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「ルーゴン・マッカール叢書」第14巻『制作』の概要とあらすじ
『制作』はエミール・ゾラが24年かけて完成させた「ルーゴン・マッカール叢書」の第14巻目にあたり、1886年に出版されました。
私が読んだのは岩波書店出版の清水正和訳の『制作』です。
早速この本について見ていきましょう。
モーパッサンとともにフランス自然主義文学を代表する作家ゾラ(1840-1902)が、19世紀半ばの印象派による近代絵画革新運動の推移を描いた芸術小説(1884年刊)。画家クロードの作品創造の苦闘と自殺にいたる悲劇を描きながら、彼の友人として登場する小説家に托して、ゾラの体験と思想・感情を色こく反映した自伝的小説でもある。(全2冊)
Amazon商品紹介ページより
今作の主人公クロードは「ルーゴン・マッカール叢書」第7巻の『居酒屋』のジェルヴェーズの長男にあたり、第3巻の『パリの胃袋』でも登場していて、その物語のラストでは 「まっとうな奴らというのは、なんて悪党なんだ!」 という名言を残すなど大きな存在感を放っていた人物です。
ルーゴン・マッカール家家系図
家系図では右側のマッカール家に位置します。
そしてこの小説は単に「ルーゴン・マッカール叢書」の一物語というだけでなく、ある特徴も有してます。訳者解説を引用します。
本書は、御覧のように、ひとりの非凡な革新的画家が作品創造で苦闘する物語であるが、あわせて、フランスの第二帝政期(一八五二-七〇)から第三共和制期初頭(七〇-八〇年代)にかけての近代絵画革新運動―マネを先駆にモネ達による印象派の運動―の推移を、フィクションの体裁を採りつつ如実に描いた芸術界小説となっている。
しかも、主人公の画家クロードの友人として登場する小説家サンドーズを通して、作家ゾラが自らの体験と思想・感情を色濃く織り込んだ自伝的小説ともなっている。つまり十九世紀後半期のフランス美術界・文学界に関わつたゾラの(自伝的芸術界小説)であり、叢書中の異色作品と言える。
※一部改行しました
岩波書店出版 清水正和訳『制作』P324
引用にありますように、この物語はゾラの自伝的な小説でもあるのです。主人公の画家クロードと親友の小説家サンドーズの関係はまさしく印象派画家セザンヌとゾラの関係を彷彿させます。
セザンヌと言えば印象派の巨匠です。なんとゾラは彼と15歳の時から学校の同級生で、パリに出てからも互いに深い交流を持ち続けていたのです。印象派の発展のためにゾラは美術評論を数多く書き、ゾラ自身も天才画家セザンヌから多くのことを学んでいたのでありました。いわば二人は芸術界を切り開く盟友だったのです。
もちろん、この小説はフィクションです。主人公のクロードがそのままセザンヌというわけではありません。同じく印象派の巨匠マネやモネなどの影響も混じっており、セザンヌそのものというより、実力はあるが革新的であるがゆえにアカデミーに認めてもらえない天才画家たちのイメージがそこに込められています。
そしてその友人サンドーズもまさしくゾラの境遇そのままであり、サンドーズを通してゾラ自身の思いを語らせています。
ゾラはセザンヌら印象派画家の苦労を最も近いところで見ていました。実力のある彼らが、ただ新しいというだけで世間から馬鹿にされるのを見るのはゾラも辛かったことでしょう。
またゾラ自身がどのように小説家としてここまでやって来たか、どのような思いを持ってここまで戦ってきたのかも知ることができます。
物語自体は主人公クロードが天才であるがゆえに、芸術の狂気に憑りつかれ、幸せな家庭をも犠牲にし、最後は完成できぬ苦しみから自殺してしまいます。
芸術家の生みの苦しみをとことんまでに描いたのがこの『制作』という作品なのです。
感想―ドストエフスキー的見地から
芸術家の生みの苦しみを描いた『制作』。
親友の小説家サンドーズは誰よりも天才クロードの活躍を祈っていたことでしょう。
しかし彼はその才能故に、真面目さ、頑固さ故に自らを焼き尽くしてしまいます。
もし彼がちょっとでも世間と妥協して、うまいこと世渡りができたなら、なんらかの成功もあったかもしれません。
ですが彼はそれは信念に反すると、断固拒否します。
彼は自分の信じる芸術にすべてを捧げたのです。
この物語では、そういう芸術家が作品を生み出すまでの苦悩がものすごい迫力で描かれています。
ドストエフスキーも様々なところで作品を生み出す苦しみを吐露しています。彼も納得できるものを作るために毎日夜を徹して書いては破り捨て、書いては破り捨てを繰り返していました。
ドストエフスキーも狂気の作家です。彼も芸術のために生命を捧げた作家でした。
芸術家の苦しみを知るという意味でこの作品は非常に胸に刺さるものでありました。
訳者解説ではゾラ自身の次のような言葉が紹介されています。
クロード・ランティェを通して、芸術家の自然との闘い、作品創造の努力、肉体を与え生命を産み出すための血と涙の努力を描きたい。それは常に真実との闘いの連続であり、しかも常に打ち負かされる天使との格闘である。
つまり私はこの作品で、私自身の内密な創造の営み、絶え間なく苦しい出産を語るだろう。私はこの主題をクロードの悲劇の形で拡大誇張して示そう。クロードは決して満足することができず、自らの天賦の才を実現できないことに激昂し、さいごには実現できない作品の前で自殺するのである。
※一部改行しました
岩波書店出版 清水正和訳『制作』下巻P346
これは『制作』を作る準備段階の創作プランに記されたものだそうです。
私たちが目にしている芸術作品、小説はこうした芸術家たちの生みの苦しみを経て出来上がってきたものであることを強く感じさせられました。
主人公のクロードにものすごく感情移入してしまう作品です。彼が狂っていき、死んでしまうシーンはものすごく寂しくなります。
天才が評価されずに消えていく悲しみをこの作品で感じました。
以上、「ゾラ『制作』あらすじと感想~天才画家の生みの苦しみと狂気!印象派を知るならこの1冊!」でした。
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