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「ルーゴン・マッカール叢書」第9巻『ナナ』の概要とあらすじ
『ナナ』はエミール・ゾラが24年かけて完成させた「ルーゴン・マッカール叢書」の第9巻目にあたり、1880年に出版されました。
私が読んだのは新潮社出版の川口篤、古賀照一訳の『ナナ』です。
では、早速あらすじを見て参りましょう。今回は裏表紙のあらすじを引用します。
名作『居酒屋』の女主人公の娘としてパリの労働者街に生れたナナ。生れながらの美貌に、成長するにしたがって豊満な肉体を加えた彼女は、全裸に近い姿で突然ヴァリエテ座の舞台に登場した。パリ社交界はこの淫蕩な”ヴィナス”の出現に圧倒される。高級娼婦でもあるナナは、近づく名士たちから巨額の金を巻きあげ、次々とその全生活を破滅させてゆく。自然主義作家ゾラの最大傑作。
Amazon商品紹介ページより
『ナナ』は『居酒屋』の続編にあたり、主人公のナナは『居酒屋』の主人公ジェルヴェーズの娘です。
ルーゴン・マッカール家家系図
家系図では右側のマッカール一族に位置します。
前作『居酒屋』ではダメ男と貧乏、酒によって家庭は崩壊し、ジェルヴェーズは悲惨な死を遂げました。
ナナはそんな悲惨な家庭を飛び出し、娼婦となり新たな生活を始めます。
そしてあらすじにもありますように、その美しさと奔放な性格によって数多くの男を虜にし、パリに君臨することになるのです。
同じく新潮社の『世界文学全集10 ナナ』川口篤、古賀照一訳の解説では『ナナ』について次のように書かれています。
『ナナ』は、一口にいって、たいへん面白い小説である。素直に読む人には、誰にでもその面白さは味わえる。この面白さには、おそらく一行の解説もいらない。『ナナ』は一人立ちしている作品である。
新潮社『世界文学全集10 ナナ』川口篤、古賀照一訳P495
訳者に「一行の解説もいらない」と言わしめる面白さが『ナナ』にはあります。
そしてこの作品は現代日本を考える上でも非常に示唆に富んだ物語であると訳者は述べます。
疑うものは『ナナ』を読むがいい。現在の日本の社会の腐敗面のほとんどをそこに読みとる思いなしには、人は『ナナ』を読みとおすことはできないであろう。
新潮社『世界文学全集10 ナナ』川口篤、古賀照一訳P499
ゾラの物語るフランス第二帝政期は現代社会と直結していると私はここまで何度もお話ししてきました。まさしくこの『ナナ』はそれを非常によく体現している作品と言うことができるのではないでしょうか。
感想―ドストエフスキー的見地から
今作の主人公は高級娼婦であるナナです。
彼女は男を虜にし、信じられないほどの大金を巻き上げ、そしてそれをまったく無頓着に散財します。彼女にはお金を貯めたり、有効に使うという健全な金銭感覚がそもそも存在しないのです。
ただ巻き上げ、ただ使い切る。そこではものすごくシンプルにお金が動いていくのです。
『ナナ』の不思議なところは、普通男から金を巻き上げる悪女的な存在は物語の悪役として描かれるはずなのに、そうした彼女こそが主人公である点にあります。
ナナは前作『居酒屋』で非常に不幸な境遇で幼少期を過ごしました。彼女は家庭の温かみを知らず、すさんだ環境で育った少女でした。
しかし彼女には持ち前の明るさ、奔放さがありました。
彼女は成長し、圧倒的な美貌を手にし、男から金を巻き上げることで自分を傷つけ続けた世の中すべてに復讐します。
しかもナナのすごいところはそれを無意識にやってのけているところにあります。
彼女自身には男を騙して世の中に復讐してやるんだという気持ちはありません。
彼女はただ、男たちが進んで自分に貢いでくるから好き勝手に使ってやっているのよとけろっとしているのです。お金が好きでたくさん巻き上げているとか、男に復讐してやろうとかそういう気持ちで生きているわけではないのです。
腐敗した社会の中でお金を持て余した男たちが、彼女にお金を注ぎ込み、そしてそれを彼女が再び世の中にまき散らすという、お金の循環システムとして彼女はそこに存在していたのです。それも意図せずに。
ここに現代の消費資本主義のシステムが見て取れるのです。お金が常に動き続けること。儲けた金は形を変えて次の消費に移り、その消費がまた次なる消費を生む。
そうした巨大なお金の流れがすでにこの小説ではナナという女性を通して表されているのです。
この点に関してヴェルナー・ゾンバルトというマックス・ヴェーバーと並ぶ世界的に有名な経済・社会学者が、『恋愛と贅沢と資本主義』というなんとも刺激的なタイトルの本を出しています。
『ナナ』の小説に込められた経済の循環のシステムをこの本ではわかりやすく解説しています。興味のある方はぜひ手に取って頂きたい本です。
またヴェブレンの『有閑階級の理論』もお金と欲望の関係が説かれていておすすめです。
さて、フランス帝政の腐敗ぶり、当時の演劇界やメディア業界の舞台裏、娼婦たちの生活など華やかで淫蕩に満ちた世界をゾラはこの小説で描いています。
欲望を「食べ物」に絶妙に象徴して描いた作品が『パリの胃袋』であるとするならば、『ナナ』はど直球で性的な欲望を描いた作品と言うことができるでしょう。
また、ゾラ得意の映画的な描写も健在で、読みやすいことこの上なしです。
世界文学屈指の名作に数えられる『ナナ』。
今回の感想ではドストエフスキーには直接は触れませんでしたが、フランスの政治腐敗や成金たちが競ってお金を浪費し合っていたこの時代を学ぶにはこの小説は非常に重要なものでありました。
ゾラ入門として、前作の『居酒屋』と『ナナ』、非常におすすめの一冊です。
そして次の記事で紹介する『ごった煮』もぜひおすすめしたいです。
ブルジョア階級の結婚事情をこの上なく鮮明に暴いた驚異の作品です。この作品も上流階級の偽善に隠されたどろどろの男女関係が描かれています。『ナナ』とセットで読むと19世紀中頃のフランス事情が非常に鮮明に浮き上がってきます。非常におすすめです。
以上、「ゾラの代表作『ナナ』あらすじ解説―舞台女優の華やかな世界の裏側と上流階級の実態を暴露!」でした。
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