三島由紀夫『宴のあと』あらすじと感想~海外でも高い評価!プライバシー訴訟にも発展した問題作

三島由紀夫と日本文学

三島由紀夫『宴のあと』あらすじと感想~海外でも高い評価!プライバシー訴訟にも発展した問題作

今回ご紹介するのは1960年に新潮社より発行された三島由紀夫著『宴のあと』です。

早速この本について見ていきましょう。

【新装版、新・三島由紀夫】
政治と情事とは瓜二つだった――。
三島が描く「都知事選」、日本初のプライバシー裁判に。〔新解説〕辻原登


もはや恋愛と無縁だと思っていた料亭の女主人・福沢かづは、ある宴席で、独り身の野口雄賢に強く惹かれた。熱情と行動力を備えたかづと、誇り高き元外相の野口は、奈良への旅を経て、結婚する。野口は請われて革新党候補となり、夫妻は選挙戦に身を投じることに。
モデル問題で揺れた作品ながら、男女の浪漫の終焉を描いた小説として、国内海外で高く評価された。解説・西尾幹二/辻原登。

Amazon商品紹介ページより
三島由紀夫(1925-1970)Wikipediaより

本作は批評家に酷評された長編『鏡子の家』の翌年に発表した三島の意欲作になります。

『鏡子の家』で「時代」を描こうとした三島でありましたが、今作『宴のあと』は実際の政治家有田八郎の都知事選を題材に執筆しました。

この作品について徳岡孝夫、ドナルド・キーン著『三島由紀夫を巡る旅』では次のように説かれています。(〈〉内は対談相手のドナルド・キーン氏です)

『宴のあと』という小説を、私は非常に好きなのだが、一般には「プライバシー裁判になったあの作品」というジャーナリスチックな形で記憶され、語られている。しかし、裁判になったことと小説そのものの価値とは、もともと本質的な関係がないものであるはずだ。

この種の混同はよく起る。たとえば上方の歌舞伎では「鴈治郎はうまいけれど、先代みたいにもうちょっと背丈があったら」といった式の批評である。俳優の芸術と、その背丈には、ほんらい本質的な関係は皆無であるはずだ。同じように、裁判になった小説の中にも、悪い作品もあればいい作品もある。『宴のあと』を、私は後者だと思う。なによりも、かづという女主人公がいきいきと、血肉を持った人物に書き上げられているのがすばらしいと思う。

〈賛成です。日本では、たしかにモデル小説として非常に有名になりましたが、外国では、あれがモデル小説だということをだれも知らないでしょう。それでも、『宴のあと』の翻訳は高く評価されました。三島作品の中の女性の中でも、かづはもっともよく書けているという評判が高かったのです。バルザックやフロベールのものにも劣らない、という批評さえありました。日本では、モデル小説として有名になったために、作品のよさがかえって顧みられなくなったようですが〉

新潮社、徳岡孝夫、ドナルド・キーン『三島由紀夫を巡る旅』P167-168

『宴のあと』が有田八郎氏の知事選に取材していることは先ほども述べましたが、この小説の発表後有田氏に三島は訴えられてしまいます。これが日本初のプライバシー裁判として世間を賑わすことになり、三島は『鏡子の家』の家に続き精神的なショックを受けることになりました。

ただ、徳岡氏とドナルド・キーン氏が述べるようにこの作品自体は非常に優れた作品であることは間違いありません。この作品は海外でも高く評価されているようです。

私も『鏡子の家』の直後にこの作品を読んだのですが、圧倒的に面白い!三島由紀夫には申し訳ないのですが、『鏡子の家』と比べるとその小説としての面白さが桁違いです。

何よりも女主人公かづのエネルギー!かづの圧倒的なエネルギーには読んでいるこちらもぐいぐい引っ張られてしまいます。猪突猛進で無茶苦茶なことをしているのですがなぜか応援せずにはいられません。夫の野口がぶっきらぼうで堅物で鈍重であるが故にかづの溢れんばかりの活力、野心、熱量がさらに引き立ちます。

物語の展開もスピーディーで、さらにそこに政治的な陰謀や駆け引き、人間ドラマが織り込まれるので目が離せません。やはり三島小説は面白い!

そして三島ならではの美しい文章も健在です。物語終盤の、

かづは雪後庵の大広間で宴の果てたあとの、あの金屏風の虚しい反射を思い出した。

新潮社、三島由紀夫『宴のあと』P242

という表現は絶品です。全てを賭けて戦った選挙戦が虚しくも敗北に終わった後のやりとりに出てきた描写なのですが、このシンプルな一行の中にこれまでの戦いと人生が見事に集約されています。三島といえば『金閣寺』のような飾り立てた美文というイメージもありましたが、こんなにシンプルに美しい言葉も紡げるのかと改めて驚きました。

そして上で紹介した『三島由紀夫を巡る旅』の中で次のような驚きのエピソードも紹介されていました。

ちょっと脱線するが、『宴のあと』は、のちに三島の人生に、非常に大きい役割を演ずることになるのだ。

ノーべル文学賞の順番が日本にまわってきたとき、川端康成と三島由紀夫の名が出た。どちらに与えても不都合はない、という判断だった。ところが、最終的な決定を下すスウェーデンに、日本文学の専門家がいない。いきおい英訳、独訳から推測するほかない。さいわい(あるいは不幸にも)一九五七年のペンクラブ大会に日本に来て二週間ほど滞在したスウェーデンの文学者がいた。ほかにエキスパートがいないものだから、彼はノーべル賞委員会に対して重要な助言をする役を与えられた。もちろん、二週間の日本滞在で、日本の作家の比較や評価ができるはずがなかった。ところが、その人物は、キーンさんが訳した『宴のあと』を読んでいた。『宴のあと』は都知事選挙に取材したもので、登場人物は革新党の候補である。そんなところから『宴のあと』は政治小説で、書いたミシマ・ユキオはきっと左翼(こともあろうに三島が!)だろうということになった。彼の助言をいれて、ノーべル賞は、より〝穏健〟で日本的な美を書いた作家、川端康成に授賞することになった、というのだ。

キーンさんは、このことの内幕をよく知っていて、いずれはどこかに書くことだろうが、初めてその話を聞かされたとき、私は唖然となった。あいたロがふさがらないとは、このことだった。

新潮社、徳岡孝夫、ドナルド・キーン『三島由紀夫を巡る旅』P168-169

なんと、三島由紀夫のノーベル文学賞受賞ならずの鍵がこの『宴のあと』にあったとのこと!これには驚きでした。

しかしそれにしてもこのいわば勘違いが運命を決するとは何とも残酷なものです・・・もし三島がノーベル賞を受賞していたら三島は自決していたでしょうか。

いずれにせよ、この作品はノーベル賞に影響を与えるほど海外でも読まれている作品でした。

これは面白い作品です。ぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「三島由紀夫『宴のあと』あらすじと感想~海外でも高い評価!プライバシー訴訟にも発展した問題作」でした。

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