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『インド神話物語 ラーマーヤナ』あらすじと感想~囚われの妻シータを救いに奮闘するラーマと愛すべき猿神ハヌマーンの冒険神話

ラーマーヤナ
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『インド神話物語 ラーマーヤナ』あらすじと感想~囚われの妻シータを救いに奮闘するラーマと愛すべき猿神ハヌマーンの冒険神話

今回ご紹介するのは2020年に原書房より発行されたデーヴァダッタ・パトナーヤク著、沖田瑞穂監訳、上京恵訳の『インド神話物語 ラーマーヤナ』です。

早速この本について見ていきましょう。

『マハーバーラタ』と並ぶインド神話の二大叙事詩『ラーマーヤナ』の物語を再話し、挿絵つきの読みやすい物語に。背景となる神話やインドの文化をコラムで解説。ラーマーヤナ入門として最適の一冊。

Amazon商品紹介ページより

『ラーマーヤナ』はインドを代表する二大叙事詩のひとつです(もうひとつは前回の記事で紹介した『マハーバーラタ』)。

この大叙事詩は現代インドでも親しまれていて、ここに出てくる英雄や神をモチーフに多くの映画も作られています。最近爆発的なヒットを叩き出したインド映画『RRR』もまさにその一つです。主人公のひとり、ビームは『マハーバーラタ』に出てくる英雄ビーマから来ています。さらに言えば、もうひとりの主人公ラーマも『ラーマーヤナ』の主人公ラーマから来ています。そのラーマの妻シータもまさに『ラーマーヤナ』そのものです。つまり『RRR』はインド二大叙事詩の合体というインド人の精神表現の極みたる豪華な作品なのです。これは私も胸が熱くなりました!

この『ラーマーヤナ』と本書について巻末の「監訳者あとがき」では次のように述べられています。

本書はインドの神話学者デーヴァダッタ・パトナーヤクによる‟SITA an illustrated retelling of the RAMAYANA” (Penguin Books India, 2013)の全訳である。邦題は『インド神話物語ラーマーヤナ』とし、原著では一巻本であるが、読者の便宜のため翻訳本では上下の二巻に分けた。これはニ〇一九年に原書房より刊行された『インド神話物語 マハーバーラタ』の姉妹本となっている。本書の完成をもって、パトナーヤクの再話による古代インドの二大叙事詩を日本に紹介することが可能となった。インドの知識を、欧米の知識層を介さずに直接日本に伝えることができるのは、これまでの学問の動向などを顧みても、画期的なことと言えるだろう。

『ラーマーヤナ』とは「ラーマの足跡」という意味のサンスクリット語である。聖仙ヴァールミーキの作とされ、原典は全七巻よりなる。その成立年代はおよそ紀元後二世紀頃と考えられている。ラーマ王子が皇太子即位を目前に王国を追放され、弟ラクシュマナと妻シーターとともに森を放浪するが、シーターを羅刹王ラーヴァナに攫われ、苦難の捜索の末、猿のハヌマーンらの助けを得て妻を取り戻す、というのが大まかな筋書きである。

ラーマがシーターを取り戻したところで大団円だったはずが、その後、民衆の噂のためにラーマが王の義務としてシーターを森に追放し、別離のまま終わるという第七巻がのちに加わった。この悲劇をどう読み解くかも、書き手と読み手双方の手腕が問われるところであろう。

原書房、デーヴァダッタ・パトナーヤク、沖田瑞穂監訳、上京恵訳『インド神話物語 ラーマーヤナ』下巻P291-292

前回の記事で紹介した『マハーバーラタ』は「クルクシェートラの戦い」という、インド最大級の戦争を舞台にした神話でした。まさにこれはギリシア神話の『イリアス』で語られる「トロイア戦争」を彷彿とさせます。

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そんな『マハーバーラタ』と並んでインド二大叙事詩と称えられる『ラーマーヤナ』は主人公ラーマが羅刹王ラークシャに囚われた妻シータを救いに行く冒険物語となっています。

これもまた興味深いことにギリシア神話の『イリアス』『オデュッセイア』の関係と似ています。

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『オデュッセイア』は『イリアス』で大活躍した武将オデュッセウスが自国に帰国するために数々の冒険をするという神話なのですが、この神話では彼の妻が悪漢たちに囚われていて、オデュッセウスが最後に彼らを成敗してめでたしめでたしという流れになります。

同じように『ラーマーヤナ』も妻が悪漢に囚われてそれを救出に向かうという筋書きです。

巨大な戦場を舞台にした『イリアス』、『マハーバーラタ』、それに対し主人公の冒険物語を軸にした『オデュッセイア』と『ラーマーヤナ』。この類似は私にとって非常に興味深いものがありました。しかも物語自体も奇天烈な冒険譚に満ちた『オデュッセイア』の方が面白いというのも似ています。

さて、この『ラーマーヤナ』を読んでみてですが、正直、前半はあまりストーリーの動きもなく、やや読みにくさもあったのですが下巻に入ってから一気に面白くなってきました。この急激な変化に大きな役目を果たしているのが猿の神ハヌマーンです。

ハヌマーンがアショカの森でシーター妃を見つけ、ラーマ王子の指輪を見せる場面 Wikipediaより

ハヌマーンはラーマの忠実な友としてシータ救出のために八面六臂の活躍を見せます。

彼は強く、賢く、謙虚で、誠実で誰もが愛さずにはいられない素晴らしいキャラクターです。シータを救うための彼の冒険が下巻から語られるのですがこれが面白い!彼は単にマッチョ的に強いのではないのではなく、その戦いぶりも非常にユニークです。彼は自在に体を大きくしたり小さくしたり、ハチに変身することができます。さらには尻尾を伸ばして仲間を救ったりと、コミカルな戦いぶりは読むものを全く飽きさせません。一つ一つの冒険に彼の機知やファンタスティックなアクションが散りばめられ、エンタメ感満載です。ドラマや映画が氾濫する今を生きる私たちですら面白いと感じてしまうストーリーですから当時の人々からすればまさに衝撃の面白さだったのではないでしょうか。

また、主人公ラーマとハヌマーンのやりとりは「人はいかに生きるべきか」を問いかける非常に奥深い対話となっています。エンタメ感満載の神話の面白さの中で、すっと人生問題が組み込まれることで聴き手は素直にそれを受け取ることができます。この神話がインドで愛され続けてきたのもわかる気がします。これは非常に奥深い作品です。

この本に多数描かれているイラストもかわいく、私たちの想像力を刺激してくれるのでとてもありがたいです。上巻は若干読みにくさを感じますが、下巻に入るとものすごく面白くなりますのでぜひなんとかそこまでは耐えて下さい。もちろん、物語全体を把握して何度も再読すれば上巻の面白さも味わうことができると思います。面白くなければこんなに長くの間愛されているはずもありません。

『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』と二つ続けてインド二大叙事詩を読んできましたがこれは素晴らしい体験となりました。インドの奥深さ、面白さに私はすっかり撃ち抜かれてしまいました。ぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「『インド神話物語 ラーマーヤナ』あらすじと感想~囚われの妻シータを救いに奮闘するラーマと猿神ハヌマーンの冒険神話」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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