(12)「本は冷静だが確実な友人だった」~読書家のジャン・ヴァルジャン

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(12)「本は冷静だが確実な友人だった」~読書家のジャン・ヴァルジャン
第一部 ファンチーヌ 第五章 堕落 ⑴
前章ではコゼットがテナルディエの居酒屋に預けられる顛末を見ていきましたが、ここからはファンチーヌの故郷モントルイユ・シュル・メールの町について語られていきます。
この町についてここで語られるのは他でもありません。パリで職を失ったファンチーヌが最後の頼みの綱として帰って来たのがこの町だったからです。
ですが、この町はファンチーヌがいない間に格段の変化を遂げていました。数年前にどこからかやって来た男が工場を建設したおかげで、今や地方でも有力な産業都市へと変貌していたのです。もちろん、その男こそジャン・ヴァルジャンなのでありますが、この時点ではまだ「マドレーヌさん」と伏せられています。
ちなみにですが、ジャン・ヴァルジャンがこの町にいることができたのも「たまたま」です。
ちょうど彼がこの町を通りかかった時に、市役所で火事が起こったそうです。そこで彼は身の危険も顧みず火に飛び込み、二人の子供を救ったのでありました。そしてこの二人の子供の親がたまたま憲兵隊長だったので彼は身分証明書を調べられることなく済んだのでした。息子の命の恩人に対してそんな野暮なことはしないということなのでしょう。こういうわけで、ジャン・ヴァルジャンはマドレーヌという偽名を名乗りこの町に住みつくことになったのです。
これは彼にとっても大変ありがたいことでありました。と言いますのも、ミリエル司教と出会う前の彼をぜひ思い出してください。彼は元徒刑囚であり、それがばれると人々からひどい扱いを受けることになってしまいます。だからこそ身分証明書を調べられなかったというのはありがたかったのです。こうして彼はやっと一つの町に定住することができるようになったのでした。
そしてここからマドレーヌ氏とこの町の人々との関係性について語られるのですが、私が気になったのはやはりここです。
彼は、いつも一人で、読みかけの本を目の前にひろげて食事をした。少ない蔵書だったが、いい本を持っていた。本好きだった。本は冷静だが確実な友人だった。財産とともに暇ができるにつれて、彼はその暇を利用して、精神を豊かにするようにしているらしかった。モントルイユ・シュル・メールに来てから、年々彼の言葉が丁寧になり、立派になり、優しくなることに人びとは気がついた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P308
「本は冷静だが確実な友人だった」
本好きな私にとって、やはりこの言葉はぐっと来るものがあります。そうなのです。本はまさにそういう存在なのです。よくぞユゴーはこれを言ってくれたなと思います。
そしてよい本を読んだことでジャン・ヴァルジャンの言葉遣いが変わっていったというのも見逃せません。元々寡黙で善良な気質を持っていたジャン・ヴァルジャンでありましたが、本を読んだことで人とのコミュニケーションも問題なくとれるようになっていったことがここで示されています。無教養な人間がいきなり工場長や市長にまでなるというのは本来ならばリアリティのないものでありますが、こうしてユゴーはその理由を示しています。本のおかげで教養をクリアしていたのです。
また、言葉はその人自身を表すものでもあります。ジャン・ヴァルジャンは日々の読書によってその人柄も柔らかくなっていきました。ミリエル司教との出会いによって決定的な転換を経験したジャン・ヴァルジャンでしたが、やはりそれだけでは足りないのです。日々、「良くありたい」と願い、そしてそのための実践を繰り返してきたからこそのマドレーヌ氏だったのでしょう。
何かがあって、それで終わりではいけないのです。何かは終わりではなく、始まりです。
さらに言えば、ユゴーはここで「人は変われる」ということを示したかったのかもしれません。
さりげなく書かれたジャン・ヴァルジャンと読書の関係性の箇所ではありましたが、私としては実に興味深いものがありました。
続く
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