(68)マリユス歓喜!のぞき穴の先に愛するコゼットが!

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(68)マリユス歓喜!のぞき穴の先に愛するコゼットが!
第三部 マリユス 第八章 腹黒い貧乏人 ⑶
隣家のジョンドレットの家を覗いていたマリユスでしたが、ここであの娘(エポニーヌ)が帰宅してきました。
父親との会話からすると、どうもサン・ジャック教会の慈善家のおじいさんがここにお金を持ってやって来るそうです。
このサン・ジャック教会の慈善家のおじいさんは、まさにあの小包に入っていた4通目の宛先の人物です。そしてあの娘が先ほどマリユスの部屋を出て届けに行ったのがこのおじいさんになります。皆さんも覚えておいででしょうか。
ユゴーは無駄なことは書きません。ほんのちょっとしたことも後の展開に繋がるきっかけとなっているのです。
さて、お金持ちのおじいさんがお金を持ってやって来る!そうなったらジョンドレットの方でもやることがあります。
まずは暖炉の火を急いで消しました。そして姉娘(エポニーヌ)に向って椅子の藁を引き抜くよう命令します。そして今度は下の妹(アゼルマ)に「窓ガラスを割れ」と言いました。2月のことですし、外は凍えるような寒さです。それなのに窓ガラスを割れというのはさっぱり意味がわかりませんでしたが、父親の剣幕に怯えた妹は言われた通り拳でガラスを割ります。これにジョンドレットは満足し、妻(テナルディエのおかみさん)にはベッドで寝ていろと指示します。
さて、ジョンドレットは何をしたかったのでしょう。
彼は今や満足気でしたが、ガラスを割った妹の手は血まみれになり、大けがを負っていました。そしてそれを見た母親も「なんて馬鹿な真似をさせるのさ!」とすぐさま非難します。
ですがジョンドレットは動じません。むしろ「その方がいいんだ。そのつもりだったんだ」と得意げです。
彼の目的は一体何だったのでしょう。
それは慈善家に金をせびるためにできるだけ悲惨な状況を作り上げることだったのです。
そのためには部屋がどうなろうが、娘が大けがしてもかまわない。
これがジョンドレット、もといテナルディエなのです。やはり原作のテナルディエは恐ろしい・・・。
さて、そんなこんなでついに例の慈善家がやって来ました。その来訪を知るとジョンドレットは打って変わって下手に出て丁重にもてなします。
そして部屋に入り、マリユスののぞき穴からもこのおじいさんが見えたのでありましたが、次の瞬間、マリユスはとてつもない衝撃を受けることになります。
中年の男と若い娘が、あばら家の入口にあらわれた。マリユスは例の場所を離れないでいた。そのとき彼が感じたことは、言葉では表現できない。
彼女だったのである。
恋をしたことのある者なら、この彼女という言葉に含まれている輝かしい意味を知っているだろう。
まさしく彼女だった。マリユスは、突然目の前にまぶしい霧がかかったようで、女がはっきり見えないほどだった。だが、それはたしかに姿を消したあの優しい娘であり、彼にとって六カ月の間輝いていた星であった。あの瞳、あの額、あの口、あとに闇を残して消え去ったあの美しい顔だった。面影が一度消えてから、またあらわれたのだ!
この暗がりに、このあばら家に、このみにくい部屋に、この醜悪な場所に、またあらわれたのだ!
マリユスは狂ったように身ぶるいした。ああ!彼女だ!胸が躍って、目もくらみそうだった。涙があふれそうな気がした。ああ!あんなに長いこと捜しあぐねたあとで、今やっとめぐり会えたとは!失った自分の魂を再び見いだしたような気がした。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P323-324
出ました!ユゴーの伝家の宝刀、「偉大なるたまたま」の登場です!
たまたまのぞき穴を覗いたこのタイミングでたまたまやってきたヴァルジャン・コゼット親子。これにはマリユスも気が狂わんほどでした。
あの宿命的なゴルボー屋敷にマリユス、テナルディエ、ヴァルジャン、コゼットが勢ぞろいしたのです。しかも互いに正体を隠しながらという極めて不安定な状況での遭遇ではありますが、実に演劇的な展開です。
そしてこの訪問者は包みを渡し、「ここに新しい衣類と靴下と毛布が入っています」と家主に告げます。これにはジョンドレットも「なんだ、金はくれねえのかよ」とこっそり悪態をつきます。
それでもジョンドレットはこの慈善家から何とかお金を引き出そうと渾身の演説を繰り出し、彼から五フラン頂くことに成功します。
ですが、たったの五フランぽっちにやはり我慢がならず「ちぇっ!五フランぽっちでどうしろっていうんだ?椅子とガラス代にもならん!弁償ぐらいしやがれ!」とまたもやこっそり悪態をつくのでありました。この辺りもどこか喜劇舞台のような雰囲気です。
そしてそんなジョンドレットの不満に感づいたのか、この慈善家は着ている外套を脱ぎ、それを椅子にかけるとこう言いました。
「今は持ち合わせがこれしかないのです。今晩6時にまた参ります」と。
これにはジョンドレットも有頂天です。
そして慈善家は部屋から出ようとするのですが、姉娘が椅子の外套に気付き、「旦那さま、外套をお忘れですよ」と声を掛けました。ただ、この声掛けがジョンドレットには気に食わなかったらしく、ものすごい目つきで娘を睨みつけました。つまり、ジョンドレットはこの外套も失敬するつもりだったのです。
するとこの慈善家は「忘れたのではありません。おいていくのです」と答え、そのまま外へ出て行ったのでした。
このちょっとしたやりとりに、すでにエポニーヌの善良さ、天使ぶりがうかがえますよね。テナルディエは「どんな手を使ってでもむしり取ってやれ」という精神ですが、彼女は自然とこうした声掛けができてしまう善良さを持っていたのです。悲惨な貧困の中でも美しいものを持ち合わせているエポニーヌの性質をユゴーはここでさりげなく示したのでありました。
さて、こうして慈善家親子はゴルボー屋敷を後にし、馬車で帰っていったのでありましたが、この機会を逃すわけにはいかなかったのがマリユスです。せっかく再会できたあの娘をまた失うわけにはいかない!彼は父親にバレる危険を冒して通りに飛び出し、馬車でその後を追おうとしました。
しかし残念!お金が足りない!
さっきエポニーヌに5フランあげてしまったせいで御者に乗車拒否を食らってしまったのです。しかも、足りなかったのはわずか24スーという微々たる小銭・・・。何たる痛恨!たった24スーでせっかくのチャンスが消滅してしまうとは・・・。
こうしてマリユスは絶望して屋敷に帰ったのでありました。
ただ、さっきの話をちゃんと聞いていればこの慈善家が6時にもう一度来ることはわかっていたはずです。なぜマリユスはそれに気づかず、今回が唯一のチャンスと思いこんだのでしょう。ですがなんてことはありません。彼はコゼットに見とれて話の内容がほとんど頭に入っていなかったのです。まあ、マリユスらしいといえばマリユスらしいですよね。
そんなこんなで屋敷に戻って階段を上ろうとしたとき、ふと通りの向こうにさっきの外套にくるまったジョンドレットの姿を見かけます。何やら誰かと話しているようです。「あれは少し前にクールフェラックから教えられていた危険な悪党パンショーではないか?」そういぶかったマリユスでありましたが、コゼットを見失った絶望に打ちひしがれていた彼はそれどころではありません。そのまま部屋に入ろうとしたのですが、その瞬間、彼を引き留める人間がいました。それがあの姉娘だったのです。そしてここからミュージカルとも繋がる重要なやりとりが交わされることになります。
続く
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