MENU

サン・シモン『産業者の教理問答』あらすじと感想~空想主義的社会主義者の一人サン・シモンの主著

目次

サン・シモン『産業者の教理問答』概要と感想~空想主義的社会主義者の一人サン・シモンの主著

今回ご紹介するのは1823-24年にサン・シモンによって発表された『産業者の教理問答』です。私が読んだのは2001年に岩波書店より発行された森博訳の『産業者の教理問答』です。

早速この本について見ていきましょう。

今日の様々な社会思想・社会科学の源泉とも言える〈思想の種まき人〉サン=シモン(1760-1825)。本書には、実証主義と産業主義の提唱者であり推進者であった彼の到達点示す最晩年の二篇「産業者の教理問答」「新キリスト教」を収録。対話形式の平易な語り口で、生産者階級である〈産業者〉主導の、社会の再組織化を説く。


岩波書店、サン=シモン、森博訳『産業者の教理問答』表紙より

では本編に入る前にまずサン・シモンその人について見ていきます。

クロード=アンリ・ド・ルーヴロワ、コント・ド・サン=シモン(Claude-Henri de Rourvroy, Conte de Saint-Simon)は、一七六〇年一〇月一七日、パリに生まれ、一八ニ五年五月一九日、同じくパリに没した。

かれの生きた六五年間は、アメリカの独立革命、かのフランスの大革命、ナポレオンのヨーロッパ大陸支配、イギリスにおける産業革命後の最初の恐慌、そして「ピータールーの虐殺」と、近代的社会関係を生み出す世界史的な出来事が息つく暇もなく生じた激動の時代であった。ホブズボームのいう「二重革命」が進行していく時代である。

サン=シモンはアメリカ独立戦争への従軍を皮切りに、フランス革命には国有財産投機など、時代の問題への個人としての特異な関わり方をしたものの、ドーヴァー海峡の彼方の社会にも強い関心を払うなど(例えば右の「ピータールーの虐殺」への批判的言及もある)、この時代を直接的に生きた。かれの思想理解のためには重要な点である。
※一部改行しました

岩波書店、サン=シモン、森博訳『産業者の教理問答 他一篇』P338
サン・シモン(1760-1825)Wikipediaより

サン・シモンは由緒ある貴族の子として生まれ、啓蒙主義思想教育を受け育った人物です。

そして上の解説にありますように、アメリカ独立戦争、フランス革命、ナポレオン戦争などなど、激動の時代を生きた人物になります。

そして今作、『産業者の教理問答』は次のように始まります。これがなかなか強烈です。

問 産業者とは何か。

答 産業者とは、社会のさまざまな成員たちの物質的欲求や嗜好を満たさせる一つないしいくつかの物的手段を生産したり、それらを彼らの手に入れさせるために働いている人たちである。したがって、麦を播き、家禽や家畜を飼う農耕者は産業者である。車大工、蹄鉄工、錠前師、指物師は産業者である。短靴、帽子、リンネル、ラシャ、カシミアの製造者も同様に産業者である。商人、荷車曳き、商船に雇われている水夫は産業者である。これらすべての産業者は一緒になって、社会の全成員の物質的な欲求や嗜好を満足させる一切の物的手段を生産するために、またそれらを社会の全成員の手に入れさせるために、働いている。そして、これらの産業者は農業者、製造業者、商人と呼ばれる三大部類をなしている。

問 産業者は社会においていかなる地位を占めるべきか。

答 産業者階級は最高の地位を占めるべきである。なぜなら、産業者階級はあらゆる階徴のうちで最も重要な階級であり、産業者階級はほかのすべての階級がなくてもすませるが、ほかの階級はいずれもみな産業者階級なしではやっていけないからである。産業者階級は自力で、みずからの働きによって、生活を維持しているからである。ほかの階級は、産業者階級のためにつくさなければならない。なぜなら、ほかの階級は産業者階級のおかげをこうむって生活している階級だからであり、産業者階級はほかの諸階級の生活を維持しているからである。要するに、すべては産業によっておこなわれているのであるから、すべては産業のためにおこなわれなければならない。

岩波書店、サン=シモン、森博訳『産業者の教理問答 他一篇』P10-11

「世の中は生産者、つまり産業者によって成り立っている。だからこそ産業者の地位が認められなければならない。」

フランス革命後絶対王政はなくなったフランスですが、依然階級社会はそのままです。そのような中でサン・シモンは上のように宣言するのです。

巻末解説で述べられていましたが、サン・シモンが生きた時代はまだフランスで本格的な産業革命は始まっていません。ですのでその後の重工業や金融経済についてはさすがのサン・シモンも言及はしていません。

ですが、産業者こそ世界を担っていくのだという思想は後の弟子たちに引き継がれ、1852年からのナポレオン三世第二帝政期ではその思想が花開くことになります。

そうした意味でも「産業者こそ世を作るのだ」と宣言したこの著作は大きな意味があります。

そしてサン・シモンは次のように語ります。

問 最高の地位を占めてしかるべき産業者が、最下位におかれているのはなぜであるか。本当は第一位である人々が、最下位の者とされているのはなぜなのか。

答 われわれはその点をこの問答を進めていく過程で説明するであろう。

問 産業者は、現在おかれている低い地位から、当然占めてしかるべき上位の地位に移るためにどうしたらよいのか。

答 われわれはこの教理問答で、産業者が自分たちの社会的地位をそのように上昇させるためにとらなければならない方法を述べるであろう。

岩波書店、サン=シモン、森博訳『産業者の教理問答 他一篇』P11-12

この著作ではまさにこれらのことがずらりと問答形式で説かれていくことになります。

問答形式で書かれているので非常にわかりやすく、読みやすい作品でした。

彼のこうした思想が弟子たちに伝わり、さらにはナポレオン三世のフランス第二帝政期の大改革に繋がっていくというのは非常に興味深かったです。

サン・シモンの思想や後のサン・シモン主義については以前紹介した以下の記事でお話ししていますのでぜひこちらもご参照ください。

あわせて読みたい
(16)空想的社会主義者サン・シモンの思想とは~後のフランス第二帝政に巨大な影響を与えた経済思想家 空想的社会主義者とはエンゲルスによって1880年に出版された『空想から科学へ』の中で説かれた有名な言葉です。 エンゲルスはマルクス以前に社会主義思想を説いた有名な3人、サン・シモン、シャルル・フーリエ、ロバート・オウエンを「空想的社会主義者」と述べました。 そして彼らの「空想的」な理論に対して、マルクスの理論は「科学的」であると宣言します。 今回の記事ではまず、そのサン・シモンという人物についてお話ししていきます。
あわせて読みたい
ナポレオン三世とフランス第二帝政の特徴6つをざっくりと解説!現代社会を形作ったユニークな改革とは ナポレオン三世はあのナポレオン・ボナパルトの血を引き、フランス二月革命後の政治混乱に乗じて1851年にクーデターを実行、そして1852年からフランス皇帝となった人物です。 この記事では鹿島茂氏の『怪帝ナポレオンⅢ世―第二帝政全史』を参考に、後期ドストエフスキー時代に大きな影響を与えたフランス第二帝政についてざっくりとお話ししていきます。
あわせて読みたい
鹿島茂『絶景、パリ万国博覧会 サン=シモンの鉄の夢』あらすじと感想~渋沢栄一も訪れたパリ万国博覧... パリ万博はロンドンのようにフランスの工業化を進めるというだけではなく、欲望の追求を国家レベルで推し進めようとした事業でした。 これはフランス第二帝政という時代を考える上で非常に重要な視点であると思います。 ドストエフスキーはこういう時代背景の下、パリへと足を踏み入れたのです。

以上、「サン・シモン『産業者の教理問答』概要と感想~空想主義的社会主義者の一人サン・シモンの主著」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

産業者の教理問答 他一篇 (岩波文庫 白 224-1)

産業者の教理問答 他一篇 (岩波文庫 白 224-1)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
サン・シモン『新キリスト教』あらすじと感想~教会への鋭い批判と理想世界の構築を説くサン・シモンの絶筆 神の教えを信じ、社会福祉の向上を目指す道徳的な産業者が世を導いていく。これがサン・シモンが目指す理想社会でした。 サン・シモンはこの作品で教会批判や持論を展開し続けます。驚くような発想も何度も出てきますし、現代を生きる私たちですら唸らせるような言葉が出てきます。 マルクス・エンゲルスによって空想的社会主義者のレッテルを張られたサン・シモンですが、非常に興味深い思想家でした。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
エンゲルス『空想より科学へ』あらすじと感想~マルクス主義の入門書としてベストセラー!マルクス主義... 難解で大部な『資本論』と、簡単でコンパクトな『空想から科学へ』。 この組み合わせがあったからこそマルクス主義が爆発的に広がっていったということができるかもしれません。 「マルクスは宗教的な現象か」というテーマにおいてこの記事では私の結論を述べていきます。エンゲルスはこの作品においてとてつもないことを成し遂げました。 この作品はマルクス思想を考える上で『資本論』と並んで決定的な意味を持つ作品です。ぜひ読んで頂きたい記事となっています

関連記

あわせて読みたい
鹿島茂『渋沢栄一』あらすじと感想~サンシモン主義と強いつながり!日本経済を支えた偉人のおすすめ伝記! もし日本に渋沢栄一がいなかったらどんなことになっていたのか。この伝記を読めばぞっとするような事実を知ることになります。それほど渋沢栄一という存在は巨大だったのです。私もこの伝記を読んで心の底から衝撃を受けました。
あわせて読みたい
(65)エンゲルスの『反デューリング論』から生まれた『空想から科学へ』~空想的社会主義者という言葉... 誰も読まない、いや読めない難解な『資本論』を一般の人にもわかりやすく広めたことの意義はいくら強調してもし足りないくらい大きなものだと思います。 難解で大部な『資本論』、簡単でコンパクトな『空想から科学へ』。 この組み合わせがあったからこそマルクス主義が爆発的に広がっていったということもできるかもしれません。
あわせて読みたい
(17)空想的社会主義者フーリエの思想とは~ファランジュやユートピアで有名なフランス人思想家 エンゲルスはマルクス以前に社会主義思想を説いた有名な3人、サン・シモン、シャルル・フーリエ、ロバート・オウエンを「空想的社会主義者」と述べました。 そして彼らの「空想的」な理論に対して、マルクスの理論は「科学的」であると宣言します。 前回の記事ではサン・シモンを紹介しましたが、今回の記事ではシャルル・フーリエという人物についてお話ししていきます。
あわせて読みたい
(21)空想的社会主義者ロバート・オーエン~労働環境の改善に努めたスコットランドの偉大な経営者の存... エンゲルスに空想的社会主義者と呼ばれたロバート・オーエンですが、彼は明らかに他の二人(サン・シモン、フーリエ)とは異質な存在です。 結果的に彼の社会主義は失敗してしまいましたが、その理念や実際の活動は決して空想的なものではありませんでした。 後の記事で改めて紹介しますが彼の自伝では、彼がいかにして社会を変えようとしたかが語られます。19世紀のヨーロッパにおいてここまで労働者のことを考えて実際に動いていた経営者の存在に私は非常に驚かされました。 彼のニューラナークの工場は現在世界遺産にも登録されています。
あわせて読みたい
19世紀前半のフランス文化と人々の生活を知るためのおすすめ参考書9冊一覧 この記事では19世紀前半、特に1830年頃からのフランス文化と人々の生活を知るのに便利な書籍をご紹介していきます。 フランス文化といえば豪華な社交界やフランス料理、ファッションなどを思い浮かべるかと思いますが、それらが花開くのは実はフランス革命以後のこの時代からでした。 ロシアの上流社会はフランス文化に強い影響を受けています。この当時のフランス文化を知ることはロシア人のメンタリティーを学ぶことにもとても役に立つのではないでしょうか。

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次