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E・H・カー『ドストエフスキー』概要と感想~小林秀雄が参考!イギリス人作家によるドストエフスキー伝
本日は筑摩書房出版の松村達雄訳、E・H・カー『ドストエフスキー』をご紹介します。
この伝記の作者のE・H・カーは名著『歴史とは何か』で有名なイギリスの国際政治学者、歴史家であります。
E・H・カーは1892年生まれで、ケンブリッジ大学で学んだ後、外交官の道を歩んでいます。外務省のロシア課に勤務した経験からロシアの歴史や文化に関心を持つようになっていったそうです。
1936年に職を辞してからはウェイルズ大学の国際政治学の教授として活躍していました。
本日紹介している伝記『ドストエフスキー』は教授になる前の1931年に出版されたものです。
以前私が紹介した小林秀雄の『ドストエフスキイの生活』はこのカーの伝記を基にして書かれたと言われています。
さて、この伝記の特徴はカーの執筆のスタイルにあります。訳者後記を見ていきましょう。
カーの思想的立場は、私など専門外の一読者の眼からみれば、イギリスの自由主義・民主主義の伝統が前向きに生かされているといった感じである。その進歩主義的傾向もきわめて即現実的であるところがありがたい。
筑摩書房、松村達雄訳、E・H・カー『ドストエフスキー』P308
カーはイギリス人的な立場でドストエフスキーを見ていきます。
このドストエフスキーの評伝には、世界的大作家に対するなんの神秘化もなければ、なんの偶像崇拝もない。熱狂的な肯定も否定も一切みとめられない。それがまさにこの評伝の特徴である。(中略)またドストエフスキーの性格的弱点や論理的混乱をしばしば指摘して、この偉大な預言者が時としてユーモラスな愛すべき道化となったりする。超越的な神秘化の角度は一切とらず、長所と短所がバランス・シートのように両者並べて提示されるこの評伝に、みごとなイギリス的、良識的文芸批評の魅力を感ぜずにはいられない。
筑摩書房、松村達雄訳、E・H・カー『ドストエフスキー』P309
思うに、この伝記の最大の特徴はここにあるのではないでしょうか。
伝記を読んでいて私も「なるほど、これがイギリス人的なものの考え方なのか」と思わず唸ってしまいました。
カーの筆はどこか一歩引いたような冷静な視点です。正直、ところどころ、冷たすぎるんじゃないかと思ってしまったところがあるくらいです。
ですがその代わり過度にドストエフスキーを神格視したり、不当に貶めるようなこともしません。いいところも悪いところも含めて、出来るだけ客観的に資料を分析していくという姿勢が感じられます。
そしてもう一つ特徴を挙げるとしますと、次の引用が参考になります。
この評伝がわれわれ日本の読者の興味を深くそそる点がいま一つある。それは、すでにわれわれに親しみ深いドストエフスキーの数々の作品が生み出された社会的、思想的背景の叙述を通して、そこに十九世紀の後進国ロシアの風貌がおのずから浮び上がって楽しさである。そして、そこにみられる西欧文化と自国文化との矛盾、知識層と民衆との離反、文学界の党派的対立、等々は、かならずしもわれわれにはよそごととは考えられない親近さを感じさせる。
筑摩書房、松村達雄訳、E・H・カー『ドストエフスキー』P310
さすがは外交官を務めた国際政治学の教授です。カーはロシアだけでなく国際的な広い視野でドストエフスキーを見ようとします。
そして訳者が引用で述べていますように、後進国ロシアと先進国たるヨーロッパのぶつかり合いは日本人にも非常に馴染み深いテーマであります。日本もヨーロッパ諸国との圧倒的な国力差をいかに埋めるかに苦心してきた歴史があります。
そしてその戦いは単に経済や武力のぶつかり合いだけではなく、元々あった日本固有の文化と西欧由来の文化とのぶつかり合いであったわけであります。
カーのドストエフスキーの伝記を通して、日本の姿についても考えさせられることになりました。この辺の幅広い視点がカーの伝記の面白さを増幅しているように感じます。
カーの『ドストエフスキー』は小林秀雄が重要視しただけあり、とても読み応えある伝記です。
しかし、これを一冊目に読んでしまうと、若干ドストエフスキーに対して淡白な感想を抱いてしまう危険性があるような気がします。以前紹介しましたアンリ・トロワイヤの『ドストエフスキー伝』のようにドラマチックで感情移入してしまうような伝記とは若干毛色の違う伝記であります。
ですので、まずは他の伝記を読んでから二冊目以降にこの伝記を読めばドストエフスキーの違った側面を知ることが出来て非常にバランスよくドストエフスキーを知ることが出来るのではないかと私は思います。むしろそういう意味では必読の伝記ではないでしょうか。とてもおすすめの伝記です。
以上、「E・H・カー『ドストエフスキー』~小林秀雄が参考!冷静な記述が魅力のイギリス人作家によるドストエフスキー伝」でした。
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