MENU

(14)フォーシュルヴァン事件と「葛藤の人」ジャン・ヴァルジャン~レミゼにおける最重要ポイントのひとつがここに

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
目次

(14)フォーシュルヴァン事件と「葛藤の人」ジャン・ヴァルジャン~レミゼにおける最重要ポイントのひとつがここに

第一部 ファンチーヌ 第五章 堕落 ⑶

市長として町中から尊敬を集めているマドレーヌ氏でありましたが、さすがはジャヴェール。彼は持ち前の嗅覚でマドレーヌ氏の正体を疑い始めていました。

そんな折に偶然ある事件が発生します。

それがフォーシュルヴァンの馬車事故でありました。

フォーシュルヴァンは元公証人の老人でマドレーヌ氏の成功をうらやみ、かつて散々に悪口を言っていた人物です。マドレーヌ氏からすればそんな悪口などどこ吹く風でありましたが、そんなねじけた性格の持ち主でありましたので彼は自らの仕事でも失敗を犯し、落ちぶれていたのでありました。

そして家庭も子もなく、この孤独な老人は生活のために馬車屋として働くようになっていたのですが、不憫なことに事故を起こしてしまったのです。「不運は不運な人にさらに襲い掛かる」をまさに地で行く展開です。

馬は腿を両方とも折って、起き上がれなかった。老人は車輪の間にはさまれていた。倒れ方が悪かったので、車全体が彼の胸にのしかかっていた。荷馬車にはかなり重い物が積んであった。フォーシュルヴァンさんは悲痛な呻き声をあげていた。人びとは彼を引張り出そうとしたが、駄目だった。がむしゃらに力を入れたり、下手に助けたり、まちがって動かしたりすれば、息の根を止めるおそれもあった。車を下から持ち上げる以外には、引きずり出すことはできなかった。この事件に通り合せたジャヴェールは、押上万力ジャッキを捜しにやった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P326

さてさて、事態の緊迫具合はユゴーの迫真の描写によってすぐに我々も把握できたのですが、ここで皆さん、この現場にたまたまジャヴェールが居合わせているのにお気づきでしょうか。

そしてこの直後、マドレーヌ氏もやってきます。こうして偶然にも同じ舞台上にジャヴェールとジャン・ヴァルジャンが登場することになります。やはりこれも「たまたま」ですが、必然の「たまたま」でありましょう。

そしてここからの展開がユゴーらしい実に臨場感たっぷりの描写になっていますので、少し長くなりますがこの事件の顛末を一気に見ていくことにしましょう。ここにジャン・ヴァルジャンの性格における重要なポイントが隠されていると私は考えています。そのことはこの後でお話ししますが、まずは本文を読んでいくことにしましょう。

マドレーヌ氏がやって来た。人びとは敬意をもって道を開けた。

「助けてくれ!」とフォーシュルヴァン老人が叫んでいた。「誰かこの爺を助けてくれる親切者はいないのか?」

マドレーヌ氏は居合せた人たちの方を振向いた。

押上万力ジャッキはあるかね?」

「捜しに行きやした」と農夫が答えた。

「時間はどのくらいかかる?」

「いちばん近いフランショに行きやした。あそこには蹄鉄屋があるんでね。それでも、十五分はたっぷりかかりまさあ」

「十五分も!」とマドレーヌは叫んだ。

前日に雨が降ったので、土が柔らかく荷馬車は刻々と地面にめりこみ、老馬車屋の胸をますます押しつけていた。五分もたたないうちに、肋骨が折れてしまうことは明らかだった。

「十五分も待つことはできない」とマドレーヌは見物している農夫に言った。

「仕方がねえよ!」

「だって間にあわない!馬車がめりこんでいくのがわからないのか?」

「でも、さ」

「な、みんな」とマドレーヌはつづけた。「馬車の下には、誰かがもぐって、背中で押上げるだけの余地がある、わずか三十秒だ。そうすればこの男を引出せる。誰かいないか、腰が強くて、勇気のある者は?ルイ金貨を五枚出そう!」

群衆の中の誰一人動かなかった。

「十ルイ」とマドレーヌが言った。

そこにいた連中は伏し目になった。そのうち一人がつぶやいた。

「えらい力持ちでなくちゃ。それに、こっちがつぶされる心配がある!」

「さあ、さあ!」とマドレーヌが言った。「二十ルイだ!」

やはり沈黙。

「やろうという善意がないわけじゃない」と誰かが言った。

マドレーヌ氏が振返って見ると、それはジャヴェールだった。そこへ来たときは、この男に気がつかなかった。ジャヴェールはつづけた。

「ないのは力だ。そんなふうに背中で、馬車を押上げようとするには、ものすごい男でなくちゃ駄目だ」

それから、マドレーヌ氏をじっと見つめながら、一語一語力をこめて、つづけて言った。

「マドレーヌさん、あなたの望むことをやってみせた人間を、わたしは一人だけ知ってますよ」

マドレーヌは身ぶるいした。

ジャヴェールは何気なさそうに、だがマドレーヌから目を離さずにつけ足した。

「それは徒刑囚でしたよ」

「ああ!」とマドレーヌが言った。

「トゥーロンの徒刑場のね」

マドレーヌは青くなった。その間、荷馬車はゆっくりとめりこみつづけた。フォーシュルヴァンさんは、呻き、どなった。

「息がつまる!あばら骨が折れる!ジャッキ!何か!ああ!」

マドレーヌは周囲をながめた。

「じゃ、誰もいないのかね、二十ルイ儲けて、この哀れな老人の命を助けようと思う者は?」

そこにいた誰も動こうとしなかった。ジャヴェールがまた言った。

「ジャッキのかわりになれるような人間を、一人だけ知ってますよ。それは、あの徒刑囚ですよ」

「ああ!つぶされる!」と老人が叫んだ。

マドレーヌが頭をあげると、相変らず彼の方に向けられたジャヴェールの鷹のような目にぶつかり、彼はじっと動かない農夫たちをながめ、そして悲しそうに微笑した。それから一言も言わずに、膝をつき、群衆があっと叫ぶ間もなく、彼は馬車の下に入ってしまった。

期待と沈黙の恐ろしい瞬間だった。

マドレーヌが、その恐るべき重さの下でほとんど腹ばいになりながら、肱と膝を近寄せようと二度も、むなしく努力するのが見られた。人びとは彼に叫んだ。「マドレーヌさん、出て行ってください!」フォーシュルヴァンさんまでが言った、「マドレーヌさん、出て行ってください!わしはどうせ死ぬんで!ほっといてください!あんたもつぶされちまう!」マドレーヌは答えなかった。

まわりの連中は息をはずませていた。車輪は絶えずめりこんでいき、マドレーヌが車の下から出るのは、もう不可能みたいだった。突然、大きな車体が揺れ、荷馬車は少しずつ持ち上がり、車輪が半分轍から出てくるのが見えた。息づまりそうな声が、叫ぶのが聞えた。「急いで、手を貸せ!」マドレーヌが最後の努力をしたのである。

みんなが駆け寄った。一人の献身が、万人に力と勇気を与えたのだ。荷馬車は大勢の腕で持ち上げられた。フォーシュルヴァンさんは救われた。

マドレーヌは起き上がった。汗にぬれていたが、顔は青かった。服は破れ、泥まみれだった。みんなが泣いた。老人は彼の膝に接吻し、彼を神さまと呼んだ。彼の方は幸福で神聖な苦しみの、なんとも言えない表情を、顔に浮べていた。そしてやはり彼をじっと見つめているジャヴェールに、穏やかな目を向けていた。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P326-330

いかがでしょうか。実に読みやすく、面白いですよね!レミゼの原作と言いますと難しいイメージがあるかもしれませんが、実はそんなことはないのです。基本的にはこのような読みやすくて面白い展開が目白押しの書物と言えましょう。

さて、フォーシュルヴァン事件をこうして一気に読んだわけでありますが、先ほども申しましたようにこの一連のやり取りの中にはいくつもの重要なポイントが存在しています。

まず第一に、ジャン・ヴァルジャンは最初から助けに入るつもりではなかったということです。それはそうですよね、このつぶれかけの馬車の下に入ることは危険です。

ですが誰も動こうとしない。思うことは皆同じです。自分の命が惜しい。それに、そもそも自分にはそんなことができるはずもない。

そこでジャン・ヴァルジャンは金貨を出すことで志願者を募ろうとしましたが、それもダメでした。

「二十ルイ(※約40万円、諸説あり)」という大金を出しても誰も動こうとしません。

そんな折に「やろうという善意がないわけじゃない」と声を掛けたのが何を隠そう、ジャヴェールなのでありました。正直、ジャヴェールの口から「善意」という言葉が出てきたことに私は驚いてしまいました。「人々にも善意はあるのだが、それを実行する力がないのだ」、そう彼は言っているわけですよね。人々の善意の存在をこうもきっぱりと肯定するジャヴェール。その善意の肯定があるならばファンチーヌにももう少し優しくしてやってくれと思わずにはいられないのですが、そこは野暮というものでしょう。

それに、ここでの善意の肯定は彼にとっては何も不思議なことではありません。法の範囲内における人助けは人間として当然の義務であります。ジャヴェールは悪の権化ではありません。あくまで法の番人なのです。そこは私達も押さえておきたいところです。彼は善を否定する人間ではないのです。

さて、話は少し反れてしまいましたが、ジャヴェールはこう続けます。

「マドレーヌさん、あなたの望むことをやってみせた人間を、わたしは一人だけ知ってますよ」

これにはさすがのジャン・ヴァルジャンも真っ青です。

こうなってしまえば絶対に自分の力など見せられない。自分が動けば、動かぬ証拠になってしまう!

だからこそ最後にもう一度二十ルイで助ける者はいないかと声を上げるのです。

しかし、誰も動かない・・・

普通であれば、ここで万事休す、フォーシュルヴァンを助ける者がいない以上どうしようもありません。もはや「仕方のない」状況です。

ですが、目の前の老人の悲痛な叫び声に、ついにジャン・ヴァルジャンは自らが馬車の下に入り、救出を始めます。自分の身の安全より、哀れな老人の命を助けようとしたのでありました。

ここが最も重要なポイントです。もう一度このシーンを読んでみましょう。ジャヴェールとフォーシュルヴァンの言葉、そしてジャン・ヴァルジャンの反応に注目して読んでみてください。

「マドレーヌさん、あなたの望むことをやってみせた人間を、わたしは一人だけ知ってますよ」

マドレーヌは身ぶるいした。

ジャヴェールは何気なさそうに、だがマドレーヌから目を離さずにつけ足した。

「それは徒刑囚でしたよ」

「ああ!」とマドレーヌが言った。

「トゥーロンの徒刑場のね」

マドレーヌは青くなった。その間、荷馬車はゆっくりとめりこみつづけた。フォーシュルヴァンさんは、呻き、どなった。

「息がつまる!あばら骨が折れる!ジャッキ!何か!ああ!」

マドレーヌは周囲をながめた。

「じゃ、誰もいないのかね、二十ルイ儲けて、この哀れな老人の命を助けようと思う者は?」

そこにいた誰も動こうとしなかった。ジャヴェールがまた言った。

「ジャッキのかわりになれるような人間を、一人だけ知ってますよ。それは、あの徒刑囚ですよ」

「ああ!つぶされる!」と老人が叫んだ。

マドレーヌが頭をあげると、相変らず彼の方に向けられたジャヴェールの鷹のような目にぶつかり、彼はじっと動かない農夫たちをながめ、そして悲しそうに微笑した。それから一言も言わずに、膝をつき、群衆があっと叫ぶ間もなく、彼は馬車の下に入ってしまった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P328-330

ジャン・ヴァルジャンは揺れています。

ジャヴェールの言葉とフォーシュルヴァンの言葉に、「私は何をすべきなのか」とジャン・ヴァルジャンは葛藤しています。

そうなのです。ジャン・ヴァルジャンは葛藤の人なのです。これぞレミゼにおける最重要ポイントのひとつでありましょう。

普通の正義のヒーローであるならば、困っている人がいれば迷わず助けることでしょう。

ですがジャン・ヴァルジャンはそうではないのです。彼は迷うのです。「助けたい気持ちはある、だがそうすれば私は破滅だ・・・」この難題にジャン・ヴァルジャンは何度も苦しめられることになります。ここに彼の偉大さがあります。彼は葛藤の人なのです。

そして「マドレーヌが頭をあげると、相変らず彼の方に向けられたジャヴェールの鷹のような目にぶつかり、彼はじっと動かない農夫たちをながめ、そして悲しそうに微笑した」、これですね。その葛藤を背負いながら彼は微笑し、行動するのです。

思えば、レミゼはこれの繰り返しです。ジャン・ヴァルジャンの偉大な葛藤と行動を様々なバリエーションを通して見ていくのがこの物語の軸となっていきます。

迷うからこそ、苦しむからこそジャン・ヴァルジャンは偉大なのです。そうした彼の姿を見て私達は自然と勇気づけられるのです。ジャン・ヴァルジャンはそういう意味で一風変わった英雄と言うことができるかもしれません。

ちなみにですが、ミュージカル映画版ではこのフォーシュルヴァン事件はかなり短縮されて出てきます。しかも、ジャン・ヴァルジャンは何の迷いもなくすぐに馬車の下に入りフォーシュルヴァンを助けます。そしてそれを見たジャヴェールが「思い出したぞ!」とかつての徒刑囚の姿を蘇らせます。つまり、この葛藤はミュージカルでは描かれていません。尺の問題などで泣く泣くカットしたのでありましょうが、ここは原作だからこそ味わえる極上の場面として私達は受け取っておくことにしましょう。

とはいえ、ミュージカルではその後シャンマチウ事件に絡んで「Who am I ?」とジャン・ヴァルジャンは葛藤することになりますし、最後の最後でマリユスに自身の正体を明かす場面でも「Who am I ?」と問うています。つまりミュージカルでもこの葛藤の人「ジャン・ヴァルジャン」という人物像は大切に扱われています。私はミュージカル版も大好きなのですが、それは短い尺の中でもこうして重要なエッセンスを大切にしてくれているからでもあります。

そして最後になりますが、このフォーシュルヴァン事件でもうひとつだけお話ししたいポイントがあります。

それが「みんなが駆け寄った。一人の献身が、万人に力と勇気を与えたのだ。荷馬車は大勢の腕で持ち上げられた。フォーシュルヴァンさんは救われた」という言葉です。

これぞまさにレミゼが神話的である所以です。ジャン・ヴァルジャンが実際に行動するまでは、誰一人動かなかったのです。ですが英雄ジャン・ヴァルジャンが身を挺して進み、声を掛けたことで人々が動いたのです。動けないと思いこんでいた人々が思わず体を動かしたのです。そして不可能と思われた救出が可能となった。これはまさに奇跡に他なりません。ユゴーは確実にそのことを意識しています。文章の隅から隅まで徹底的に推敲を重ねるユゴーです。彼はまさにジャン・ヴァルジャンを神話的存在として描こうとしていることがこの一文から見えてきます。

「マドレーヌは起き上がった。汗にぬれていたが、顔は青かった。服は破れ、泥まみれだった」

服は破れ、泥まみれの英雄、それがジャン・ヴァルジャンなのです。葛藤の人ジャン・ヴァルジャンはこうして人を救うのです。汚れなき高貴な存在としての聖者ではありません。

こうしたこともこのフォーシュルヴァン事件から見て取ることができます。物語冒頭で語られたこの事件でありますが、原作では非常に重要に出来事として見ることができるでしょう。

続く

レミゼのおすすめ参考書一覧、解説記事一覧はこちら

「『レ・ミゼラブル』おすすめ解説本一覧~レミゼをもっと楽しみたい方へ」
「『レ・ミゼラブル』解説記事一覧~キャラクターや時代背景などレミゼをもっと知りたい方へおすすめ!」
「フランス革命やナポレオンを学ぶのにおすすめの参考書一覧~レミゼの時代背景やフランス史を知るためにも」

前の記事はこちら

あわせて読みたい
(13)「世の中で最も曲りくねったものの中に、直線を取入れた」男、ジャヴェール さて、いよいよレミゼのもう一人の主人公とも言ってもよい存在、ジャヴェールの登場です。

関連記事

あわせて読みたい
連載「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」 すでに当ブログでは現在『親鸞伝~悩み多き英雄の偉大なる生涯』、『カラマーゾフを読む』の2つの連載が始まっていますが、ここでさらにもう1つの連載を始めていきたいと思います。 それが「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」になります。
あわせて読みたい
ドストエフスキーも愛した『レ・ミゼラブル』 レミゼとドストエフスキーの深い関係 ドストエフスキーは10代の頃からユゴーを愛読していました。 ロシアの上流階級や文化人はフランス語を話すのが当たり前でしたので、ドストエフスキーも原文でユゴーの作品に親しんでいました。 その時に読まれていた日本でもメジャーな作品は『ノートル=ダム・ド・パリ』や『死刑囚最後の日』などの小説です。 そんな大好きな作家ユゴーの話題の新作『レ・ミゼラブル』が1862年にブリュッセルとパリで発売されます。 ちょうどその時にヨーロッパに来ていたドストエフスキーがその作品を見つけた時の喜びはいかほどだったでしょうか!
あわせて読みたい
鹿島茂『「レ・ミゼラブル」百六景』あらすじと感想~時代背景も知れるおすすめの最強レミゼ解説本! この本はとにかく素晴らしいです。最強のレミゼ解説本です。 挿絵も大量ですので本が苦手な方でもすいすい読めると思います。これはガイドブックとして無二の存在です。ぜひ手に取って頂きたいなと思います。 また、当時のフランスの時代背景を知る資料としても一級の本だと思います。レミゼファンでなくとも、19世紀フランス社会の文化や歴史を知る上で貴重な参考書になります。
あわせて読みたい
ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』あらすじと感想~ユゴーの原作との比較 ミュージカル映画『レ・ミゼラブル』解説とキャスト、あらすじ 原作の『レ・ミゼラブル』を読み終わった私は早速その勢いのままにミュージカル映画版の『レ・ミゼラブル...
あわせて読みたい
(7)パリ下水道博物館~レミゼのジャン・ヴァルジャンが踏破した怪獣のはらわたを体験!その他ゆかりの... 私の大好きな『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・ヴァルジャンはパリの下水道を踏破しマリユスを救います。 ですが当時のパリはすさまじい悪臭と汚物の都市として知られていました。しかも下水道はほとんど迷宮と化し人が立ち入ることさえ危険な魔窟でした。ジャン・ヴァルジャンが踏破したこの闇と汚染の世界を少しでも感じられるならと私はこの博物館に向かったのでありました。
あわせて読みたい
(16)ナポレオン敗北の地ワーテルローを訪ねて~ユゴーがレミゼ完成のためにわざわざ訪れた古戦場 パリを出発した私が向かったのはベルギー国内にある古戦場ワーテルローの地。 ここは1815年にナポレオンが最終決戦の末に敗れ、彼の栄光に終止符が打たれた場所として知られています。 そしてここは『レ・ミゼラブル』を書き上げたユゴーにとっても非常に重要な場所でした。 この記事ではそんなナポレオンとユゴーのゆかりの地ワーテルローについてお話ししていきます。
ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

目次