彼は逃げ出した。納屋の方へうしろも見ずに駆け出した。もしうしろを振向きでもしたら、あの姿が腕を振り振り、あとから大股に追いかけて来るような気がしたのである。彼は息を切らしてあばら家にたどり着いた。膝ががっくりして、汗が腰のあたりを流れていた。
ここはどこなのだ?パリの真ん中にこんな墓場のようなものがあろうとは、誰が想像できよう?この奇妙な家はなんだろう?夜の神秘にみち、天使の声で暗闇の中に魂を呼び寄せ、来てみればいきなり恐ろしい光景をつきつけ、天国の光り輝く門をあけると約束しておいて、墓穴の恐ろしい門をひらく家よ!それは現実の建物であり、道路に沿って番地を持った一軒の家なのだ!夢ではない!そう信ずるために、彼はその家の石にさわってみずにはいられなかった。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P297-299
あのジャン・ヴァルジャンがここまで怖がるほど奇怪な光景がここにあったのです。真夜中に身じろぎもせず石の上でひれ伏す謎の女性達・・・。これはたしかに想像しても恐ろしいですよね。
しかも彼が言うように、パリにこんな場所があろうかと誰が想像できましょう。たまたま逃げ込んだこの建物があまりに現実離れしていて、さすがのジャン・ヴァルジャンも現実と夢想の区別がつかなくなってしまっています。
こうした謎が謎を呼ぶ展開は当時のヨーロッパでもやはり流行していて、特に有名なのがドイツのホフマン(1776-1822)という作家の怪奇小説でありました。

このホフマン短編集に収録されている『砂男』という作品はまさにこうした不気味で謎な展開のオンパレードで、読むとその先が気になってドキドキしてしまいます。レミゼのこの建物のシーンはまさにこうした怪奇小説的な空気感を感じます。
ちなみにでありますが、ドストエフスキーもホフマンを若い頃から愛読していて、彼の狂気的なキャラクター創作にも大きな影響を与えているとされています。
続く
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