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M・ウィクラマシンハ『変革の時代』あらすじと感想~スリランカ新興商人の実態をリアルに描写。ゾラを彷彿とさせる名著

変革の時代
目次

マーティン・ウィクラマシンハ『変革の時代』あらすじと感想~スリランカ新興商人の虚飾的家庭生活をリアルに描写。ゾラを彷彿とさせる名著

今回ご紹介するのは1957年にマーティン・ウィクラマシンハによって発表された『変革の時代』です。私が読んだのは2011年に財団法人 大同生命国際文化基金より発行された野口忠司訳の『変革の時代』です。

早速この本について見ていきましょう。

本作品は、マーティン・ウィクラマシンハの『変わりゆく村』に続く作品で、三部作のうちの第二部にあたります。第一部『変わりゆく村』では、地方の特権階級の家族の崩壊が時系列的に描かれていましたが、本書では裕福な家庭に育ちながらも、価値観の違いに苦悩し、翻弄される子や孫たちの姿が見事な筆致で描かれています。

財団法人 大同生命国際文化基金商品紹介ページより

マーティン・ウィクラマシンハ(1890-1976)Wikipediaより

本作『変革の時代』はスリランカの作家マーティン・ウィクラマシンハの三部作の第二作品目に当たります。

前回の記事で紹介した『変わりゆく村』から三部作が始まりましたが、その復習も兼ねて大まかなあらすじをまずは紹介します。

第一部『変わりゆく村』には、二十世紀の初頭、この国がまだ英国植民地下にあった頃、島の南部に位置するコッガラ村に暮らす中産階級の旧家の人々が描かれている。由緒ある家柄の伝統とその威厳を固持しつつ〝マハ・ゲダラ〟(大家)の主ドン・アディリアン・カイサールワッテー・ムハンディラムは妻マータラ・ハーミネーと一男二女で暮らしていた。しかし、ムハンディラムの死後、新しい資産階級の台頭の煽りを受け、一家は経済苦に追いやられる。保守的な両親と中道の長女アヌラー、そして新しい思想を持つ長男ティッサと次女ナンダーとの世代間のギャップ。この〝マハ・ゲダラ〟に出入りが許されていた英語の家庭教師ピヤルは、のちにコロンボにでて実業家として成功し、やがてナンダーの再婚相手となる。

第二部『変革の時代』には、ピヤルとナンダー夫妻のコロンボにおける生活が伏線として描かれている。二男一女を授かった幸福な家庭のイメージとは裏腹に、金、名誉、地位を得ることしか念頭にない父親ピヤルと、奢侈放逸な社交に明け暮れ、子育てや教育に無関心な母親ナンダーに愛想を尽かした長男アランは、学業を放棄し、バーガー人アイリンと結婚し、渡英する。親子の確執、そしてアランの自省と精神的な覚醒が、英国からはじめて送られてきた差出人の住所のない一通の手紙に綿々と綴られる。時が流れ、ナンダーの姉で、旧家の影響を強く受けた古風なアヌラーは、未婚のまま〝マハ・ゲダラ〟で他界する。他方、ピヤルの事業に大きな翳りが生じ、長男に対する失意も重なり、ピヤルは悄然と世を去る。傷心の母ナンダーに追い討ちをかけるかのように、再びアランから手紙が届く。それはアイリンが病死したのち、英国人女性と、再婚し、帰国する意志のないことを伝えるものだった。

財団法人 大同生命国際文化基金、マーティン・ウィクラマシンハ著、野口忠司訳『時の終焉』P342-343

前作『変わりゆく村』では没落していく旧家を舞台に物語が展開され、その中でも「カーストの驕り」がもたらす軋轢や葛藤が描かれることになりました。

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そして今作では前作の主要人物、新興商人のピヤルとその妻ナンダーを軸に物語が進んでいきます。

前作においてピヤルは低いカーストながらも持ち前の才覚を生かして商売をどんどん広めていく好青年のように描かれていましたが、今作ではそんな彼が陥った苦しみを目の当たりにすることになります。

上のあらすじにありましたように、ピヤルは金と地位、名誉を求めることしか頭にない人物になってしまいます。心優しい家庭教師として働いていた頃の名残はもはやありません。この小説は20世紀前半をその舞台としていますが、この頃にはピヤルと同じように、新興商人が力をつけ一気に社会的上昇をすることも見られるようになっていました。著者のウィクラマシンハはこうした時代相を巧みにこの小説で描いています。

特にピヤルとナンダーの虚飾に満ちた家庭生活の描写はフランスの文豪エミール・ゾラを彷彿とさせるものがあります。

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新興商人が勃興し、智慧才覚や財力で既存の階級社会へ殴り込みをかけていくその様はゾラの小説で見た19世紀フランスとそっくりです。しかも結局は金や権謀術数で急速に地位上昇を果たしたが故にそのつけを払うことになるところまでそっくりです。

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ゾラの小説でいうならばこの『獲物の分け前』『ごった煮』がまさに『変革の時代』と重なってくるように私には思えます。

もちろん、ゾラと似ているからといってウィクラマシンハがそれを模倣したとかそういうことを言いたいのではありません。

ゾラはゾラで19世紀パリを徹底的に観察し、それを小説作品に落とし込みました。

そしてウィクラマシンハはウィクラマシンハで20世紀前半のスリランカ社会をこの小説に見事に描き出したということなのです。まさにこの小説は20世紀前半のスリランカを知るための絶好の資料となります。遠く離れた日本に住む私たちにとってこれほどありがたいスリランカ絵巻はありません。

『変革の時代』ではこうしたピヤル夫妻の金や地位に溺れる虚飾の世界や、それに反発を覚える息子世代の心情、旧社会の伝統を捨てきれない村の人々とのずれなど様々な立場からスリランカ社会を見ていくことになります。

これは見事な作品です。前作に引き続きウィクラマシンハの恐るべき描写力を本作でも感じることになりました。

こちらもぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「M・ウィクラマシンハ『変革の時代』あらすじと感想~スリランカ新興商人の実態をリアルに描写。ゾラを彷彿とさせる名著」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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