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蜷川幸雄演出『天保十二年のシェイクスピア』あらすじと感想~井上ひさしの名作を蜷川ワールドで堪能!

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蜷川幸雄演出『天保十二年のシェイクスピア』あらすじと感想~井上ひさしの名作を蜷川ワールドで堪能!

今回ご紹介するのは2005年に蜷川幸雄演出で公演された『天保十二年のシェイクスピア』のDVDです。早速この作品について見ていきましょう。

2005年秋、シアターコクーン芸術監督 蜷川幸雄の演出にて、74年に初演された井上ひさしの傑作として名高い「天保十二年のシェイクスピア」を上演いたします。
“宝井琴凌の「天保水滸伝」をはじめとする侠客講談を父とし、シェイクスピアの全作品を母として”産出された本作品は、「リア王」「ロミオとジュリエット」「リチャード三世」「ハムレット」などシェイクスピアの名作を含む全作品を複雑かつ絶妙に織り込んだ大作で、数々のシェイクスピア作品を演出し世界的評価を得ている蜷川幸雄にとって、いつか挑戦するべき作品で在り続けました。
本作品の公演中に70回目の誕生日を迎える蜷川幸雄とシアターコクーンが、ともに戦い挑むNINAGAWA VS COCOON(ニナガワ・バーサス・コクーン)シリーズのファイナルとして、オールスターキャストで壮大に、そして華やかにお送りします!ご期待ください。
あらすじ

時は天保、下総国の清滝村。その村で二軒の旅籠や賭場を経営する〈鰤の十兵衛〉は、自分の財産を三人の娘に分け与え気楽な隠居生活をすることを考えていた。そこで三人の娘を呼び出し「この先、自分をどれだけ大切にしてくれるか?」を語らせ、それに応じた財産分与をしようとする。口がうまい長女〈お文〉と次女〈お里〉に対して、バカがつくほど正直な三女〈お光〉。お光はお世辞をうまく言うことができず父の機嫌を損ね、とうとう家を追い出されてしまう。
こうして、まんまと父の財産を手に入れたお文とお里。しかし強欲な2人はそれだけでは飽き足らず、財産の全てを自分のものにしようと、それぞれの亭主を親分にして骨肉の争いを始める。物騒なはかりごとが渦巻く清滝村。そこに突然現れたのが、無宿者の〈佐渡の三世次〉だ。足は不自由で背中にこぶのある彼は、剣術は得意ではないが策略ならお手の物。両家の争いをうまく利用して、清滝村の親分に成り上がろうとする。また一方では、お文の息子〈きじるしの王次〉が父の訃報を聞きつけ清滝村に駆けつけるのだが……。
『リア王』『リチャード三世』『ハムレット』『ロミオとジュリエット』……シェイクスピアの名作が見事に絡み合って生み出された新たな物語! 果たして、この争いの行く末は……。
Bunkamura公演ページより

私がこの作品を手に取ったのは以前当ブログでも紹介した『ムサシ』がきっかけでした。

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『ムサシ』も井上ひさしさんと蜷川幸雄さんがタッグを組んだ作品です。この作品があまりに面白かったので私は戯曲の『天保十二年のシェイクスピア』も読むことにしたのでありました。

この作品は冒頭で、「この戯曲を宝井琴凌とシェイクスピアに捧げる。宝井琴凌の『天保水滸伝』をはじめとする侠客講談を父とし、シェイクスピアの全作品を母として、この戯曲は生れたからである。」と作者井上ひさしさんが述べるように、シェイクスピアの全作品をネタにして書くという驚異の戯曲となっています。

実際に読んでみて思わず「おお!」と驚かずにはいられないパロディやオマージュがどんどん出てきます。舞台の筋書きだけではなく、登場人物の名前にまで現れてくるのですからものすごい!

例えばですが鰤の十兵衛は「ブリテンのリア王」、尾瀬の幕兵衛は「オセローマクベス」、佐渡の三世次は「リチャード三世」・・・そして私が一番感動したのは「よだれ牛の紋太一家」と「代官手代の花平一家」です。そうです!これは『ロミオとジュリエット』の「モンタギュー一家」と「キャピレット一家」のもじりです。これには笑ってしまいました。お見事すぎです!笑

話の筋もよくぞまあこれだけのものを繋げたなあと感嘆しきりでした。シェイクスピア好きの人にはたまらない作品です。

これを舞台にしたら一体どんなことになってしまうのか!興味津々で手に取ったのが蜷川さん演出の舞台DVDでした。

この舞台について舞台批評家の扇田昭彦さんは次のように述べています。

卑俗で猥雑で混沌としたエネルギーにあふれた音楽劇が登場した。ニ〇〇五年十月に古希を迎えた蜷川幸雄がシアターコクーンで演出した井上ひさし作、宇崎竜童音楽の大作『天保十二年のシェイクスピア』である(初日観劇)。

この作品は、舞台を江戸時代の下総国の宿場に置くともに、シェイクスピアの全戯曲三十七本の要素をすべて盛り込むという趣向で書かれた。初演は一九七四年の西武劇場(現・パルコ劇場)。演出は出口典雄で、音楽は宇野誠一郎だった。何しろ作品が長大で、劇中歌も多く、私の記憶では初日の上演時間は四時間半を超えたと思う(作者の井上ひさしによれば約五時間)。ニ〇〇二年には、日本劇団協議会主催公演として、いのうえひでのり演出で再演されている。

今回の蜷川演出の舞台は出演者の華やかさでも話題を呼んだ。唐沢寿明、藤原竜也、篠原涼子、夏木マリ、高橋恵子、勝村政信、毬谷友子、吉田鋼太郎、西岡徳馬、白石加代子、沢竜二……らが顔をそろえたのだ。

開幕時の演出の趣向がまず意表を突いた。舞台上には、一九九七年にロンドンに再建された、シェイクスピア劇の殿堂であるロンドン・グローブ座そっくりの舞台とバルコニーが組まれ、洋風の衣裳を着た俳優たちが行き交っている。

「江戸時代の劇のはずなのに?」と不審に思っていると、やがて肥桶をかついだ純日本風の農民たちが客席から舞台に上がり、西洋風の舞台装置をあっという間に解体していく。その結果、舞台に現れたのは、グローブ座の柱などを部分的に残しながら、全体としては日本風に見える宿場の装置である。シェイクスピア作品の翻案劇であり、解体劇でもある井上戯曲の精神を巧みに体現した装置(中越司)だった。

蜷川と何度もコンビを組んできた宇崎竜童が新たに作曲した音楽が冴えていた。全体にポップで喜劇的な躍動感があり、くっきりした旋律が印象に残る。

曲調も多彩だった。夏木マリと壌晴彦が歌う往年の口ックンロール風の曲、唐沢寿明がソロで歌うフォークソングのような曲、悪女役の夏木と高橋恵子が歌うタンゴ、コロス役の百姓隊が歌うボサノバ調、藤原竜也が女郎たちとの掛け合いで猥褻な動作を交えて歌う歌、歌手出身の篠原涼子が歌い上げるロマンティックなラブソングなど、個々の歌の趣向が楽しめた。劇中歌が充実しているので、今回は歌入り芝居というよりも、音楽劇として成立する舞台になっていた。言葉遊びが多い劇中歌の歌詞を、電光表示板で見せる工夫も効果的だった。まるで退屈せず、約四時間の上演時間も長いとは思えなかった。

一種カーニバル的な活力を放つ作品だが、この作品は後半に入ると、不気味な黒い笑いが増え、登場人物はばたばたと死んでいく。初演当時、井上ひさしは公害などで「人が何の理由もなく次々に死んで行かなければならぬご時勢」(初演の公演パンフレットでの井上の文章)に怒り、この作品を「血の色に似た赤インク」で書いたという。今回の蜷川演出は、そのような不条理感が世界的にますます強まっている二十一世紀初頭にふさわしい再演だった。   (『ミュージカル』二〇〇五年十一月号)

朝日新聞出版、扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』P319-320

「卑俗で猥雑で混沌としたエネルギーにあふれた音楽劇」

まさに蜷川さんの演出エッセンスをまさに凝縮した舞台をこのDVDで観ることができます。蜷川さんの特徴がかなり明確に出ているのでがこの作品ではないかと思います。

そして出演陣の豪華さにもやはり圧倒されます。どこに行っても主役級の役者さんがどんどん出てくるこの舞台。演技の迫力に呆然とするしかありませんでした。すごすぎる・・・!

扇田さんは蜷川さんの演劇の特徴を別の箇所で次のように述べています。これがものすごく参考になるので読んでいきましょう。

蜷川演出の本質と位置を理解できるキーワードが一つあるように思われる。それは蜷川のシェイクスピア劇への傾斜である。

本書巻頭の論考でも書いた通り、蜷川がこれまで最も数多く演出してきたのはシェイクスピア劇である。二〇一〇年三月までで作品数は十八本。新演出で再挑戦した作品をも一本に数えるなら、蜷川のシェイクスピア演出は延べ三十一本にも上るのだ。

この事実が意味するものは大きい。というのも、近代劇が見失った、シェイクスピア劇の過剰なエネルギーと途方もない豊かさこそが蜷川が演劇に求め、表現として実現しようとしているものだからだ。

周知の通り、在世当時のシェイクスピアの劇は貴族階級、知識階級から底辺の庶民まで、実に幅広い客を相手に演じられた。知的エリート層と娯楽を求める庶民の双方を、それぞれに満足させる驚くほど幅の広い演劇だった。演劇を細分化せず、知的な実験と大衆娯楽劇が同居する演劇だった。演出家ピーター・ブルックが『なにもない空間』で書いた通り、シェイクスピア劇はブレヒトとべケットの両方を含み、しかも両方のどちらをもこえている」(高橋康也・喜志哲雄訳、晶文社刊)のだ。

だから蜷川幸雄は好んでシェイクスピア劇を演出する。しかも、作品に知的な解釈を施し、視覚的な趣向を凝らすものの、彼は知的エリート向きの舞台ではなく、あくまで多くの観客が楽しめる幅の広い、芸能性に富む舞台を作る。シェイクスピア劇と同じように、蜷川の演出は常識的な区分を超えているのだ。

朝日新聞出版、扇田昭彦『蜷川幸雄の劇世界』P362-363

「作品に知的な解釈を施し、視覚的な趣向を凝らすものの、彼は知的エリート向きの舞台ではなく、あくまで多くの観客が楽しめる幅の広い、芸能性に富む舞台を作る」

まさにシェイクスピア演劇を数多く手掛けてきた蜷川さんだからこそできる『天保十二年のシェイクスピア』。

豪華な出演陣、豊かな音楽、刺激的な視覚性、過剰なエネルギー。

これをすべて体感できるのがこの舞台の素晴らしい所です。「蜷川さんらしさ」を知るのに最適な作品なのではないでしょうか。

役者さんたちのすごさ、演劇の面白さも知れる素晴らしい作品です。たしかに時間があっという間の作品です。エンタメ性抜群、とにかく楽しませてくれる作品です。

ぜひ皆さんもDVDで観劇してみてはいかがでしょうか。

以上、「蜷川幸雄演出『天保十二年のシェイクスピア』あらすじと感想~井上ひさしの名作を蜷川ワールドで堪能!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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