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吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』あらすじと感想~ドストエフスキーとキリスト教を学ぶならこの1冊!

吉村善夫
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吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』概要と感想~ドストエフスキーとキリスト教を学ぶならこの1冊!

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)Wikipediaより

本日は新教出版社出版の吉村善夫著『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』をご紹介します。

著者の吉村善夫氏は信州大学の教授を務め、主な著作に『椎名麟三論』『愛と自由について』などがあり、プロテスタント神学の大家であるカール・バルトの研究でも知られています。

吉村善夫自身もプロテスタントの信仰者であり、この『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』もキリスト教的な立場から論じられています。新版あとがきにはドストエフスキーについてこう述べています。

私にとってドストエフスキイは、ひとたび失った信仰を回復させてくれた甦生の導師であり、心から畏敬し鐘愛する偉大な信仰思想家である。

新教出版社出版 吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』P405

吉村氏にとってドストエフスキーは自身の信仰を回復されてくれた導師であり、その作品を通して自身のキリスト教信仰が深まっていったと述べています。

また、吉村氏は序文で次のように述べています。

私はドストエフスキイを理解するにあたって諸家のすぐれた研究に教えられたことの少なくないのは言うまでもないが、しかしそのもっとも根本的な点においては聖書をその最善の鍵、というより唯一の鍵とした。あるいは逆に、ドストエフスキイに教えられつつ聖書を読んだ、と言ってもよい。

すなわち私はドストエフスキイの企図が現実の世界における聖書の真理の解明にあったと考えるのである。それゆえに私は、極言すれば、文学者ドストエフスキイは何よりもまずキリスト教神学者であり、彼の文学作品を何よりもまず聖書の注釈書である、と考えている。
※一部改行しました

新教出版社出版 吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』P2-3

吉村氏は聖書こそドストエフスキーの思想を捉える最高の鍵とし、ドストエフスキー作品を「聖書の精神を現代に表す解説書」として捉えています。

この立場こそこの本の最大の特徴と言うことができます。

私は以前アップしました「親鸞とドストエフスキーの3つの共通点」の記事の中でドストエフスキーの信仰は懐疑と共にあるということをお話ししました。

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ドストエフスキーは生涯、旧約聖書の『ヨブ記』の問題を心に抱えていました。

なぜ善良な人間にも災厄が訪れるのか。なぜ善良な人間の祈りが神に聞き届けられないのか。なぜこの世には悪がはびこり、何の罪もない人々が涙を流さなければならないのか。それでも私たちは神を信じ続けなければならないのか。

この主題について深く深く掘り下げてドストエフスキーを論じているのがこの『ドストエフスキイ 近代精神の克服』なのです。

この本ではドストエフスキーのデビュー作である『貧しき人々』から始まり、『虐げられし人々』『罪と罰』『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』などの長編の登場人物にスポットを当てて論じていきます。

特に『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフ論は白眉です。

『罪と罰』はドストエフスキー作品で最も有名で最も多くの人に読まれた作品でありますが、この作品は宗教的知識がなくても、罪を犯してしまった人間の心理劇、犯罪小説、サスペンス小説としても読める超一級の作品です。

しかし、この小説には心理小説、サスペンス小説の枠内では収まりきらない主題がふんだんに説かれています。

小説の筋の面白さによってそこは流されてしまいがちですが、まさにそこにこそドストエフスキーが生涯かけて問い続けた問題が描かれているのです。

『罪と罰』から受ける印象ががらっと変わってしまうほどのインパクトがそこにはあります。

吉村善夫による『ドストエフスキイ 近代精神の克服』 はキリスト教とドストエフスキーの関係を学ぶにはとてもおすすめの1冊です。

ただ、入門書としては少し難しいのでドストエフスキー作品を読み、だいたいの流れを知ってから読み始めた方が理解しやすいと思います。

ひとつ前の記事でご紹介したフーデリの『ドストエフスキイの遺産』を入門書として読んで頂き、吉村善夫の 『ドストエフスキイ 近代精神の克服』 はそこからさらに深く学ぶ研究書として読めばスムーズに入っていけるかと思います。

「宗教とは何か」ということを学ぶのにうってつけの著作です。ぜひ多くの方にお勧めしたい作品です。

以上、「吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』~ドストエフスキーとキリスト教を学ぶならこの1冊!」 でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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