(34)皆さんはフォーシュルヴァン爺さんを覚えておいでだろうか?ユゴー得意の「偉大なるたまたま」がここに

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(34)皆さんはフォーシュルヴァン爺さんを覚えておいでだろうか?ユゴー得意の「偉大なるたまたま」がここに
『レ・ミゼラブル』 第二部 コゼット 第五章 暗闇の追跡に無言の同勢 ⑶
自分たちが逃げ込んだこの場所が謎過ぎることに驚いたジャン・ヴァルジャンでありましたが、気づけばコゼットは横で眠っていました。こんな夜遅くの逃走劇の後です。疲れてしまったのでしょう。
そんな彼女の寝顔を見てジャン・ヴァルジャンは少し気持ちに余裕ができてきたのでありました。
ただ、このタイミングでさらなる謎が彼を襲います。
どうもこの敷地のどこかから妙な音が聞こえてくるのです。それは鈴の音のようでした。
なぜこんな夜更けに鈴の音が?不思議に思った彼がその音の方向によく目を凝らしてみると、どうやらそこにひとりの男がいるようです。
ジャン・ヴァルジャンは考えました。もしこの男に見つかってしまったらきっとこの男は警察に大声で助けを呼ぶことだろうと。だとしたら迂闊には動けない。まずは様子を見ようと彼はじっと観察を続けます。
あの男に鈴がついているのはわかった。でも、なんでそんなことをしているのだろう。謎が謎を呼ぶ展開にジャン・ヴァルジャンはさらに困惑するのですが、ここで大変な事態が起こります。
なんと、コゼットが凍えて死にかけていたのです。
ジャン・ヴァルジャンが呼びかけたり激しく揺すっても目を覚ましません!これは大変なことになりました。今すぐに彼女を温めなければ本当に死んでしまいます。
この危機的な状況に、ジャン・ヴァルジャンは迷わず飛び出しました。つい先ほどまでは謎の男に通報されるのではないかと悩んでいた彼でありましたが、今や「コゼットを温めねば!」という思い以外はすべて消え去っていたのです。
ジャン・ヴァルジャンは謎の男に向って真っすぐ進み、いきなり「百フランだ!」と話しかけます。匿ってくれたら百フランあげようということですね。
ですが、返ってきた返答はジャン・ヴァルジャンの全く想像もしていなかったものでありました。
「おや!あなたですか!マドレーヌさん!」
この男は私を知っている!?どういうことだ!?
闇の中ではこの男の顔は見えません。ですがこの男は自ら語り始めます。
「あなたは、わたしの命を助けてくださった」
この言葉を語った瞬間、ちょうど彼は向きを変え、月の光がその横顔を照らしました。ここでようやくジャン・ヴァルジャンは気づきます。そうです、彼こそジャン・ヴァルジャンが命をかけて馬車事故から救ったフォーシュルヴァン爺さんだったのでありました。
何たる偶然でありましょう!この広いパリ、いやフランスでこんな再会などありうるのでしょうか!ジャン・ヴァルジャンもこれには驚きます。
ですが、これにもちゃんと伏線があったのです。
皆さんもフォーシュルヴァンの馬車事故については記憶にあると思いますが、第一部ではその後の「7 フォーシュルヴァンがパリで庭番になる」の章でしっかりと「マドレーヌ氏は、看護婦と司祭のすすめで、この老人をパリのサン・タントワーヌ地区の女子修道院に、庭番として入れた。(P331)」と説かれています。
通読してこの一文をはっきりと覚えておられる方はほとんどいないと思いますが、実はこの時すでにユゴーは伏線としてこの文章を置いていたのです。そして私達はまんまと「おお!あのフォーシュルヴァンか!・・・でも、なぜ?」とポカンとしているのです。
まあ、マドレーヌ氏ことジャン・ヴァルジャンもこのことをすっかり忘れてしまっているくらいですから、私たち読者も忘れてしまっていても無理はないかと思います。
だからこそユゴーはフォーシュルヴァンに次のような言葉を語らせています。
「ああ、マドレーヌさん!あなたはわたしがすぐにはわからなかった!あなたは人びとの命を助けておいて、あとで忘れなさる!ああ、それはいけない!助けてもらった方では、あなたを覚えているんですぞ!あなたは不人情ですなあ!」
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P310
これはユゴーの、読者に対するちょっとしたメタ的な皮肉にも見えてきますよね。
いずれにせよ、こうしてジャン・ヴァルジャンはフォーシュルヴァンによって安全な隠れ家を確保することができました。そしてコゼットもすぐに温められ復活します。
このフォーシュルヴァンとの再会は作中屈指の「そんなことある!?」という偶然です。
ですがこの偉大なる「たまたま」こそこの物語の肝であることはこれまでお話ししてきました通りです。
そんなことはあるのです。この物語においては。
さて、こうして窮地を脱出したジャン・ヴァルジャンを横目に、次の章ではジャヴェールの視点から先ほどまでの追跡劇が語られます。これがものすごく面白いのでぜひ皆さんに紹介したいと思います。ジャヴェールの意外な一面がここで語られています。そしてあの逃走劇を「追う側の視点」から再び語るという、見事な流れもぜひ感じて頂けたらと思います。
続く
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