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カウティリヤ『実利論』あらすじと感想~古代インドのマキャヴェリズム!『君主論』に比すべき徹底的な帝王学とは!

実理論
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カウティリヤ『実利論』概要と感想~古代インドのマキャヴェリズム!『君主論』に比すべき徹底的な帝王学とは!

今回ご紹介するのは1984年に岩波書店より発行されたカウティリヤ著、上村勝彦訳の『実利論』です。

早速この本について見ていきましょう。

インドでは古来ダルマ(法)とアルタ(実利)とカーマ(享楽)が人生の三大目的とされてきた.古代インドの名宰相カウティリヤの作と伝えられる本書は,アルタの立場から揺ぎない権力の確保のために王が採るべき権謀術数を説いたもの.これに比べれば『君主論』など「たわいないもの」だとヴェーバーは言った.全2冊. (解説 原 実)(上巻)

王たるものは国の内外にはりめぐらしたスパイ網を巧みにあやつり、術数の限りをつくして権力の確保伸長をはからねばならぬ。それは、しかし権力のための権力を意味しない。王権の目的は強者が弱者を喰らう「魚の法則(弱肉強食)」の弊を除くことこそにある、とする原理がこの書を貫いている。(下巻)

Amazon商品紹介ページより

今作の著者(とされている)カウティリヤは実は私達仏教徒にも大きな関わりがある人物です。と言いますのもカウティリヤは紀元前317年に建国されたマウリヤ王朝の祖チャンドラグプタの名宰相として知られた人物で、この王朝の最も有名な人物がこの少し後の時代に登場するアショーカ王です。

ヴァイシャリーのアショーカ王柱。紀元前250年頃に建立された。向かいにはストゥーパがある。Wikipediaより

アショーカ王はインド全土に仏教を広めたことで有名な王ですが、その王朝はこのカウティリヤの政治力があったからこそインド全土に広がる勢力を持つことができたとも言えるでしょう。

というわけで私達仏教徒にとっても実は繋がりがあるのがカウティリヤなのでありました。

では本書『実理論』についてその解説を見ていきましょう。

古来、インドにおいては、ダルマ(法)とアルタ(実利)とカーマ(享楽)とが人間の三大目的であると考えられて来た。カウティリヤはそのうちでも特にアルタを最も重視し、他のニはアルタに依存すると主張する(一・七・六-七)。徹底して国益を追求する本書は、しばしばマキァヴェリの『君主論』に比較される。一例をあげると、マックス・ヴェーバーは、その『職業としての政治』の中で、次のように述べている。

「インドの倫理では、政治の固有法則にもっぱら従うどころか、これをとことんまで強調した—まったく仮借ない—統治技術の見方が可能となった。本当にラディカルな『マキャヴェリズム』―通俗的な意味での—はインドの文献の中では、カウティリヤの『実利論』に典型的に現われている。これに比べればマキァヴェリの『君主論』などたわいのないものである。」(脇圭平訳、岩波文庫、九五-九六頁)

しかし注意すべきことは、本書において、弱肉強食を防ぐために王権が必要であると説かれている点である。

「しかし、王杖(権力)を全く用いぬ場合は、魚の法則(弱肉強食)を生じさせる。即ち、王杖を執る者が存在しない時には、強者が弱者を食らうのである。王杖に保護されれば、弱者も力を得る。」(一・四・一三-一五)

アナーキーな状態こそ、本書の作者が最も警戒するところである。そうなったら、強者が弱者を食らう「魚の法則」が支配してしまう。弱者の保護は王の義務であり、例えば身寄りのない小児・老人・被災者・婦人などを国家が扶養すべきであるとしている(ニ・一・二六)。そして、王の幸福は人民の幸福にあるとする。(中略)

その他にも例をあげることができるが、要するに王は国民の安寧を守るために、常に精励努カして実利の実現を追求するのである。弱者を守るためには秩序が必要であり、そのためには揺ぎない権力が必要であるとするこの明快な論理は、現代の日本ではあまり知識人の共感を呼ばないかも知れぬが、少なくとも古代のインド社会においては、最も説得力のあるものであったことは認めなければならない。国が乱れれば敵国―本書においては隣国は必然的に「敵」とみなされる—のつけ入るところとなり、国民は悲惨な境遇に陥る。本書の作者は、自国の治安を守り、国力を増強して、他者の領土を獲得するために、君主の採用すべきありとあらゆる権謀術数を説く。なかんずく、本書の随所で展開される諜報活動の実例は、最も注目すべきものの一つであろう。インドの古典において諜報活動は非常に重視され、後代の文学作品においても、スパイを適切に活用できぬ王は非難されている。

岩波書店、カウティリヤ、上村勝彦訳『実利論』上巻P3-5

「弱者を守るためには秩序が必要であり、そのためには揺ぎない権力が必要であるとするこの明快な論理は、現代の日本ではあまり知識人の共感を呼ばないかも知れぬが、少なくとも古代のインド社会においては、最も説得力のあるものであったことは認めなければならない。」

これは仏教の歴史を考える上で実は非常に重要な観点なのではないかと私はこの『実利論』を読んで強く感じることになりました。

と言いますのも、『実利論』よりも数百年前ではありますがブッダ在世時にもインド全土は戦国時代であり、弱肉強食の様相を呈しておりました。さらに言えば、ブッダは釈迦族の王子であり、本来は『実利論』で説かれるような権謀術数を用いて国を統治しなければなりませんでした。結果的にブッダはその道を捨て出家者となってしまいましたが、釈迦族はその後大国コーサラ国に滅ぼされることになります。ブッダは生まれた国の消滅を目の当たりにしたのでありました。

また、釈迦族を滅ぼしたコーサラ国ですらその後すぐにマガダ国に滅ぼされてしまいます。ちなみにこの時のマガダ国の王はアジャセという有名な人物です。きっと皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。

ブッダはこうした弱肉強食、権謀術数の実態を肌身で感じた上で仏教を説いていました。そう考えると、ブッダの平和的な教えがいかに当時の常識から距離があるかを思い知らされます。

「ブッダの説く平和は単なる理想ではないか。現実の前にはそんなものは無力だ。国を治めるというのは綺麗事ではいかないのだ。」

私の中でそんな苦しい思いが何度もよぎりましたが、それでもなお信念を持って教えを説き最後まで生きたのがブッダなのだとしたらやはりそれは偉大なことだと私は思います。

そして、

本書は単なる政治の書ではなく、経済や法律に関し、更には、学問、王宮、建築、宝石、金属、林産物、武器、秤と桝、空間と時間の単位、紡績、織物、酒造、遊女、船舶、牛、馬、象、旅券、賭博その他諸々の事項に関し、多様な情報を与えてくれる、百科全書的な書物であり、古代インドの社会や文化を知る上での貴重な資料なのである。

岩波書店、カウティリヤ、上村勝彦訳『実利論』上巻P5-6

と解説されるように、『実利論』では掟や規定、罰則などを通して当時の社会生活についても詳しく知ることができます。ブッダが生きた時代やその後の古代インドの社会生活の様子も知れるのはとてもありがたいです。仏教における「律蔵」もそうですが「戒律、掟がある」ということは「その掟で禁止されたことをしてしまう人間がいる」ということに他なりません。「こうしてはいけない」という決まりがあること自体がそうした人間がいることの裏返しなのです。

このことは仏教の律蔵に注目して画期的な仏教教団説を発表したグレゴリー・ショペンを強く連想させます。ショペンについてはその著作『大乗仏教興起時代 インドの僧院生活』『シリーズ大乗仏教 第二巻 大乗仏教の誕生』を当ブログで紹介しましたが、この『実利論』もまさに掟や規定から当時の生活を知れる書物となっています。

そして上の解説で出てきたマキャヴェリの『君主論』。こちらも以前当ブログで紹介しました。

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マキャヴェリの『君主論』ではかなりえげつない権謀術数が説かれますが、この『実利論』もかなりのどぎつさです。

上の解説でも「本書の作者は、自国の治安を守り、国力を増強して、他者の領土を獲得するために、君主の採用すべきありとあらゆる権謀術数を説く。なかんずく、本書の随所で展開される諜報活動の実例は、最も注目すべきものの一つであろう。インドの古典において諜報活動は非常に重視され、後代の文学作品においても、スパイを適切に活用できぬ王は非難されている。」と述べられたように、スパイの活用法については特に念入りに説かれます。

ありとあらゆる職業にスパイを送り込み、情報を探り、さらには人々の分断を煽って世論誘導や暗殺まで行うことが平然と説かれます。本書には様々なパターンのスパイ活動が述べられているのですがその中でも苦行者に扮したスパイの活動が特に印象的でしたのでここで紹介します。

苦行者に扮した者とは、剃髪あるいは結髪の行者で、世俗的生活を願う者である。(一三) 彼は多くの剃髪あるいは結髪の弟子たちとともに都市の近くに住み、公然とは、一カ月かニカ月の間に〔一回だけ〕野菜や一握りの麦を食べるべきである。ただし密かに好きなものを食べてよい。(一四) そして商人〔に扮した〕弟子(助手)たちが、幸運予見の術をそなえているとして、彼を崇拝すべきである。(一五) それから、彼の〔他の〕弟子たちも、「この聖者は幸運を予見する者である」と宣伝すべきである。(一六) そして、幸運を望んで近づいて来た人々に、身相学や、弟子の送るサインにより、その家族に起った出来事を告げるべきである。例えば、収入の減少、火災、盗難、反逆者の誅殺、喜捨、異国の事件のニュースなどを。〔それから、〕「このことが今日明日中に起るであろう」とか、「王がこのようにするであろう」とか〔予言すべきである〕。(一七) スパイたちや秘密工作員たちは、彼の予言を実現すべきである。(一八) 勇気と智慧と弁舌と能力をそなえた人々には、王の〔恩顧による〕幸運を予告し、また顧問官と交際する〔ようになろう〕と告げるべきである。(一九) それから、顧問官が、彼等の生活と仕事とを手配すべきである。(二〇)

理由があって憤概している人々を、財物と名誉とによって鎮めるべきである。また理由なくして憤概している人々や、王に敵意を抱く人々を、沈黙の刑(謀殺)により鎮圧すべきである。(二一)

岩波書店、カウティリヤ、上村勝彦訳『実利論』上巻P49-50

いかがでしょうか、サクラまで使ってスパイを予言者に仕立て上げ、さらには不穏分子や敵対勢力に対しては「沈黙の刑」つまり暗殺せよと堂々とここで述べているのです。しかもこのスパイによる暗殺に関して下巻では次のようにも述べられています。

敵味方に対し、躊躇することなく、「沈黙の刑」を適用すべきである。将来と現在とにおける〔結果を考慮して〕、辛抱強く。(五七)

岩波書店、カウティリヤ、上村勝彦訳『実利論』下巻P16

この少し後で「反逆者や無法者に対して以上のように処すべきなのであって、他の人々に対してそうしてはならぬ」とは言うものの、それにしてもやはりこのスパイ活動については息を呑まずにはいられません。古代インドの国家運営はこうした権謀術数の巣窟だったのでしょう。広大なインド亜大陸では多くの民族が暮らし、それぞれが覇権を争っていたのですからそのスケールもとてつもないものがあったはずです。だからこそこれだけ徹底的に権謀術数が説かれたのでしょう。ああ恐ろしや恐ろしや・・・

他にも、

王子たちを警戒しなければならぬ。といのは、王子というものは、蟹と同様の性質で、生みの親を食らうからである

岩波書店、カウティリヤ、上村勝彦訳『実利論』上巻P71

という言葉すら出てきます。これはカウティリヤがおすすめする策謀そのものではありませんが、王を取り巻く状況としてこのような言葉がぽんと出てくる時点でその空気感が伝わってきます。この本を読んでいると王族で生まれることが全く羨ましくありません。どんなに贅沢ができたとしても私は謹んでその権利をお返ししたいと思います。ブッダももしかしたらそういう気持ちだったのかもしれません。

それにしても『実利論』という超現実主義な作品がありながら同時に観念的で宇宙規模な哲学が生まれてくるインドの不思議さたるやもうわけがわかりません。さすがインドとしかもはや言いようがありません。ですが、これがインドなのでしょう。相反するものもそっくりそのまま共存してしまうどでかいスケール!インドとは何かを考える上でこの『実利論』は非常に興味深い書物でした。

マックス・ウェーバーは「これに比べればマキァヴェリの『君主論』などたわいのないものである」と述べましたが、個人的には私は『君主論』の方が面白く読めたかなと思います。『実利論』はあくまで淡々と掟を述べ、権謀術数や規定を淡々と述べていくスタイルです。それに対し『君主論』は作家でもあるマキャヴェリが熱く政治論や人間心理を語っていくスタイルなのでより物語性があります。当時のイタリア事情などを想像しながら読むと一つの人間劇のようにすら読めてくる非常に面白い作品なので私としてはウェーバーの説には同意できません。

たしかに『実利論』の方がより細かく、さらに膨大な事柄を網羅しているかもしれませんが、だからと言ってマキャヴェリの説が「たわいのないもの」のようには言えないのではないかと思います。私にはわかりませんが、これは当時のオリエンタリズム的なインド礼賛も関係しているのかもしれません。

とはいえ、時代も場所も違う二作品に優劣をつけること自体ナンセンスです。どちらもその時代や後代の歴史に凄まじい影響を与えたのは事実です。これら似ている作品を比較しながら読むのはとても刺激的で興味深いものがありました。

『実利論』を読んだことで当時のインド社会についても想像することができたのでこれは非常にありがたいものとなりました。ぜひ皆さんも手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「カウティリヤ『実利論』~古代インドのマキャヴェリズム!『君主論』に比すべき徹底的な帝王学とは!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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