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【パリ旅行記】(3)シャンゼリゼ通りから凱旋門へ~パリの王道コースと凱旋門からの眺望
さて、パリ滞在も始まりこれからいよいよパリの街を散策に出掛ける。となればやはりまず訪れたいのは凱旋門。定番中の定番だが、まずはここを訪れ凱旋門の上からパリを眺めてみようという趣向である。
散策の出発点はパリの中心とも言えるコンコルド広場。
この広場を起点に大きな通りが真っすぐに何本も伸びていてその通りの一つがあのシャンゼリゼ通りであり、その先に凱旋門が立っている。
シャンゼリゼ通りというとカフェやブティックの立ち並ぶオシャレな通りというイメージがあったが、このコンコルド広場から歩いてみると随分と違った雰囲気の通りであることがわかった。
広場からすぐは両側が公園のようになっており、イメージしていたようなオシャレな雰囲気はない。のどかな散歩道といったところだろうか。10分以上歩いてもこの景色は変わらない。シャンゼリゼといっても少しエリアが違うだけでここまで違うのかと歩きながら驚いた。
いよいよシャンゼリゼらしくなってきた。カフェやレストラン、ブティックなどが立ち並び、明らかに道沿いの雰囲気が変わった。人通りも急に多くなる。ふむふむ、これがイメージしていたシャンゼリゼか。
凱旋門が近づいてきた。実際にパリに来るまで私の中で凱旋門とシャンゼリゼはあまり結びついていなかったが、凱旋門のお膝元がまさにシャンゼリゼの賑やかな界隈だったことを知る。
いよいよ凱旋門が目の前に。
おぉ・・・これがあの凱旋門か・・・!たしかにこれは堂々たる迫力!!
これを見ることができなかったナポレオンはなんと無念なことだっただろう・・・!
このエトワール凱旋門は1806年にナポレオンの命によって建造が始められたが、完成したのは1836年のこと。
1806年段階ではナポレオンは戦争には連戦連勝、国内政治でも圧倒的な成功を収めていたまさに絶頂期だった。
しかし1812年のモスクワ遠征の失敗や1815年のワーテルローの戦いでの敗戦でその命運は尽き、1821年に南大西洋のセントヘレナ島で命を終えたのだった。
彼がこの凱旋門を通ったのは1840年、その遺体がパリのアンヴァリッドに改葬された時だった。死後20年近く経ち、ようやく彼は自らが建設を命じたこの巨大なモニュメントに凱旋したのである。
ナポレオンの遺骸の帰還(1840年)Wikipediaより
このアンヴァリッドへの改葬についてもその顛末や背景は非常に興味深いものがあるのだが、それはまた後の記事でお話しすることにしよう。
この行列は凱旋門に上るための入場列。私もこの列に並び、いざ凱旋門の展望台に向かう。
凱旋門は階段で上らなければならないので体力には余裕を持って挑むのをおすすめする。
展望台までやってきた。ここからぐるっと一周パリの素晴らしい景色を望むことができる。
こちらはこれまで歩いてきたシャンゼリゼ通り。綺麗に一直線に大通りが貫かれているのがわかる。
エッフェル塔もばっちり見える。中央より少し左に見える金の屋根の建物がナポレオンの墓があるアンヴァリッドだ。
そしてこちらが凱旋門から北東の方角にあるモンマルトルの丘方面の景色だ。写真中央付近の小高い丘に立っている巨大な建物に注目してほしい。私がこのパリで非常に重要なものとして考えているサクレ・クール寺院がそこにある。
もっと拡大して見てみよう。
パリ全体を見下ろすかのような位置に鎮座する巨大なサクレ・クール寺院。
私がこの教会に強い関心を持つのはフランス人作家エミール・ゾラにその理由がある。
マネ《エミール・ゾラの肖像》 1868年 Wikipediaより
ゾラは『パリ』という作品でこのサクレ・クール寺院を主要な舞台として描き、当時のフランス社会を見事に活写した。私はこの作品に強い衝撃を受け、それ以来この教会に強い関心を持つようになった。
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『パリ』は「ルーゴン・マッカール叢書」を書き上げたゾラの集大成とも言える作品となっています。とにかくゾラらしさ満載で、「THE ゾライズム」と言いたくなるような作品です。
私は今の日本にこそ、ゾラが必要だと感じています。
ゾラほど冷静に社会の仕組みを分析し、正義や真実を求めた作家はいないのではないでしょうか。
『パリ』は最高の作品です。ゾラのことがもっと好きになりました。ぜひ多くの方に広まることを願っています。
この教会についてはまた別の記事でゆっくりとお話ししていきたいと思う。
私は凱旋門からいわば鳥観図のようにこのパリを眺めた。そう、ラスティニャックのように。
ラスティニャックはバルザックの『ゴリオ爺さん』の主人公だ。
バルザックの家博物館に展示されていたラスティニャックのイラスト
ドストエフスキーもこの作品を若い頃に愛読していて、『罪と罰』に大きな影響を与えたことでも知られている。
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私がドストエフスキーにおいて「面白い」という言葉を使う時は、アハハと笑うような「面白い」でもなく、あ~楽しかったいう「面白い」とも、スカッとするエンタメを見るような「面白い」とも違います。
時間を忘れてのめり込んでしまうような、それでいてなおかつ、読んだ後もずっと心にこびりつくような、そういう読後感があるような面白さを言います。
『罪と罰』にはそのような面白さをもたらしてくれる思想的な奥行きがこれでもかと描かれています。
そのひとつがラスコーリニコフの言うナポレオン思想です。
そのラスティニャックが物語の最後にモンマルトルの丘からパリの街を見下ろし、「さあ今度は、おれとお前の勝負だ」と宣戦布告するシーンは文学史上屈指の名場面だ。
残念ながら私はモンマルトルではなく凱旋門からパリの街を見下ろすことになったのだがやはり頭の中はラスティニャックの言葉でいっぱいになった。
「パリの街を見下ろす」という行為には不思議な魔力がある。それを実感した凱旋門からの眺望だった。
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(4)パンテオンでフランス人の雄弁をからかうドストエフスキー~そして私はゾラとユゴーの墓参り
この記事ではドストエフスキーも訪れたパンテオンについてお話しします。
ここにはヴォルテールやルソーなどの哲学者やゾラやユゴーなど国民的な文学者のお墓があります。
そしてドストエフスキーは『冬に記す夏の印象』でこのパンテオンでのエピソードを記しています。これがすこぶるユーモアが効いていて面白いのでこの記事で紹介していきます。
ドストエフスキーというと暗くて厳めしいイメージがあるかもしれませんが、実は茶目っ気もある人物です。雄弁に酔いしれるフランス人とのやりとりは思わずくすっと笑わずにはいられません。
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コンコルド広場はルイ16世やマリーアントワネットが処刑された場所としても知られています。
そしてホテルのフロントのパリジャンにすっかり影響を受けた私でありました。
ドストエフスキーやトルストイのように「さぁパリの街よ覚悟しておくがいい」という気概で臨むはずがいきなりそれをくじかれてしまった形。これから1週間私はパリに滞在します。私はこの街に何を思うのでしょうか。
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本を愛する浄土真宗僧侶です。仏教コラム、インド・スリランカ仏跡紀行、おすすめ本紹介、【親鸞とドストエフスキー・世界文学】など様々な記事を更新しています。
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