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機知に富んだ見どころ満載の名作喜劇 シェイクスピア『ヴェニスの商人』あらすじ解説
ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)Wikipediaより
『ヴェニスの商人』は1596、7年頃にシェイクスピアによって書かれた作品です。
私が読んだのは新潮社、福田恆存訳の『ヴェニスの商人』です。
早速あらすじを見ていきましょう。
唾は自分の頭で受けとめる! さあ、お裁きをお願い申し上げます、証文どおりのかたを――。
攻める者が、一転して追われる者に。
サスペンスとアイロニーに溢れる、圧巻の法廷シーン。時代を越えた傑作喜劇。
ヴェニスの若き商人アントーニオーは、恋に悩む友人のために自分の胸の肉一ポンドを担保に悪徳高利貸しシャイロックから借金してしまう。ところが、彼の商船は嵐でことごとく遭難し、財産の全てを失ってしまった。借金返済の当てのなくなった彼はいよいよ胸の肉を切りとらねばならなくなるのだが―。機知に富んだ胸のすく大逆転劇が時代を越えてさわやかな感動をよぶ名作喜劇。
Amazon商品紹介ページより
富裕な商人である主人公のアントーニオーは友人のために大金を借金します。普段の彼なら手持ちの金もあったのですが、商売のため送り出した4隻の船にすべての財産を投資していました。そのためユダヤ人の悪徳高利貸しとして名の通っていたシャイロックに借金せざるをえなかったのです。
シャイロックは日頃からアントーニオーに対し憎しみを募らせていました。
というのも、アントーニオーはシャイロックをユダヤ人の高利貸しということで公然と蔑んでいました。さらに彼は利息を取らず人に金を貸したりもしていました。つまり、シャイロックの仕事の邪魔もしていたのです。
そんなアントーニオーが「おい、このユダヤ人め、俺に金を貸せ」と言ってくるのですからこれにはシャイロックも怒りを抑えられません。
「散々私を蔑み、邪魔までしてきたのに今さら金を貸せとは何事だ」だと。そういう怒りがあったからこそ、借金の担保にアントーニオーの胸の肉1ポンドという常軌を逸した要求がなされたのです。
そこからまさかの展開が続きアントーニオーは借金を返せず窮地に陥ることになります。さあアントーニオーの運命やいかに!というのがこの作品の大きな流れとなります。
さて、この作品の大筋は借金を返せなかったアントーニオーと高利貸しシャイロックとの対決なのですが、そこはシェイクスピア。このメインストーリーと並行して続いていくお話がこれまた面白いのです。
そもそもアントーニオーの借金の原因となったのは恋に悩む友人でした。彼は恋する女性に求婚しに行こうとしていたのですがお金が足りなかったのです。
そこで友人思いのアントーニオーはなんとか金を用意しようとシャイロックのもとへ向かったのでした。そしてどうなってしまったかはすでに述べました通りですが、この作品では友人バサーニオーの恋の物語も語られていくのです。
彼が恋したのは莫大な遺産を相続したばかりの美しい女性、ポーシャ。
そんな彼女のもとには多くの求婚者がやって来ていました。しかし彼女が結婚する条件として彼らに掲示したのはある不思議な謎解きだったのです。
その内容は金、銀、鉛の箱の中からひとつを選び、正解を選ぶことができたなら結婚は認められるというものでした。
実はこれは亡き父の遺言であり、ポーシャは自ら結婚相手を選ぶことが出来ず、「この箱に委ねるしかないなんて」と嘆いていたのでありました。ですが彼女の召使はこう慰めます。
お父様は、それは、それは、御立派なお方でございました。お心のきれいなお方の御臨終には、いいお考えが浮ぶもの。ですから、御安心なさいまし、あの金、銀、鉛の三つの箱にお父様がお秘めになった籤、そのなかからみごとにお父様のお心をお引きあてになったお方が、お嬢様をお迎えあそばすとか、それが間違いなく選べるほどのお人なら、それこそ間違いなし、きっとお嬢様がお好きになれるお方でございましょう
新潮社、福田恆存訳 『ヴェニスの商人』P20
そして物語のお約束通り、何人もの男がこの謎解きに挑戦しますが見事に玉砕していきます。間違いの箱の中にはそれを選んだ男を痛烈に非難する亡き父の言葉がしたためられていて、この言葉がまたとんちが効いていて実に面白いです。
求婚に来た男たちがどの箱を選ぶかで頭を悩ませているシーンも面白いですがこのこっぴどくやられる場面も素晴らしいです。
そもそも「金、銀、鉛の箱からひとつを選べ。正しき箱を選んだ者にポーシャを与えよう」という謎解きがもう面白さ満載ですよね。金の斧、銀の斧を彷彿させます。もし自分だったらどれを選ぶかなと考えてしまいます。
さて、何人も敗退していく求婚者の中にいよいよ、あの男が現れます。
さあ、バサーニオーは正しい箱を選べるのか、彼は結婚することができるのでしょうか!
そしてこの二人の出会いが結果的に親友アントーニオーを救うことにもなっていくのです。見事な大団円。さすがシェイクスピアです。
感想―ドストエフスキー的見地から
アントーニオーとシャイロックの対決、バサーニオーの求婚と見どころ満載の『ヴェニスの商人』ですが他にもまだまだ見どころがあります。これは読んでからのお楽しみということですが、とにかく盛りだくさんな作品です。
ですが一個だけ私の中で引っかかるところもありました。
それがこの作品がユダヤ人に対する当時の社会の見方が凝縮されているように感じられた点です。
今作の悪役シャイロックはユダヤ人の高利貸しです。
血も涙もない極悪人として描かれていますが、実際そこまでの悪人なのかと言われますと疑問が浮かんできます。
そもそもユダヤ人を迫害し、職業の制限を設けてキリスト教の教えにおいて忌み嫌われていた金貸し業に従事させたのはキリスト教徒自身です。
ユダヤ人が金貸しになったのは生き残るためです。そしてユダヤ人は金持ちというイメージがあるかもしれませんが、実際はほとんどが迫害され、主要な職にもつけない貧しい生活をしていました。
高利貸しとしてお金を稼いでいたユダヤ人も、いつ借金を踏み倒されるかわからない生活をしていたのです。いつ何時権力の手で公的に金を奪われるかわからない状態だったのです。だからこそ高い金利や担保を取って生活を守っていたのです。
しかもこの作品においては、シャイロックの娘がアントーニオーの仲間と駆け落ちし、さらには彼の財産まで持ち逃げしてしまうのです。
シャイロックは娘を愛していました。そんな娘にも裏切られてしまうのです。しかも財産までごっそり盗まれて・・・
そう考えてみると一概にシャイロックを吝嗇漢の極悪人として断罪するのは少し気の毒なような気がしたのです。しかも最終盤はこのシャイロックを全員で寄ってたかって攻撃します。
悪役のシャイロックが正義の力でやっつけられてめでたしめでたしとフィナーレを迎えるのですが私にははたしてこれが本当にめでたしめでたしなのかと少し引いてしまったのです。
とは言え、400年以上も前の時代と社会状況を現代日本人の感覚で考えるのはナンセンスです。これはこれです。
当時のヨーロッパ社会ではこれが当たり前の感覚であったこと。そういう歴史の上に現代があること、それを考えるきっかけとしてこの作品は私にとって大きな意味を持つように感じられました。
また、この作品は以前紹介したロシアの国民詩人プーシキンの傑作悲劇『吝嗇の騎士』にも大きな影響を与えています。
シェイクスピアはこの作品で悪徳な守銭奴、吝嗇漢の象徴となったシャイロックを生み出しました。
シャイロックの造形はこれ以降、世界中の文学者たちにインスピレーションを与えることになったのです。
そしてドストエフスキーもシャイロックやプーシキンの『吝嗇の騎士』から強い影響を受け長編小説『未成年』を生み出しています。
こうして形を変えてシャイロックのイメージは生き続けるのだなとシェイクスピアの力、文学の力を感じたのでありました。
以上、「シェイクスピア『ヴェニスの商人』あらすじ解説―機知に富んだ見どころ満載の名作喜劇」でした。
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