(32)明恵『摧邪輪』の衝撃~法然の『選択本願念仏集』への批判と親鸞への影響とは

【親鸞伝~悩み多き英雄の偉大なる生涯】(32)明恵『摧邪輪』の衝撃~法然の『選択本願念仏集』への批判と親鸞への影響とは
1212年1月25日、法然が亡くなりました。
そしてその年の9月、法然の主著たる『選択本願念仏集』(以下『選択集』)が弟子たちの手によって出版されます。しかし案の定、この『選択集』の出版が京の仏教界に大きな波紋をもたらすことになったのです。
法然は生前、『選択集』はむやみに他人に見せぬよう弟子に指導していました。書写を許された弟子も数えるほどしかいません。こうした処置を取っていたのはもちろん、弾圧を恐れたからです。『選択集』は読む者によっては危険な書物のように見えてしまう禁断の書でもあったのです。だからこそ法然は信頼できる弟子にしか書写を許しませんでした。
そんな危険な書物を法然の死後1年を待たずして出版に踏み切った弟子たち。そこには様々な思いがあったでしょうが、この出版から間もなく大きな反発を招くことになります。
特に高山寺の明恵という高名な僧からの批判は見逃せません。

明恵(1173-1232)は平安末期から鎌倉時代初期の華厳宗を代表する僧侶として有名です。明恵が仏道修行に打ち込んでいた高山寺はあの『鳥獣戯画』でも有名なお寺です。その開基となったのがこの明恵なのです。

明恵は『興福寺奏上』を起草した貞慶と並んでこの時代を代表する僧侶です。「(21)「興福寺奏上」と執筆者解脱房貞慶の意外な事実とは」の記事で貞慶の真摯な仏道人生についてお話ししましたが、この明恵も熱烈な仏道修行で有名でした。戒律を厳密に守り、学問や修行に熱心に励んでいたのがこの明恵になります。その熱烈な求道ぶりはすさまじく、仏道に全身全霊を懸ける覚悟として自らの右耳を切り落としたという逸話があるほどです。現代を生きる私たちには想像もつかないことでありますが、明恵はそれほどまでに仏道に人生を懸けた人だったのです。
そんな明恵もこの『選択集』が出版されるまでは法然に同情的な思いを持っていました。弟子や信者たちが法然の教えを誤って理解し暴走したものだと考えていたのです。法然自身は持戒堅固の熱心な念仏行者でもありましたので、まさか法然が扇動してそんなことをさせていたなどとは信じられなかったのです。
しかしいざ出版された『選択集』を読んでみるとどうでしょう。まさに弟子の暴走は法然のこの書こそが原因だったのだと明恵は仰天したのでありました。
これまでは他人から「法然は悪い男だ」と言われても全く信じていませんでしたが、今やそうもいきません。むしろこの『選択集』こそ諸悪の根源であり、これを徹底的に批判しなければ仏法が破滅してしまうだろうと明恵は嘆きます。こうして明恵はここからものの数か月で批判書を執筆し発表したのです。それが有名な『摧邪輪』 という書物になります。
貞慶が起草した『興福寺奏上』は『選択集』を読まずに書かれたものでしたので、思想上の批判としては十分とはいえないものがありました。しかし今回の『摧邪輪』は異なります。明恵は法然思想の核たる『選択集』を細かく分析した上でこの批判を書き上げています。そのため『摧邪輪』という書物は法然教団にとって極めて大きな意味を持つことになりました。
では、明恵は法然の何を批判したのでしょうか。
その最大の論点が「菩提心」についてのものになります。
「菩提心」とは何か・・・。
これについて厳密に考えていくととてつもなく難解な議論になってしまうのでここでは極ざっくりとお話ししていきます。
「菩提心」とは「悟り(菩提)」を求める心という意味で、大乗仏教で特に重視されているものになります。
つまり、「仏道を歩みたい」という心があるからこそ全てが始まるのだということです。
しかし、法然はあろうことかこの菩提心すら必要ないと『選択集』で説くのです。我々愚かな人間に必要なのは念仏だけなのだと。
これに明恵は反論するのです。もし菩提心が必要ないならばどうして仏道がありうるだろうかと。菩提心がなければ念仏にすらたどりつけないではないか。そんな暴論はありえない。菩提心こそ仏教の基礎であり、これがなければすべて成立しないと明恵は反論します。
明恵は当時の華厳宗を代表する学僧でありましたのでその学識は半端なものではありません。私も『摧邪輪』を読んだのですが、「ここまで緻密にするのか」と驚くほど縦横無尽に論拠が提出されます。しかもそのひとつひとつがものすごく鋭いのです。その中でも私が特に唸らざるを得なかったのが以下の指摘です。
「法然よ、あなたは善導の『一心専念弥陀名号、行住坐臥、不問時節久近、念念不捨者、是名正定之業、順彼仏願故』という言葉に出会い、菩提心すら必要ない専修念仏の仏道を見出したと言いますが、はたしてそれのどこが専修念仏につながるのですか。善導のその文の前後を読んでみてもあなたが言う専修念仏はどこにもありませんよ。あなたの『選択集』は自分の都合のよいように経典を引用して元の意味を捻じ曲げているのではないですか」という指摘です。
これはもう反論のしようがありません。まさにその通りなのです。
明恵は八宗兼学の僧でありますので日本仏教のあらゆる教義に通じています。法然が自らの思想の論拠としている経典や論書などもすぐに参照し理解したことでしょう。そしてその上で「あなたの言っていることはそこに書かれていないではないか。菩提心が必要ないというあなたの仏道には根拠がない。そんな説を広められては困る。仏道に真摯に励む者たちに失礼であり、人々にとっても害悪にしかならない。」と指摘したのです。
これはもう至極まっとうです。明恵の指摘は実に的を射ています。私もこれには「さすが明恵上人」としか言いようがありません。
ただ、「(15)親鸞の生涯の師匠、法然上人~その教えとコペルニクス的転回とは」の記事でもお話ししましたが、法然の念仏信仰はまさにコペルニクス的転回とも言える革新的なものでした。つまり、従来の常識とは全く異なる独創的なものだったのです。つまり、そもそも善導の言葉に法然思想がないのは当たり前のことなのです。
しかも法然と明恵ではそもそも仏道観、人生観、世界観が全く異なります。法然はすでにこの世は末法であり、たとえどんなに仏道修行に励もうが悟りは不可能と考えていました。だからこそ全ての人が平等に念仏で救われるのだと考えたのです。
それに対し明恵はこうした時代だからこそ、より熱心に仏道に励むべきであり、そうすることでこの世はより良くなっていくと考えていました。これが当時の主流の考え方です。
つまり、法然と明恵は同じ世界に生きていても、全く異なる視点で世界を見ていたのです。
たしかに明恵の指摘は完璧です。普通に考えれば明恵の批判は実にまっとうで的確です。しかし法然の思想はそもそもその常識的な仏教を飛び越えたところにありました。ここに2人の対立が起こってしまったのです。
細かい思想的な問題についてはここではお話ししませんが、明恵の『摧邪輪』が法然思想の核心を突いた画期的なものであることは間違いありません。明恵は法然の核心を見事に突いています。法然の念仏信仰は従来の経典や論書にはない独創的なものであることを明恵は見事に言い当てています。しかし明恵からすればそんな非常識的で独善的な主張で人々をたぶらかすのは言語道断の所行でした。明恵には法然の教えがこれまでの伝統や仏道の根幹をないがしろにした暴論のように見えるのです。
繰り返しますが、明恵の指摘は実にまっとうな指摘でした。
このまっとうな指摘に対して法然教団の弟子達がどう応えるのか、これが問題になってきます。肝心の師匠法然はもうこの世におりません。もし法然が存命中に明恵がこの書を読んでいたらどんなによかったことでしょう。ものすごい激論が交わされていたかもしれません。そして法然思想がより明確なものへとなっていたでしょう。
そうです。実は法然思想は絶対的な思想体系としてはまだ確立していなかったのです。法然教団が様々な人で成り立っていたことを思い出してください。法然自身は『選択集』を残しましたが、この書には問題点も多かったのです。そこを明恵が的確に突いたのです。
そしてここからは残された弟子の仕事です。法然上人の念仏信仰は本当に根拠なきものなのか。明恵の批判に耐えうるものなのか。それを弟子達が公の場で回答しなければなりません。
さあ、話は長くなってしまいましたが、ここで親鸞に登場して頂きましょう。
明恵の『摧邪輪』が書かれた1212年11月、親鸞は越後にいました。この地でリアルタイムで『摧邪輪』を読んでいたとは考えにくいですが、越後の最終盤、あるいは関東滞在中にこの書を読んでいたのは確実だと思われます。
そしてこの『摧邪輪』に対する回答として書かれたのが親鸞の主著『教行信証』だったのではないかとされています。
ちなみにですが、明恵の生まれた年は1173年です。この年号、どこかで見たことがありませんか?
そうです。実は親鸞と明恵は同じ年に生まれているのです。しかも明恵も親鸞も9歳で出家しています。親鸞は比叡山に、明恵は華厳系のお寺に出家しましたが、もし明恵が比叡山に来ていたらどんなことになっていたでしょう。私は歴史の不思議にロマンを感じずにはいれません。
いずれにせよ、親鸞はこの同い年の最強のライバルを相手に『教行信証』の構想を練っていたのです。
次の記事ではそんな親鸞の主著『教行信証』についてお話ししていくことにしましょう。
続く
この記事で特に参考にした書籍はこちら
平雅行『改訂 歴史のなかに見る親鸞』
今井雅晴『親鸞聖人の一生』
平雅行『法然』
中井真孝『法然絵伝を読む』
田中久夫『明恵』
主要参考文献一覧はこちら

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