ペローフ『ドストエフスキーの肖像画』制作のエピソードをご紹介!画家の見た作家の素顔とは
私は2019年夏より『親鸞とドストエフスキー』をテーマにこれまで学んできましたが、学べば学ぶほど愛着が湧き、ついには額縁に入った肖像画を購入し部屋に飾るほどになってしまいました。
そしてこのドストエフスキーを描いた画家こそ今回紹介するペローフになります。
この記事ではこの肖像画が生まれたエピソードを見ていきます。子供を愛したドストエフスキーならではの姿を知ることになりました。
私は2019年夏より『親鸞とドストエフスキー』をテーマにこれまで学んできましたが、学べば学ぶほど愛着が湧き、ついには額縁に入った肖像画を購入し部屋に飾るほどになってしまいました。
そしてこのドストエフスキーを描いた画家こそ今回紹介するペローフになります。
この記事ではこの肖像画が生まれたエピソードを見ていきます。子供を愛したドストエフスキーならではの姿を知ることになりました。
ルワンダの虐殺はあまりに衝撃的です。トラウマになってもおかしくないほどの読書になるかもしれません。それほどの地獄です。人間はここまで残酷になれるのかと恐れおののくしかありません。
私はボスニア紛争をきっかけにルワンダの虐殺をこうして学ぶことになりましたが、これらの本を読んでいてボスニア、ルワンダ、ソマリアのそれぞれが特異で異常なのではなく、人間の本質としてそういうことが起こり得る、誰しもがやってしまいかねないものを持っているのだということを改めて思い知らされることになりました。
目を背けたくなるような歴史ではありますが、ここを通らなければ、歴史はまた形を変えて繰り返してしまうことでしょう。そうならないためにも私たちは悲惨な人間の歴史を学ばなければならないのではないでしょうか。
あのトルストイと並ぶロシアの文豪、ドストエフスキー。
ドストエフスキーといえば『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など文学界では知らぬ者のない名作を残した圧倒的巨人です。彼は人間心理の深層をえぐり出し、重厚で混沌とした世界を私達の前に開いてみせます。そして彼の独特な語り口とあくの強い個性的な人物達が織りなす物語には何とも言えない黒魔術的な魅力があります。私もその黒魔術に魅せられた一人です。
この記事ではそんなドストエフスキーのおすすめ作品や参考書を紹介していきます。またどの翻訳がおすすめか、何から読み始めるべきかなどのお役立ち情報もお話ししていきます。
この作品ではギリシア悲劇の起源やその流れをまず序章で学ぶことになります。
そこから時代順に、アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスというギリシア悲劇の重鎮たちの作品を通してその奥深さを考察していく流れになります。時代を経ていくにつれて悲劇の内容がどう変わっていったのかが非常にわかりやすく説かれているのでこれはとてもありがたかったです。
名前は知っていてもなかなかその中身までは知らないギリシア悲劇。そのギリシア悲劇の奥深さを知れるおすすめの入門書です。
「この本を読んだ人は、モノの消費をこれまでと同じように見ることはできまい。」
まさにその通り!この本では「それを言っちゃあおしめぇよ」と思わず言いたくなる赤裸々な爆弾発言がどんどん出てきます。ですがよくよく考えてみると、「うん、たしかにヴェブレンの言う通りかもしれない・・・」と頷かざるをえない気持ちになってきます。
この本ではとてつもなく刺激的な言葉がどんどん出てきます。これはぜひ読んで体感してみてくださいとしか言いようがありません。ぜひヴェブレンの爆弾発言を堪能して頂けたらと思います。
宇沢弘文を通してこの本と出会えたのは本当に嬉しいものがありました。私の中でも強烈なインパクトを残した作品でした。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
この本は2000年に出版されたものです。今や2023年、宇沢弘文が見た世界よりももっと世の中は悪くなっているように私は感じます。もし今宇沢弘文が生きていたなら何と言うのでしょうか。これは私にとっても考えるべき大きな問題だと思います。
行き過ぎた資本主義を反省し、社会的共通資本の見直しを図ること。この本を読めばこれが急務であることがよくわかります。どれだけ今が危機的な状況なのかということを考えさせられます。
日本を代表する経済学者のこの提言はあまりに貴重だと思います。
この本からいきなり読み始めるのは少し厳しいかもしれないので、佐々木実著『資本主義と闘った男 宇沢弘文と経済学の世界』から読み始めるのをおすすめします。
この本はまず一般読者に対して書かれたものであり、専門書ではありません。多くの人に現在の経済の問題について考えてもらいたいという願いがこの本に込められています。だからこそ難しい経済理論を語るのではなく、まずは自分自身の身近な問題として考えられるような話題を選んで宇沢弘文は語ります。
この本が出版されたのは今からおよそ50年前の1974年です。
その時点で資本主義に対してここまでの提言がなされていたことに驚くしかありません。
資本主義への批判はマルクス主義が全盛だった時代において、そうではなく経済学の内側から批判を続けていた宇沢弘文。
ますます宇沢弘文という人物に興味が湧いてきた一冊となりました。
かつてアメリカには「アメリカン・ドリーム」があった。個人の才能と努力で人生は変えられる!夢を掴める!
しかしそれも今は昔。今や貧しい階級に生まれた子どもにはそんな社会的上昇は望むことができなくなってしまった。それはなぜなのか、今アメリカで何が起きているのかを見ていくのが本書になります。
そしてこの現在の「悪夢」を見ていくことでかつての「アメリカンドリーム」の背景も見えてくることになります。
私も「教育」の問題について非常に強い関心があります。最近地元の学校に携わることも増えてきた中でそのことは特に私の中でも大きな問題となっています。子どもたちの教育を考える上でもこの本は重大な問題提起となっています。ぜひおすすめしたい一冊です。
これまで41回にわたってローマの旅行記を更新してきました。
この旅行記の序文でお伝えしたように、私は「ローマカトリックが嫌いなドストエフスキーではあるが、その本山サンピエトロ大聖堂やローマのベルニーニの舞台芸術に心奪われずにいられるだろうか」という問いを立てローマを巡りました。
私にとってはこのローマの滞在中、片時もドストエフスキーを忘れたことはありませんでした。私はこのヨーロッパ滞在中常にドストエフスキーと共にいました。
ではこのローマ滞在においてドストエフスキーは実際にローマをどう思ったのでしょうか。
本当のところはドストエフスキーが何も書き残していない以上わかりません。ですが、そうではあるものの、私は「ドストエフスキーはローマを好きだけども嫌いになったであろう」という結論に至りました。
ついにここまでやってきました。ベルニーニの生涯を辿りながら彼の作品をこれまで見てきましたが、ベルニーニは1680年、81歳で命を終えます。
当時としてはかなりの長寿。しかもそのぎりぎりまで作品を制作していたという驚異のバイタリティーであります。
そしてやはり彼の最期もまた並のものではありませんでした。彼はその死の瞬間に至るまで圧倒的な人物だったのです。
今回の記事ではそんなベルニーニの死への旅立ちについて見ていきます。