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鹿島茂『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』あらすじと感想~ナポレオン三世の知られざる治世と実態に迫る一冊!

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鹿島茂『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』概要と感想~ナポレオン三世の知られざる治世と実態に迫る一冊!

今回ご紹介するのは2004年に講談社より発行された鹿島茂著『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』です。

早速この本について見ていきましょう。

偉大な皇帝ナポレオンの凡庸な甥が、陰謀とクー・デタで権力を握った、間抜けな皇帝=ナポレオン三世。しかしこの紋切り型では、この摩訶不思議な人物の全貌は掴みきれない。近現代史の分水嶺は、ナポレオン三世と第二帝政にある。「博覧会的」なるものが、産業資本主義へと発展し、パリ改造が美しき都を生み出したのだ。謎多き皇帝の圧巻の大評伝!(講談社学術文庫)

Amazon商品紹介ページより
フランツ・ヴィンターハルター画『ナポレオン3世の肖像』(ナポレオン博物館蔵)Wikipediaより

ナポレオン三世・・・日本では正直あまり馴染みがない存在ではありますが、フランスの歴史を考える上ではものすごく重要な人物です。これまでユゴーの『レ・ミゼラブル』について記事を更新してきましたが、ユゴーがレミゼを執筆していた時期はまさしくこのナポレオン三世の治世にあたり、彼に反対していたユゴーは亡命を余儀なくされていたのでした。

そんな亡命期間中に書き上げられたのがあの『レ・ミゼラブル』なのです。ある意味、亡命中の苦難や不満によって溜め込まれたエネルギーが爆発したかのようにあの作品は書き上げられたのでした。

亡命中どのように『レ・ミゼラブル』が書かれたかは下のディヴィッド・ベロス著『世紀の小説 『レ・ミゼラブル』の誕生』でかなり詳しく書かれていますので興味のある方はぜひ御一読ください。

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さて、レミゼの誕生という意味でもナポレオン三世とは一体何者だったのか、そして1852年から1870年のナポレオン第二帝政期というのはどういうものだったかを知ることは大きな意味があります。

では、この本について著者の鹿島茂氏の言葉を聴いていきましょう。少し長くなりますが非常に重要な指摘がなされているのでしっかりと読んでいきます。

「ルパンには甥がいた。その名もルパン三世!」は、ご存じモンキー・パンチ作の『ルパン三世』の惹句だが、このルパンをナポレオンに代えて「ナポレオンには甥がいた。その名もナポレオン三世!」としたとき、案外、この「ナポレオン三世」も「ルパン三世」と同工のパロディーだと思ってしまう日本人が多いのではなかろうか。

言うまでもなく、ナポレオンにルイ=ナポレオンという甥がいたのはまぎれもない事実であり、しかもその甥がナポレオン三世としてフランスの皇帝となり、第二帝政を築いたのもまた確固たる歴史的真実である。

だが、たとえナポレオン三世の存在を知っている人でも、彼に対しては、けっして好ましいイメージを抱いてはいまい。それどころか、歴代フランスの君主の中でも、ナポレオン三世の評価は最悪といっていいのではないだろうか。

たとえば、多少フランス近代史をかじった人がナポレオン三世に対して抱いているイメージはおおむね次のようなものだろう。

すなわち、ナポレオンの輝かしい栄光をなぞろうとした凡庸な甥が、陰謀とクー・デタで権力を握り、暴力と金で政治・経済をニ〇年間にわたって支配したが、最後に体制の立て直しを図ろうとして失敗し、おまけに愚かにもビスマルクの策にはまって普仏戦争に突入して、セダンでプロシヤ軍の捕虜となって失脚した。

ようするに、ナポレオン三世は偉大なるナポレオンの出来の悪いファルスしか演じることはできなかったというものである。

こうした否定的イメージはとりわけ中年以上のインテリに根強い。なぜなら、このイメージは、彼らのアイドルだったマルクスによってつくられたからである。

へーゲルはどこかでのべている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番ファルスとして、と、かれは、つけくわえるのをわすれたのだ。ダントンのかわりにコーシディエール、ロべスピエールのかわりにルイ・ブラン、一七九三年から一七九五年までの山岳党のかわりに一八四八年から一八五一年までの山岳党、叔父のかわりに甥。(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』伊藤新一・北条元一訳)

少しでもマルクスをかじった人なら、この『ルイ・ボナパルトのブリュメール十ハ日』の冒頭の一節を読んだにちがいない。だが、やんぬるかな、ほとんどの人は、そこしか読まなかった。そして、ナポレオン三世は、出来損ないの茶番を演じた漫画的人物、ようするに、ただのバカだと決め付けてしまった。最後まで読めば、マルクスが一番憎んでいたのは、ナポレオン三世のクー・デタで一掃されたティエールらのオルレアン王朝派ブルジョワジーであり、ナポレオン三世はプロレタリア革命を準備するために登場した、一種の「歴史的必然」であったと主張されているのがわかったはずなのに。

講談社、鹿島茂著『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』P9ー11

ナポレオン三世のイメージはマルクスによるものが大きいというのは非常に重要なポイントです。しかもそれがマルクスから見た偏ったイメージによるものだったというのも見逃せません。

そしてここから我らがユゴーによるナポレオン三世像も語られていきます。

ところで、ナポレオン三世に対するこうした戯画的イメージは、本国のフランスでは、日本よりもはるかに強烈に人々の頭に焼き付いている。その証拠に、いまだに、ナポレオン三世のことを、「バダンゲ」というあだ名、あるいは「ナポレオン・ル・プティ(小ナポレオン)という蔑称で呼ぶ人さえいる。これは、ひとえに、共和国のシンボルであったヴィクトル・ユゴーから影響を受けたものにほかならない。

一八五一年一二月、クー・デクで亡命を余儀なくされたユゴーは、英仏海峡のジャージー島やガーンジー島に居を据えて、『ある犯罪の物語』『小ナポレオン』『懲罰詩集』などナポレオン三世を徹底的にやっつける詩や散文を次々に書きつづけたが、これらの作品は、実際に読まれたか否かを問わず、ナポレオン三世の戯画化に限りなく貢献した。なにしろ、ユゴーは、フランスの国民的詩人であり『レ・ミゼラブル』の作者である。そのユゴーが悪党だと断定している以上、ナポレオン三世は悪党であるにちがいない。フランスの大部分の人たちがそう考えるのも無理はない。

講談社、鹿島茂著『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』P11

ユゴーはナポレオン三世のせいで亡命を余儀なくされました。その恨みたるや測り知れないものがあります。そしてユゴーが理想とする共和制を破壊した敵としてナポレオン三世を見ていくことになります。

マルクス、ユゴーという世界的に絶大な影響力を誇る二人がこうまでやっつけたナポレオン三世ですから、それはイメージが悪くなるのも当然です。

では、彼らの作り上げたイメージは実は間違っていて、ナポレオン三世は実際は名君だったかというとそれはそれで難しい問題になります。鹿島氏は続けます。

だが、それだけなら、ナポレオン三世のパロディー化は完成を見るまでには至らなかっただろう。一番いけなかったもの、それはナポレオン三世自身の不手際、とりわけ、その失脚の仕方である。いまだかつて、戦場に自ら赴き、敵に包囲されて降伏してしまった皇帝はいない。すなわち、この間抜けでみっともない最後が、ナポレオン三世=バカ説に決定的根拠を与えたのである。そして、こうした結末が、さかのぼってクー・デタという体制の始まりをさらにいっそうダーティーなイメージに変えてしまった。つまりは、戯画化を招いたのは、結局のところ、ナポレオン三世自身の責任なのである。

だが、このように、たとえ、歪んだイメージを作り出したのが本人の過失であろうとも、それが歪曲されたイメージであるなら、歪みを正し、そこから歴史的真実を掬い出してやるのが後世に生きる者の使命ではなかろうか。かく言う私も、これまで『新聞王伝説』を始めとするいくつかの著作で、あきらかに、ナポレオン三世を悪役に仕立てるような書き方をしてきている。だが、その一方で、調べを進めるにしたがって、従来のような紋切り型のイメージでは、どうしてもナポレオン三世を捉え切れないという思いが強くなってきていた。言ってしまえば、私はナポレオン三世に、様々な局面でクセのある脇役を演じさせているうちに、この摩訶不思議な人物の魅力に取り付かれ始めたのである。

ナポレオン三世はバカでも間抜けでもない。これはすでにあきらかである。またマルクスのいうようなゴロツキでもないし、左翼教条主義者の主張するような軍事独裁のファシストでもない。では、ナポレオン三世は、ド・ゴール主義の歴史家の言うような善意に溢れる民衆の護民官だったかというと、そう簡単に評価を変えるには、歴史的事実として残っているマイナスの要素が多すぎる。あのクー・デタと言論弾圧の抑圧体制や、「いざ楽しめ」の号令のもとに行われた「帝国の祝典」はいったいなんだったのかということになるのである。

だが、そうした疑問を抱いて文献に当たってみても、謎は深まりこそすれ、決して晴れることはない。なんとなれば、ナポレオン三世とは、「ほとんど語らず、書き残すことはさらにない」(ゼルディン『ナポレオンⅢ世の政治システム』)スフィンクスのような人物、つまりどんな定義の網もかぶせることのできない謎の皇帝、端倪すべからざる怪帝だからである。

講談社、鹿島茂著『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』P11-12

ナポレオン三世は書名にもありますようにまさしく謎の怪帝なのでした。

そして彼の存在は後の世界に大きな影響を与えることになります。次の引用箇所も非常に重要な箇所です

世界史のパラダイムは、現実には、ナポレオン三世と第二帝政の出現で大きく変わってしまったのである。それは、普仏戦争で生じたアルザス・ロレーヌの帰属問題が後に第一次大戦と第二次大戦の遠因となったとか、あるいはボナパルティスムがニ〇世紀の軍事独裁体制やファシズムの雛型を準備したというような負の遺産ばかりではない。

たとえば、拙著『絶景、パリ万国博覧会』で指摘したように、ナポレオン三世が人為的に誕生させた加速型資本主義がその後の産業社会、とりわけ消費資本主義の骨組みを決定づけたというようなこともある。また評刊の悪かったパリ改造も、今日では都市計画の嚆矢として再評価されている。

したがって、ナポレオン三世をたんなるバカな陰謀家と決め付けることも、第二帝政を抑圧的な体制と片付ることも、歴史の流れに興味を持つ者としては取るべきでないことはたしかである。それどころか、この時代とこの皇帝を紋切り型の見方でしか捉えてこなかったために、見落としてきた点があまりに多いことを反省しなければならない。

われわれが試みるべきは、ナポレオン三世という人物をまず色メガネを外して眺めてみることである。そのためには、ナポレオン三世という特異な人物の人となりを、その出生の時点に立ち返って解明することからはじめなければならない。

講談社、鹿島茂著『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』P13-14

ここで述べられているようにナポレオン三世の治世は私達の生活スタイルにも強い影響を与えています。私達の生活スタイルのルーツがここにあると言っても過言ではありません。

また、鹿島氏の著作『絶景、パリ万国博覧会』は以前当ブログでもご紹介しました。パリで行われた万国博覧会は単なる商業イベントにとどまらず、人々のメンタリティーまで変えてしまうほどの大イベントでした。この万博のもたらした影響は「消費社会に生きる現代人とは」という問題を考える上でも非常に重要です。

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また、現在の美しいパリの街並みもナポレオン三世の号令で始まったパリ大改造の賜物です。そう考えると彼の功績というのは実はものすごい大きなものだったのではないかと感じられます。

ナポレオン三世の治世に関しては以前当ブログでもこの本を参考にご紹介させて頂きましたので興味のある方はぜひご覧ください。

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さて、今回は鹿島茂著『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』をご紹介しましたが、この本もものすごくおすすめです。とにかく面白いです!読んでいる最中思わず声が出てしまうほどの発見がどんどん出てきます。

フランス第二帝政という日本ではあまりメジャーではない時代ですが、この時代がどれだけ革新的で重要な社会変革が起きていたかをこの本では知ることになります。人々の欲望を刺激する消費資本主義が発展したのもまさしくこの時代のパリからです。その過程を見ていくのもものすごく興味深いです。

非常におすすめな一冊です。ぜひ手に取って頂けたらなと思います。

以上、「鹿島茂『怪帝ナポレオンⅢ世 第二帝政全史』ナポレオン三世の知られざる治世と実態に迫る一冊!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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