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(31)インド仏教の衰退と滅亡~ヒンドゥー化の代償は大きかった・・・

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【シン日本仏教史】(31)インド仏教の衰退と滅亡~ヒンドゥー化の代償は大きかった・・・

ヒンドゥー教を取り入れ密教化したインド仏教。これにより密教がインドのみならず東南アジア、中国圏でも流行することになったのですが、ここで思わぬ副作用に苦しむことになります。

そうです。あまりにヒンドゥー化してしまったが故に仏教としての個性が薄れてきてしまったのでありました。

これまでの連載記事で見てきましたように、仏教はバラモン教への批判から始まってきました。つまり本来バラモン教との連続物であるヒンドゥー教的なものとは異質な宗教であるはずだったのです。それが密教化を通してヒンドゥー教的なものへとすっかり変わってしまったのでした。

こうなると仏教の独自性は薄くなり、ますます求心力を失うことになってしまいます。

そしてさらに追い打ちをかけるように、ヒンドゥー教の勢いはますます強くなっていきました。『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』などの壮大な神話が広まり、土着の信仰を吸収したシヴァ、ヴィシュヌが一層深く信仰されるようになっていきました。そして魅力的な儀式や強力な現世利益信仰によって一般民衆の心はさらにヒンドゥー教へと傾くようになっていったのです。

こうして徐々にインドにおいて仏教の力は弱まることになります。

かつては王侯貴族や大商人という強力な支援者がいたものの、時代の移り変わりによって没落してしまったり仏教教団への支援をやめてしまうということが続いていきました。

元々仏教教団の大パトロンは新興貴族や新興商人です。新興勢力であるからこそ既存のバラモン教やヒンドゥー教と異なる教えを求めていたという背景があります。しかし時が経てばその新興たる人々もいつかは既存勢力となっていきます。そうなるとまた新たな新興勢力が生まれてきて取って代わられることも起こり得ましょう。そしてその新興勢力がかつてと同じように仏教を選ぶかと言われると、難しいものがあるのではないでしょうか。ヒンドゥー化した仏教にはもはやかつてのような魅力(メリット)がなくなってしまったというのが正直なところなのではないでしょうか。

もちろん、13世紀まで大きな僧院がインドに残っていた以上、一概に仏教が人々から支持を失ったというわけではありません。地域によってはある程度の勢力を維持していたことでありましょう。ですがインド全体から見てみますとやはり衰退は決定的でした。

時代が変われば人も変わります。

元々ヒンドゥー教に比べて一般民衆からの支持が薄かった仏教ではありましたが、頼みの綱である大支援者も不在となってしまっては、インド仏教の命運は風前の灯火でした。奈良康明著『仏教史Ⅰ』にはこの辺りの経緯が詳しく書かれていますのでぜひご参照ください。

そして最後の時が訪れます。

それが12世紀末から13世紀初頭にかけてのイスラーム勢力の侵入でした。一神教文化である彼らにとって仏教寺院は憎むべき異教の神殿です。彼らは仏像を打ち壊し、徹底的に僧院を破壊し、仏教教団に再起不能のダメージを与えました。

こちらがインドで最も重要な僧院であったナーランダー大学跡です。ここもイスラームの侵入により徹底的に破壊されてしまいました。

ナーランダー大学は王舎城からも近い位置にあり、あのサーリプッタ(舎利弗)やモッガラーナ(目犍連)がこの周辺の村の出身だったと言われています。そしてここは古くから学問の中心として知られ、グプタ朝の5世紀からはインドの学問の最先端を行く大学としての機能を果たすようになりました。

あの玄奘三蔵が天竺(インド)を目指したのも、ここに来るためだったのです。ここには1500人以上の教授が常駐し、1万人ほどの学生が日夜勉学に励んでいたとされている、まさに仏教研究のメッカでした。玄奘はここで学ぶために命を賭けてインドへ旅立ったのです。

しかしそれほど繁栄を極めていたナーランダー大学も13世紀頃のイスラームの侵入により破壊され、貴重な書物も全て灰燼に帰してしまいました。

写真中央部の頭の無い仏像が見えますでしょうか。このように、偶像崇拝を認めないイスラーム勢力によってインド国内の仏像は破壊されることになりました。

また、こちらの写真は図書館跡になります。実際に行ってみてわかったのですが、この図書館は現代の基準から考えてもかなり巨大です。

こうしてイスラーム勢力の侵入によりインドの仏教は滅びることになりました。もちろん、これはあくまで最後の決定打であり、その以前にすでに仏教は衰退していたというのが重要なポイントになります。

こういうわけでインドでは仏教が滅び、忘れ去られ、いつしか土に埋まった存在へと変わってしまったのでありました。

そこからインドの仏教が再発見されるのは19世紀のイギリスによる発掘調査を待たねばなりません。

「こんな大きな遺跡が19世紀になるまで見つかっていなかった?」

そうなのです。信じられない話ではありますが、実際にここナーランダー大学も完全に土に埋まっていたのです。

私も現地で見たこの写真を見て衝撃を受けました。本当に土に埋まっていたのです。そしてそこから20世紀に掘り返されて今の姿があるのです。

次の記事でインド仏教史のラストとして、こうした忘れ去られた仏教遺跡についてお話ししていきます。私達が知る有名な仏跡のほとんどがこのようにして埋まっていたのです。祇園精舎もクシナガラもサールナートも全てそうです。

私達はインドと言えば仏教の故郷というイメージを持ってしまいがちですが、その遺跡がその姿を知られるようになったのは実は極最近のことなのです。

そのことについてお話ししてインド仏教の歴史を締めくくることにしましょう。

続く

主要参考文献一覧

〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧

『シン日本仏教史』の目次と記事一覧はこちら

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この記事を書いた人

2019年「宗教とは何か」をテーマに80日間で13カ国を巡り、その旅をもとにした世界一周記を全国9紙で連載。
現在は北海道新聞「みなみ風」で『インド・スリランカ仏跡紀行』を連載中。

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