ロバート・オウエン『オウエン自叙伝』あらすじと感想~イギリスの空想主義的社会主義者の第一人者による自伝
ロバート・オウエン『オウエン自叙伝』概要と感想~イギリスの空想主義的社会主義者の第一人者による自伝
今回ご紹介するのは1857年に発行されたロバート・オウエン著『オウエン自叙伝』です。
私が読んだのは1961年に岩波書店より出版された五島茂訳 『オウエン自叙伝』 (1975年第7刷版)です。
早速この本について見ていきましょう。
オウエンはマルクス以前。そしてマルクスとはちがう。オウエンは暴力を否定した。彼の思想の核は協同主義(Co-operationーいまの表現をかりれば Co-operativism)、それらきわめて含蓄に富んだものだ。ひろくて多響的である。
協同組合、労働組合、労働交換所、工場厚生福利施設、工場立法、世界最初の幼稚園、労働者新教育、性格形成論、環境社会学、新結婚観、既成宗教の否定、都市と農村の結合、協同社会、夏時間、グリーン・べルト等々―、今なお世界的関心をひくこれらのアイディアはみなオウエンの泉に回帰する。精力的に理想と民衆のためにはたらいた八十七年の生涯。驚くべき大人物だった。(中略)
オウエンは他の二大ユートピアンたるサン・シモン、フーリエとは「本質的にちがう」のだ。どこがちがうかには緒論があろう。ただ現段階のインノヴェイションの進行にともなう人間疎外のあらあらしさに直面するとき、英国産業革命期の生んだ人間疎外にたいしていちはやく、そして力づよく人間性格形成による人間尊重と人間協同社会づくり(human community-making)をおし出したオウエンの功績はいまあらたに不滅な示唆を放射するおもいがある。オウエンの(re-re-interpretation)の必要をおもわしめるのだ。オウエンその人に即き、その人を見、そのいのちに立入ってゆくためには、彼が書きのこした自叙伝はオウエンそのもっとも有力な鍵を提供するであろう。
1961年、岩波書店、ロバート・オウエン、五島茂訳 『オウエン自叙伝』 (1975年第7刷版) P426-427
この本はサン・シモン、フーリエと並ぶ空想主義的社会主義者の代表として知られるロバート・オウエンの自叙伝になります。
空想主義的社会主義者というくくりはマルクスとエンゲルスによって広められ、有名になりました。以下の「(65)エンゲルスの『反デューリング論』から生まれた『空想から科学へ』~空想的社会主義者という言葉はここから」の記事で彼らは「自分達こそ科学的であり、空想主義的社会主義者は実現不可能なユートピアを描いているに過ぎないと」批判しました。
では、その一人、ロバート・オウエンとはどんな人物だったかざっくりと見ていきましょう。
ロバート・オウエンとは
オーウェンは一七七一年、北ウェールズの生まれで、フーリエよりもわずかに一歳だけ年長にすぎない。十歳にして自立を志した彼は、スタンフォード、ロンドン、マンチェスターなどで年季奉公生活を送り、十代の大半を店員として過ごした。十八歳を迎えた一七八九年、つまりフランスで大革命が始まった年には、修業時代に知遇を得たジョーン・ジョーンズという職人とともにマンチェスターで紡績機械の製造工場を開設。三年後には弱冠二十一歳で同じ町のドリンクウォーターが所有する近代的な大紡績工場の支配人に抜擢され、一七九六年には独立してコールトン紡績会社を設立するなど、若くして企業家・経営者としての才能を開花させた。二十代半ばには早くもその名声が業界に鳴り響いていたという。
一七九八年、グラスゴーの実業家であるデイヴィッド・デイルの設立したスコットランド・ニューラナーク村の綿紡績工場を買収したオーウェンは、翌年デイルの娘と結婚し、一八〇〇年からはこの村に移り住んで独自の理論に基づいた協同体の構築に着手する。この工場には当時およそ一七〇〇人の労働者が雇われていたが、居住環境は劣悪であり、風紀や道徳も乱脈をきわめていた。オーウェンはこれを一新すべく、さまざまな試みを次々におこなって社会改良を推進していく。
藤原書店、石井洋二郎『科学から空想へ―よみがえるフーリエ』P109-110
オウエンは馬具商人の家の生まれでした。そして彼自身も商人として生きていくことになります。
社会主義者というとマルクスやエンゲルスなどのイメージで革命家とか経済学者、哲学者のイメージがあるかもしれませんが、オウエンは全く違います。彼は根っからの商人であり、実業家でした。
マルクスやエンゲルスは「ブルジョワは敵であり、倒さなくてはならない」と言いますが、このオウエンこそそのブルジョワであったのです。
たたき上げの商人であり、実業家であり、大工場の支配人であるオウエンが「労働者の待遇改善」のために尽力していたのです。
上の解説にもありますように、当時の労働環境はすでに劣悪なものでありました。しかもそれによって労働者の倫理観も崩壊させることになり、単に資本家が悪いという話で済むものではなくなっていました。
そこでオウエンは立ち上がります。
彼には人間に対してのこんな信念があったのでした。
人は、彼自身の組織あるいはその諸性質の、いかなるものをも作ることはできない。これらの諸性質は彼らの天性に従い、各人の生活において起った境遇によって、多かれ少なかれ影響される。それへむかって個人は、これらの組織された境遇が彼に与える以外何らの統制をももちえず、かえって社会こそそれへの圧倒的な力をもつと。それゆえ私は他人とは異る見方を通し、遥かにひろい慈愛をもって、人間性を同胞のなかに見た。彼らが、彼らみずからを、あるいはそのなかに彼らが含まれる境遇ないし状態を、作らなかったことを知り、またこれらの状態が相合して、必然的に彼らを彼らが成りゆくものにならしめるように、強制することを知って、―私は自分の同胞を以て、彼らの出生の前および後の境遇によってつくられ、前述の如き場合、そして限られた範囲を除いては、みずからを支配することのできぬ生物だと考え、―それゆえに彼らの感情・思想および行動に向って無限のいつくしみをもたざるをえなかった。われわれの共通性格についてのこの知識は、私に、人間はその組織と、自然や社会に囲まれている状態との必然的な成果だと考える如き、かつはこの知識が創出する精神であらゆる人びとを見、あらゆる人びとに仕向ける如き、習慣を早くから与えた。その結果、私の心は次第に静かに、澄んできて、憤りや悪意は影をひそめた。
1961年、岩波書店、ロバート・オウエン、五島茂訳 『オウエン自叙伝』 (1975年第7刷版) P 64
オウエンは「人間の精神は環境によって決定される。劣悪な環境では人間性も損なわれる。だからこそ社会環境を改善しなければならない。社会が変われば人間も変わる」と考えました。
そして実際に彼は自分の工場でそれを実践します。
労働時間の短縮、職場内でのルールの徹底(飲酒、窃盗などの悪癖をやめさせ、秩序を重んじる)、生活環境の改善、衣食住の補助、子供の就労の禁止、子供への教育の場を提供するなどなど、彼は当時ではありえない方策を次々と実行していきます。
周りの資本家は彼をばかにするも、彼の工場はめきめきと業績を上げ、イギリス中に名声が広まるようになっていきます。
そしてその名声に惹かれて多くの人物が彼の工場と町を見学するようになっていきます。そして彼らは一様に驚くのでありました。そこでは秩序だった生活が営まれ、子供たちにも教育が与えられていたのでした。これは当時の労働環境としては驚愕ものだったようです。
彼は自らの工場での成功もあり、社会全体にその考えを広めようとします。
しかし、多くの賛同者がいたものの、彼は最後には失敗してしまいます。
彼の理想的な労働理念は他の資本家からは到底認められるものではありませんでした。さらに、彼は明確に宗教に対して反対していました。宗教こそ人々の不和を増長すると彼は批判していたのです。そのため宗教勢力からも大きな攻撃を受けることになります。
また、莫大な資金を投入してアメリカで理想の社会を作ろうとしたのですが、それも頓挫してしまいます。
彼の理想はたしかに素晴らしいものであり、実際にニューラナークの彼の工場ではそれは成功しました。
しかし、それは彼が工場主であり、彼の監督が常に行き届き、さらにはそれを支える幹部社員、そして何より労働者からの信頼があったからこそでした。
彼は長い時間をかけて従業員との信頼関係を結び、工場の秩序と繁栄を築き上げました。
しかしそれは彼だからこそできたことであり、それを世界全体に広めるとなるとまったく別問題です。
ここに彼の理論の限界があったのでした。
ですが、マルクス主義の考え方に慣れた私たちにとって、資本家がこれだけ労働者のことを考えて動いていたというのは驚きですよね。
そして彼が自分の工場でなした改革は今でも評価されるほど人道的でした。
資本家はあまねく強欲であり、労働者を搾取する悪人だという考え方には明らかに収まりきらないものがオウエンにはあります。
この『オウエン自叙伝』ではそんなオウエンがなぜそのような思想に至るようになったのか、彼の原動力とは何だったのかを知ることができます。
また、当時のイギリスの社会情勢や労働環境の実態を知る上でも非常に有益です。
本自体は古いものでちょっと手に取りにくいかもしれませんが、読んでみるとものすごく読みやすくて驚くと思います。20代前半にしてすでに実業家として頭角を現すという常人では考えられない彼の優秀さにもきっと驚くと思います。波乱万丈な彼の人生は非常に興味深いです。
ぜひおすすめしたい1冊です。
以上、「ロバート・オウエン『オウエン自叙伝』イギリスの空想主義的社会主義者の第一人者による自伝」でした。
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