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『ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』あらすじと感想~大ヒット映画の原作!ソマリアの惨劇を知るのにおすすめ

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『ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』概要と感想~大ヒット映画の原作!ソマリアの惨劇

今回ご紹介するのは2002年に早川書房より発行されたマーク・ボウデン著、伏見威蕃訳『 ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』 です。

早速この本について見ていきましょう。

1993年10月3日、内戦が続くソマリアの首都モガディシュにアメリカ軍特殊部隊が空挺降下した。デルタ、レインジャー、SEAL、PJ(パラジャンパー)など陸・海・空軍の精鋭99名からなるこのタスク・フォースの任務は、国連の平和活動を妨害する武装組織アイディド派の最高幹部を拉致すること。順調に行けば一時間足らずで終わる簡単な作戦のはずだった。だが、ハイテク装備のブラックホーク・ヘリコプターが撃墜されたことから戦況は一変。生存者の救出に向かったアメリカ兵は数千の敵に包囲されて孤立し、水や食料、弾薬の不足に苦しみながら一昼夜にわたる壮絶な銃撃戦を繰り広げることに……。

冷戦後の国際政治の一大転換点となりながらも、今日まで語られることがなかった秘密作戦の全貌を再現するとともに、特殊部隊のもつ驚異的な戦闘能力を描いた戦争ノンフィクションの傑作!

Amazon商品紹介ページより

この作品はリドリー・スコット監督の大ヒット映画『ブラックホーク・ダウン』の原作となった作品です。

上のあらすじにもありましたように、世界最強の特殊部隊だったはずのデルタとレンジャーが激戦地で孤立し、絶望的な戦闘に巻き込まれるというのがこの作品の大きな流れです。

この戦闘について訳者あとがきでは次のように述べられています。

テキサス独立軍守備隊が全滅したアラモの砦や、第七騎兵隊が全滅したリトル・ビッグホーンの戦いになぞらえられているこの凄絶な局地戦は、約一五時間におよび、米軍の損耗は死者一八名、負傷者数十名。地元住民は五〇〇名余が死亡、負傷者は一〇〇〇名以上と見られている。米軍兵士が参加した短時間の一度の戦闘としては、ヴェトナム戦争以来、最大の損耗である。

「サダム・フセインをクウェートから追い出したように、腐敗した独裁者や狂暴な部族間の暴力をさしたる流血もなく簡単に地球上から追放できる―そうアメリカと同盟国が単純素朴に信じていた冷戦後の浮かれ騒ぎの時期は終焉した。モガディシュは、アメリカの従来の軍事政策に警戒を喚起するという甚大な影響を及ぼしたのである」と著者が述べているように、クリントン政権は、これ以降、かたくななまでに軍事力の行使に消極的な姿勢を示すようになった。

早川書房、マーク・ボウデン、伏見威蕃訳『 ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』 下巻P298

このソマリアでの戦闘は後のアメリカの軍事介入に大きな影響を及ぼすことになりました。

これまで当ブログでも紹介してきたボスニア紛争やルワンダの虐殺で国連の平和維持活動が機能不全に陥ったのもまさにこの事件の影響が非常に大きかったとされています。

それまでのアメリカや先進諸国は圧倒的な武力をもって介入すれば、発展途上国の紛争は簡単に鎮圧できると考えていました。しかしその楽観的な考え方が崩壊した事件こそこのブラックホークダウンだったのです。

この時点でルワンダの虐殺やスレブレニツァの虐殺の最終カウントダウンが始まっていたのかもしれません・・・

映画ではなぜアメリカがソマリア内戦に深く介入しようとしたのかがあまり語られませんが、この本ではその背景も詳しく語られます。そしてそれに対する現地人の思いも書かれています。この本で語られた現地の弁護士ユフスの言葉が印象的でした。

ユスフは、アメリカ人に失望した。アメリカで教育を受けたことがあり、友人もたくさんいる。彼らが善意でやっているのがわかっているので、よけいいらだたしい。彼の通った大学のあるサウスキャロライナの友人たちは、国連ソマリア活動(UNOSOM)は飢餓と流血の内戦を終わらせるだろうと考えている。この街でアメリカ軍兵士がじっさいになにをやっているかを彼らが目にすることはない。こんなレインジャー部隊の急襲で事態が変わるわけがない。国の危機は、彼の人生とおなじくらいに長く複雑なのだ。内戦は、うわべだけ保たれていた秩序をすっかり打ち壊した。この混乱した新しいソマリアにおける氏族や部族の連携や反目は、風による砂紋のように絶え間なく変化する。どう動いているのか、ユスフにさえわからないときがしばしばある。それなのに、へリコプターとレーザー誘導兵器と格闘戦部隊のレインジャーを使えば、アメリカは数週間でそれを解決できるとでもいうのか?アイディド逮捕ですべてが好転するのか?

彼らは、人類のもっとも古く効果的な社会組織である部族を解体しようとしている。指導者ひとりを逮捕しても、そのひとりひとりに兄弟、従兄弟、息子、甥など何十人もの後継者がいることが、アメリカにはわからないのか?苦境は部族の決意を強固にするだけだ。仮にババルギディル族が力を失ったり、消滅したりしても、二番目に強力な部族が代わりにのし上がってくるだけのことだ。それとも、アメリカはソマリアに成熟したジェファーソン流の民主主義が突然芽生えるとでも思っているのか?


早川書房、マーク・ボウデン、伏見威蕃訳『 ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』 下巻P139-140

また、エピローグではあるアメリカ国防長官の言葉が記されています。

「あれが分岐点だった」と、ある国務省高官は語る。彼が匿名を希望しているのは、彼の見通しが、現在の外交政策にまったく反しているからだ。「それまでは、悲惨な国が悲惨な理由は、ギャングのような邪悪な指導者が善良で慎みのある無辜の民を虐げているからだと考えられていた。ソマリアがその概念を変えた。国民のすべてが憎みあい、戦いに没頭している国があるとする。街で年配の婦人を呼びとめて、平和を望みますかとたずねる。すると、彼女は、ええ、もちろん、あたしは毎日そう祈ってますよと答える。なべて期待どおりの答だろう。そのあと、では平和な世の中にするために、あなたの部族がほかの部族と協力することに賛成かとたずねると、彼女はこう答えるだろう。『あんな人殺しや泥棒と?死んだほうがましよ』そういう国―最近の例はボスニアだ―の人々は、平和を望んでいない。彼らは勝利を望んでいる。彼らは権力が欲しい。老若男女を問わずそうなのだ。ソマリアは、そういう地域の人々がいまのような状態にあるのは、彼らに大きな責任があることを教えてくれた。憎悪と殺しあいがつづくのは、彼らがそう望むからだ。あるいは、彼らが、それをやめようと思うほどには、平和を望んでいないからだ」


早川書房、マーク・ボウデン、伏見威蕃訳『 ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』 下巻 P275-276

国防長官のこの言葉は非常に重要なように思えます。

紛争への介入、解決の難しさがここに凝縮されているような気がします。こうした苦い経験があるからこそ、ルワンダやボスニアでは国連の介入が機能不全に陥ってしまったのでした。(このことについては長有紀枝著『スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察』で詳しく解説されていますのでぜひご参照ください)

ブラックホークダウンは1993年の出来事です。そして2021年現在、アメリカはアフガニスタンから撤退しました。しかしその結果はどういったものになるのか・・・

これは今後の流れを見ていかなければわかりません。ですが、世界はかつてと同じく戦争や紛争が収まることはなさそうです・・・

最後に映画『ブラックホーク・ダウン』とこの原作について訳者あとがきで語られていたことを紹介します。

最後になったが、リドリー・スコット監督による二時間二〇分の大作『ブラックホーク・ダウン』は、本書をかなり忠実に映画化している。ふつう、活字と映像をくらべた場合、原作は原作、映画は映画と割り切って鑑賞しなければならないことが多い。だが、ことこの作品にかぎっては、原作で味わえない視聴覚による臨場感、スリル、恐怖を映画で味わうことができ、映画では説明しきれない政治的な背景の説明、部隊全体の機動やそれぞれのチームの個々の動き、兵器にまつわる技術的な事柄、それぞれの兵士の経歴などの詳細を、原作によって綿密に知ることができる。両者がたがいをおぎなって完璧なものにしている稀有な例といえる。映画が先でもいいし、原作が先でもいい。とにかく両方を鑑賞することをぜひとも薦めたい。

早川書房、マーク・ボウデン、伏見威蕃訳『 ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』 下巻 P 303-304

上で映画の予告編を紹介しましたが、実際この映画で観られる戦闘シーンは凄まじいです。たしかにこれは本では味わえない感覚です。

そして訳者がこの映画は普通の映画と違って原作と互いに補って完璧なものになっていると言っていたのはまさしくその通りだなと感じました。私も映画と原作は違うものと割り切って観ることがほとんどですが、この映画は原作に対するリスペクトも感じられますし、原作では表現しきれない圧倒的な映像や音、迫力を感じることができます。

これはすばらしい作品でした。ボスニア紛争、ルワンダジェノサイドの前史としても非常に重要なことを学べる貴重な一冊です。

ぜひ、おすすめしたい作品です。

以上、「大ヒット映画の原作!ソマリアの惨劇『ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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