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『オックスフォード 科学の肖像 パヴロフ』あらすじと感想~「条件反射」やパヴロフの犬で有名なロシアの偉大な科学者のおすすめ伝記!

パヴロフ
目次

『オックスフォード 科学の肖像 パヴロフ』概要と感想~「条件反射」やパヴロフの犬で有名なロシアの偉大な科学者のおすすめ伝記!

今回ご紹介するのは2008年に大月書店より発行されたダニエル・P・トーデス著、近藤隆文訳の『オックスフォード 科学の肖像 パヴロフ』です。

早速この本について見ていきましょう。

1904年ノーベル生理学・医学賞を受賞した最初の生理学者にして最初のロシア人パヴロフ。「条件反射」、「パヴロフの犬」という言葉で知られるパヴロフの業績をわかりやすく伝え、その生涯をロシア革命前後の社会状況や政府との関係とともに描く新しい評伝。

Amazon商品紹介ページより
イワン・パヴロフ(1849-1936)Wikipediaより

パヴロフといえば「条件反射」や「パヴロフの犬」という言葉で有名です。

私もその言葉やその意味するところは知っていたものの、そもそもパヴロフがロシア人だったことを知ってまず仰天しました。しかも1849年生まれということでドストエフスキーの28歳下、トルストイのちょうど20歳下になりますがまさに彼らと同じロシアに生きていたという事実!これにも驚きました。

「条件反射」や「パブロフの犬」といえば現代の脳科学や神経の研究とも直結してくる内容です。ですのでもっと最近のものであったり、イギリスやドイツ辺りで研究されていたものとすっかり思い込んでいました。

それがまさか19世紀のロシアだったとは!

ドストエフスキーやトルストイが科学をほとんど感じさせない心理的、宗教的著作を描いていたまさにその時、パヴロフが科学的研究に勤しんでいた・・・

これはロシア文学のことだけを考えていると、正直なかなかイメージできないものがありました。そういう意味でこの伝記は当時のロシアを科学といういつもとは違った切り口から見ることができたありがたい作品でありました。

そしてこの伝記の中でそのことを特に感じられたのは1855年にアレクサンドル二世が即位し、近代化を目指していくロシアを解説した次の箇所です。

当時のロシアには合法的な政党こそなかったが、そのかわりに「分厚い雑誌」と呼ばれるさまざまな総合誌があった。こうした雑誌では多様な政治的見解が提示されていた。急進的な維誌は、ロシアはもっと西欧諸国のようになるべきであり、ツァーリなどいらないと(あいまいに、それとなく)提案した。保守的な雑誌は、ロシア固有の伝統と特別な運命を守るためにツァーリはもっと厳しく危険思想を弾圧すべきだと論じた。

こうした雑誌が国民のおもな情報源となり、そこでは最新の小説(ドストエフスキーの『罪と罰』など)から米国の南北戦争のニュース、最新の科学的発見に関する記事まで、あらゆるものを読むことができた。ロシア人どうしなら、どの雑誌を好むかを知れば、時事問題に関する相手の意見は察しがついただろう。保守派はミハイル・カトコーフの『ロシア報知』を読み、急進派はニコライ・チェルヌイシェフスキーの『同時代人』やドミートリ-・ピサーレフの『ロシアの言葉』を購読した。

古いロシアはどうやら死につつあり、新しい近代ロシアが生まれようとしていた。では、それはどんなものになるのか?討論サークル(ロシア語では「クルジュキ(kpyжkи)、単数形は「クルジョーク(kpyжok)」)、人びとは新しい文学を読んで、哲学、政治、文学、科学を論じるために集まった。「素晴らしい時代だった」と当時のある活動家は回想している。「だれもが考え、読書し、研究することを望んでいた時代。眠っていた思考が目覚め、動きだそうとしていた。その衝動は強烈で、課題は膨大にあった。現在のことに関心はなかった。未来の世代の運命とロシアの運命こそが、考えをめぐらせる対象だった」。

そうした大きな変革の時代は若者に多大な影響をあたえる。かつては多くの若者にとって、(少なくとも選択権のある恵まれた者にとっては)、親のあとを継いで地主や商人、司祭などになるのは当然だと思われていた。ところが、もはや状況はさほど明確ではない。農奴がいなくなった、地主はどうなるのか?教会はどうなるのか?新しいロシアの建国にはどう参加するのかいちばんなのか?おおぜいの若者が一家の伝統に逆らい、きわめて魅力的な新しい選択肢にむかった―科学である。
※一部改行しました

大月書店、ダニエル・P・トーデス、近藤隆文訳『オックスフォード 科学の肖像 パヴロフ』P17-18

「だれもが考え、読書し、研究することを望んでいた時代。眠っていた思考が目覚め、動きだそうとしていた。その衝動は強烈で、課題は膨大にあった。現在のことに関心はなかった。未来の世代の運命とロシアの運命こそが、考えをめぐらせる対象だった」

こういう背景があったからこそドストエフスキーやトルストイ、ツルゲーネフといった偉大な文豪がロシアに現れていたのだなということを実感します。

なぜ彼らの作品はあんなにも巨大で重厚なのか。そこまで考えなくてもいいのではないかと思ってしまうほど突き詰めた作品はこうしたロシアの特殊な時代背景の賜物だったのです。

そしてこうした時代背景は文学だけでなく、科学の世界でも大きなうねりとなって若者たちに刺激を与えていたのでした。そのひとりがこの伝記で語られるパヴロフになります。

当ブログではこれまで「オックスフォード 科学の肖像」シリーズの作品を紹介してきましたが、そのどれもが面白く、素晴らしい作品でした。

ですが言わせてください。

この『オックスフォード 科学の肖像 パヴロフ』は別格です。圧倒的な完成度、驚異のクオリティーです!

パヴロフの科学人生そのものも非常に興味深いのはもちろんですが、激動のロシアという時代背景をここまで巧みに織り込んだというのは驚愕しかありません。

私はドストエフスキーやトルストイなどのロシア文学に強い関心があるのでその辺のひいき目も確かにあるかもしれません。

ですがそれを割り引いたとしてもこの伝記の別格さは揺らぐことはありません。

私はこの伝記を読んで何度「うわぁ・・・!」と口をあんぐりさせたことか・・・!

ただ驚くようなことが語られたからそうなったのではないのです。この本の巧みさ、奥深さに思わず感嘆させられてしまったのです。

それほどこの伝記は衝撃的な面白さでした。

「オックスフォード 科学の肖像」シリーズはこれまでも当ブログで紹介してきましたが、このシリーズは本当に名著揃いです。

巻末にこのような紹介ページがありましたが、まさにその通り。

コンパクトな内容ながら、偉人たちの生涯と特徴、そして時代背景がわかりやすく説かれます。ぜひぜひおすすめしたい作品となっています。

ただ、パヴロフの犬についてのエピソードは現代を生きる私たちにはなかなか厳しいものがあります。パヴロフの犬というと、一匹の犬というイメージを抱きがちですが、数百匹もの犬が実験に使用されています。その実験も当時としてはできるだけ配慮をしてはいたものの、目を反らしたくなるような描写も出てきます。

動物実験がなければ科学の発展はない。それは悲しいですが今も変わりません・・・

そのことについても考えさせられる一冊となっています。パヴロフの犬は一体どんな存在だったのか、彼らはどのように実験されていたのかということもこの本を通してぜひ知って頂ければなと思います。

最後にもう一度繰り返しますが、この伝記は別格です!

読み終わって真っ先に頭に浮かんだのがこの「別格」という言葉でした。

それほど素晴らしい作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「『オックスフォード 科学の肖像 パヴロフ』「条件反射」やパヴロフの犬で有名なロシアの偉大な科学者のおすすめ伝記!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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