MENU

(7)レーニン・マルクス主義は宗教?政治家レーニン最大の手腕とは

目次

ヴィクター・セベスチェン『レーニン 権力と愛』を読む⑺

引き続きヴィクター・セベスチェン著『レーニン 権力と愛』の中から印象に残った箇所を紹介していきます。

レーニン・マルクス主義は宗教?政治家レーニン最大の手腕とは

レーニンが支持者に対し、大きな魅力をもっていたわけは、その不屈の意志の力でも、明らかな知カでも、政治戦術家としての才気でもなかった。これら三つの資質はすべて、指導者の地位に就くためには死活的に重要だったが、初期のレーニンがもっていた最大の手腕は、楽観的な考え方と希望を鼓舞する力である。

彼は支持者たちに語った。もしあなた方が基本的に理解しやすい一連の段階を踏み、かなり簡単ないくつかの提議を信じるなら、今この場で世界を変えることができるのだと。

彼は死後の救済を約束する代わりに、近い未来に天国の一部が見える、少なくとも自分たちの目標のいくつかが実現されると約束した。

マルクス主義は経験的に「証明」され得る「科学的」な哲学ということになっている。だが、どんな熱烈な共産主義者も、本人は否定するかもしれないが、マルクス主義を情緒的、宗教的、精神的に感じ取っていた。こうした言い方をすれば真の共産主義信奉者の気に食わなかっただろうが。レーニンならまちがいなくこれを否定したことだろう。

しかし、レーニンの古くからの同志で、一八九〇年代初めの、革命家としてのもっとも初期に当たるサンクトぺテルブルク時代から彼を知るポトレソフは、「ウラジーミル・イリイッチにとって、マルクス主義は確信ではなく宗教なのだ」と言っている。ほかの多くの人びとも、少なくとも一九一七年の一〇月革命までは、同じ指摘をしていた。
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』上巻p193-194

この箇所はこの本の中でもトップクラスに重大な指摘です。「宗教とは何か」という問題においてこれはかなり突っ込んだ内容です。もちろん、ここで述べられること=宗教と絶対的に言い切れるわけではありませんが、宗教が広まっていく過程をピンポイントで指摘しているようにも思えます。

これは僧侶である私にとっても無視できない問題です。レーニンの生んだ共産主義ソ連は宗教がベースになっている可能性がある。宗教をどう定義するかによっても異なってきますがこれはこの後も考えていかなければならない大きなテーマであると思います。

あわせて読みたい
マルクス主義者ではない私がなぜマルクスを学ぶのか~宗教的現象としてのマルクスを考える マルクスは宗教を批判しました。 宗教を批判するマルクスの言葉に1人の宗教者として私は何と答えるのか。 これは私にとって大きな課題です。 私はマルクス主義者ではありません。 ですが、 世界中の人をこれだけ動かす魔力がマルクスにはあった。それは事実だと思います。 ではその魔力の源泉は何なのか。 なぜマルクス思想はこんなにも多くの人を惹きつけたのか。 そもそもマルクスとは何者なのか、どんな時代背景の下彼は生きていたのか。 そうしたことを学ぶことは宗教をもっと知ること、いや、人間そのものを知る大きな手掛かりになると私は思います。
あわせて読みたい
(62)葬儀でのエンゲルスの演説とマルクスの神格化のはじまり 後に数え切れないほどの人たちに影響を与えることになった大人物マルクスの葬儀に参列したのはたったの11人・・・ これには私も驚きました。 ですが逆に言えば、ほとんど世に知られていない、あるいは評価されていなかったマルクスがここからいかにして世界中に旋風を巻き起こしていったのかというのは気になるところでありますよね。 となると、ここからあの男がいよいよ存在感を増してくることになります。 エンゲルスの働きがここからいよいよ大きなものとなっていくのでした。
あわせて読みたい
エンゲルス『空想より科学へ』あらすじと感想~マルクス主義の入門書としてベストセラー!マルクス主義... 難解で大部な『資本論』と、簡単でコンパクトな『空想から科学へ』。 この組み合わせがあったからこそマルクス主義が爆発的に広がっていったということができるかもしれません。 「マルクスは宗教的な現象か」というテーマにおいてこの記事では私の結論を述べていきます。エンゲルスはこの作品においてとてつもないことを成し遂げました。 この作品はマルクス思想を考える上で『資本論』と並んで決定的な意味を持つ作品です。ぜひ読んで頂きたい記事となっています

無能な皇帝がもたらしたロシア革命

ロシアの最後の皇帝ニコライ2世は専制君主としての無能さ故、300年続くロマノフ王朝の最後の皇帝となってしまいました。彼の失政がなければロシア革命も起こっていなかった可能性があります。

皇帝はロマノフ王朝の崩壊とロシアにおける共産主義者の権力奪取に、レーニンを含め、だれにも劣らず大きく貢献している。彼は意図せざる結果の法則など思ってもみなかった。賢明で想像力豊かな指導者を必要としていたロシアに、そうした役割にまったく似つかわしくない支配者が登場した。

ニコライニ世が下した大きな判断は、どれも間違っていたと言って過言ではない。彼の誤判断を増幅させたアレクサンドラを妻に選んだことから、戦争と平和に関する諸々の破滅的な決定にいたるまで、すべてがである。(中略)

彼は専制君主になりたいと考えたが、見かけも言動も専制君主のようではなく、専制君主になるための個性も知性も強さも欠いていた。お飾りの世襲君主としてなら成功したかもしれない。立ち居振る舞いは一点の非の打ちどころもなく、空疎な言葉をエレガントにしゃべり、制服をまとっていればハンサムにも見える。

だが、ロマノフ王朝による統治はこうしたことで成り立っていたわけではない。(中略)彼は王権神授という中世的信念をもっていたが、権力の本質をまったく理解していなかった。
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』上巻p223-224

ニコライ2世は時代の流れを読めず、さらには自らの失政の意味すらも気付いていませんでした。

そしてロシア革命後、ソ連政府によって皇帝一家は悲劇的な終わりを迎えることになります。これが悪名高い皇帝一族の皆殺しです。こうして300年も栄えたロマノフ王朝はひっそりと消滅していくのでありました。

ロシアの衰退を招いた王朝に対する憎しみはあったにしても、一族全て皆殺しにするという非情なまでの判断はその後のソ連のあり方を象徴するものと言えるかもしれません。

歴史家は、身の毛もよだつような死に方と家族の惨殺が主な理由で、ニコライニ世には概して同情的だ。しかし、彼の破滅の責任はほとんど彼自身にある。彼は歴史の潮流に押し流されてしまった善意の人などではないのだ。

もしニコライニ世が治世の当初から他のヨーロッパ諸国のように、立憲君主制の創設と、自由主義的改革の導入、そして政治活動の容認にいくらかでも努力していたら、ロシアを破滅から救い、自分とその家族の命を救えたかもしれない。マルクス主義者の言い方をするなら、彼には歴史の屑かごがふさわしかったのである。
※一部改行しました

白水社、ヴィクター・セベスチェン、三浦元博、横山司訳『レーニン 権力と愛』上巻p226

続く

Amazon商品ページはこちら↓

レーニン 権力と愛(上)

レーニン 権力と愛(上)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
(8)レーニンの黒い資金源~若きギャング、スターリンの暗躍 今回の記事で読んでいく箇所は私にとってもかなりの驚きでした。 こうまで堂々と強盗をしそれを資金源にする集団が政治集団として表舞台にいるという事実。 そしてこの時から影のギャングスターとして暗躍していた後のソ連の独裁者スターリンの存在。 資本家は労働者から収奪していたのだから、我々から収奪されるのは当然だという理屈をレーニンは主張します。まさに「目的は手段を正当化する」というレーニンの思想が表れています。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
(6)レーニンが受けた寛大なシベリア流刑~過酷なドストエフスキー流刑時代との違いとは レーニンは海外旅行から帰国後の1895年12月、革命活動の容疑で逮捕されます。これが彼にとっての初めての逮捕となりました。 ですが想像以上に監獄は緩かったようです。むしろ快適とさえ言えたかもしれません。レーニンはこの監獄期間を利用したくさんの本を読み、政治的著作の執筆まで行っています。 差し入れも自由で、監視をかいくぐっての秘密のメッセージ交換までしていました。 これでは革命家を捕まえて監獄に入れた方が政府にとっては都合が悪いのではないかと思ってしまうほどです。

「レーニン伝を読む」記事一覧はこちらです。全部で16記事あります。

あわせて読みたい
ソ連の革命家レーニンの生涯と思想背景とは~「『レーニン 権力と愛』を読む」記事一覧 この本を読んで、レーニンを学ぶことは現代を学ぶことに直結することを痛感しました。 レーニンの政治手法は現代にも通じます。この本ではそんなレーニンの恐るべき政治的手腕を見てきました。彼のような政治家による恐怖政治から身を守るためにも、私たちも学んでいかなければなりません。

関連記事

あわせて読みたい
(69)レーニン・スターリンのマルクス主義について考える~マルクス・エンゲルスは有罪か? さあ、いよいよ本書の総まとめに入ります。 著者は本書の冒頭で、近年世界中でマルクスの再評価が進んでいる一方、ソ連や中国などの共産国での恐怖政治の責任がエンゲルスに押し付けられているという風潮を指摘していました。 そうした風潮に対し、「エンゲルスは本当に有罪なのか?」ということを検証するべくこの本ではマルクス・エンゲルスの生涯や思想背景を追ってきたのでありました。 この記事ではそんなマルクス・エンゲルスに対する私の思いもお話ししていきます。
あわせて読みたい
V・セベスチェン『レーニン 権力と愛』あらすじと感想~ロシア革命とはどのような革命だったのかを知る... この本ではソ連によって神格化されたレーニン像とは違った姿のレーニンを知ることができます。 なぜロシアで革命は起こったのか、どうやってレーニンは権力を掌握していったのかということがとてもわかりやすく、刺激的に描かれています。筆者の語りがあまりに見事で小説のように読めてしまいます。 ロシア革命やレーニンを超えて、人類の歴史や人間そのものを知るのに最高の参考書です。
あわせて読みたい
(1)なぜ今レーニンを学ぶべきなのか~ソ連の巨大な歴史のうねりから私たちは何を学ぶのか ソ連の崩壊により資本主義が勝利し、資本主義こそが正解であるように思えましたが、その資本主義にもひずみが目立ち始めてきました。経済だけでなく政治的にも混乱し、この状況はかつてレーニンが革命を起こそうとしていた時代に通ずるものがあると著者は述べます。だからこそ今レーニンを学ぶ意義があるのです。 血塗られた歴史を繰り返さないためにも。
あわせて読みたい
(2)レーニンの出自~貴族階級で裕福な家庭環境と人生を変えた兄の処刑とは レーニンといえば、その後のソ連の方向を決定づけた冷酷な独裁者というイメージがありました。しかし彼は裕福で温かな家庭で育った普通の人間でした。そこから兄の処刑、町でのつまはじきなど、これまでの生活ががらりと変わってしまいました。 こうした背景があったからこそレーニンが革命家になっていったと知り、それまでの冷酷で残酷な独裁者とはちょっと違った印象を受けることとなりました。
あわせて読みたい
(3)ロシアの革命家、テロリストの歴史をざっくり解説  1881年の皇帝アレクサンドル2世の暗殺後の2人の皇帝、アレクサンドル3世とニコライ2世の治世はとにかくテロリストによる暗殺が多かったとされています。 この記事ではそんなロシアのテロリストについてお話ししていきます。
あわせて読みたい
(4)革命家のバイブル、チェルヌィシェフスキーの『何をなすべきか』に憧れるレーニンとマルクスとの出... レーニンは兄の処刑によって革命家の道に進むことになりました。しかし最初からマルクス主義者として出発したのではありませんでした。彼はまずチェルヌイシェフスキーに傾倒します。
あわせて読みたい
(5)なぜ口の強い人には勝てないのか~毒舌と暴言を駆使するレーニン流弁論術の秘密とは レーニンは議論において異様な強さを見せました。その秘訣となったのが彼の毒舌や暴言でした。 権力を掌握するためには圧倒的に敵をやっつけなければならない。筋道通った理屈で話すことも彼にはできましたが、何より効果的だったのは毒舌と暴言で相手をたじたじにしてしまうことでした。 この記事ではそんなレーニンの圧倒的な弁舌についてお話ししていきます。
あわせて読みたい
(13)レーニン崇拝、神格化の始まりとソ連共産党官僚の腐敗 マルクス主義、社会主義、資本主義など、ソ連の話はイデオロギー論争として語られることが多いです。 しかし、それらの議論ももちろん重要なのですが、どの主義であろうと、権力を握った人間がどうなるのか、官僚主義はどういった危険があるのか、平等な分配はありえるのかなどの問題は人間の本質に関わる問題であるように思います。
あわせて読みたい
(15)レーニンとロシア正教会~ソ連政府の教会弾圧の過酷な実態とは 「農民の不満が最大限に高まり飢餓に苦しむ今、教会を守ろうとする人間もいないはず。」 レーニンは教会を潰すには今しかないというタイミングまで待ち、ついに行動に移るのでした。 これは権力掌握のために徹底した戦略を立てるレーニンらしい政策でありました。 これによってロシア正教会は徹底的に弾圧され、ソ連政権時の長きにわたって過酷な運命を辿ることになったのでした。 レーニンがいかにして教会を弾圧したかをこの記事では見ていきます。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次