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阿部公房『箱男』あらすじと感想~箱をかぶればめくるめく世界?MGSの小島秀夫監督にも大きな影響!

箱男
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阿部公房『箱男』あらすじと感想~箱をかぶれば世界は変わる?想像力を刺激する問題作

今回ご紹介するのは1973年に新潮社より出版された阿部公房著『箱男』です。

早速この本について見ていきましょう。

全国各地には、かなりの数の箱男が身をひそめている。
どうやら世間は箱男について、口をつぐんだままにしておくつもりらしい――。


ダンボール箱を頭からすっぽりとかぶり、都市を彷徨する箱男は、覗き窓から何を見つめるのだろう。一切の帰属を捨て去り、存在証明を放棄することで彼が求め、そして得たものは? 贋箱男との錯綜した関係、看護婦との絶望的な愛。輝かしいイメージの連鎖と目まぐるしく転換する場面(シーン)。
読者を幻惑する幾つものトリックを仕掛けながら記述されてゆく、実験的精神溢れる書下ろし長編。

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阿部公房(1924-1993)Wikipediaより

安部公房(1924-1993)
東京生れ。東京大学医学部卒。1951(昭和26)年「壁」で芥川賞を受賞。1962年に発表した『砂の女』は読売文学賞を受賞したほか、フランスでは最優秀外国文学賞を受賞。その他、戯曲「友達」で谷崎潤一郎賞、『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞するなど、受賞多数。1973年より演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、独自の演劇活動でも知られる。海外での評価も極めて高く、1992(平成4)年にはアメリカ芸術科学アカデミー名誉会員に。1993年急性心不全で急逝。

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今作『箱男』は何とも形容しがたい刺激的な作品です。

まず、そもそもタイトルが謎です。『箱男』って何だ?

私は阿部公房の『箱男』という作品について、これまで名前だけは知ってはいたのでありますが今回いよいよ実際に読んでみることになりました。

私はてっきりチェーホフの『箱にはいった男』のイメージで、何か観念的な物語かと思っていたのですが読んでみてびっくり、物理的に本当に箱をかぶった男の話だったとは!

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私はチェーホフが好きで、以前当ブログでも上のように『箱にはいった男』という短編を紹介しましたが、この小説では「箱=権力者の決めたこと」にがんじがらめになっている哀れな男が描かれていました。つまり「箱」というのはあくまで譬喩で、物理的に箱に入っているわけではないのです。

しかし阿部公房の『箱男』は全く違います。物語の始まりからしてすでにこうです。

これは箱男についての記録である。

ぼくは今、この記録を箱のなかで書きはじめている。頭からかぶると、すっぽり、ちょうど腰の辺まで届くダンボールの箱の中だ。

つまり、今のところ、箱男はこのぼく自身だということでもある。箱男が、箱の中で、箱男の記録をつけているというわけだ。

新潮社、阿部公房『箱男』P7

主人公の「ぼく」はすでに箱をすっぽりかぶり、その中でこの本を書いていると言うのです。あまりにストレート。まさに箱男です。

そしてどんな段ボールをかぶっているかというと、次のページから《箱の製造法》という項目を設けてかなり詳しく紹介されることになります。その一部を見ていきましょう。

ダンボールの空箱は、縦、横、それぞれ一メートル、高さ、一メートル三十前後のものであれば、どんなものでも構わない。ただ実用的には、俗に「四半割り」と呼ばれている、規格型のやつが望ましい。第一の理由は、規格品だとそれだけ入手が容易であること。第二には、規格品を使う商品の多くが、一般に不定形のもの—自由に変形がきく、食料雑貨の類―なので、箱の造りもそれなりに頑丈であること。第三は、これがもっとも重要な理由なのだが、他の箱との判別が困難であること。事実、ぼくの知っているかぎり、ほとんどの箱男が申し合せたようにこの「四半割り」を使用していた。目立つ特徴があったりすると、せっかくの箱の匿名性がそれだけ弱められてしまうことになるからだ。

新潮社、阿部公房『箱男』P9

縦横1メートル、高さ1.3メートルの箱となると普段使いにおいてはかなり巨大な部類です。しかし箱をすっぽりかぶるとなるとやはりこれくらいは必要だろうと何となく思ってしまう絶妙なサイズ感です。

KADOMIUMTANK ソフビブログ」さんの「デザインフェスタ36/ソフビ2日目」の記事の中ほどにこの箱男を忠実に再現した写真が掲載されていますのでぜひその姿を見て頂けたらと思います。写真で見てみると、思いのほか段ボールの存在感が大きいことに驚きました。

そしてこの箱をかぶって生活するのはどういうことなのか。そのことについても冒頭で語られていきます。

箱を作るだけなら、わけはない。所要時間にして、せいぜい一時間足らずのものだろう。だが、そいつをかぶって箱男になるには、かなりの勇気がいる。とにかく、この何でもないただの紙箱に、誰かがもぐって街に出たとたん、箱でも人間でもない、化物に変ってしまうのだ。箱男にはなにやら嫌味な毒がある。見世物小屋の熊男や、蛇女の絵看板にだって、多少の毒はあるだろうが、いずれ木戸銭で相殺される程度のものだ。だが、箱男の毒は、そう生易しいものでない。

たとえば、君にしたところで、まだ箱男の噂を耳にしたことはないはずだ。べつにぼくの噂である必要はない。箱男はぼく一人というわけではないからだ。統計があるわけではないが、全国各地にはかなりの数の箱男が身をひそめているらしい。そのくせどこかで箱男が話題にされたという話は、まだ聞いたこともない。どうやら世間は、箱男について、固くロをつぐんだままにしておくつもりらしいのだ。

では、見掛けた事は—

しらを切りあうのも、その辺までにしておこう。箱男が目立ちにくいのは、たしかである。歩道橋の下だとか、公衆便所とガードレールの間などに押し込まれて、ゴミとそっくりだ。だが目立たないのと、見えないのとは違う。とくに珍しい存在というわけではないのだから、目にする機会はいくらでもあったはずなのだ。君だって、目撃したことくらいはあるに違いない。しかしそれを認めたくない気持ちも同じくらいよく分る。見て見ぬふりは、なにも君だけとは限らないのだ。べつに底意がなくても、本能的に眼をそむけたくなるものらしい。それはそうだろう、夜中に濃いサン・グラスを掛けていたり、覆面をしていたりすれば、悪事をたくらんでいるか、さもなければよほど悪びれている人間とみなされても仕方のないことだ。まして、全身をすっぽり隠してしまった箱男が、胡散臭がられたからといって文句を言えた義理ではないだろう。

それにしても、何を好きこのんで、そんな箱男をわざわざ志願したりする者がいるのだろうか。不審に思うかもしれないが、その動機たるや、呆れるくらい些細な場合が多いのだ。一見、動機にはなりそうにもない、ささやかな動機。たとえば、Aの場合などである。

新潮社、阿部公房『箱男』P14-16

そしてここから箱男の生態が語られていくのですが、この作品は単なる箱男の箱男による箱男の記録ではありません。唐突に突飛な人物達が現れ、さらには偽箱男も登場し、さらにはこの記録の執筆者もころころ入れ替わるという奇妙な展開へと進んでいきます。正直言って、パッと一読しても何が何だかさっぱりわかりません。

巻末の解説を読んでみると、この荒唐無稽な展開や執筆者の入れ替わりは阿部公房流の「文学への挑戦、問題提起」であるようなのですが、この解説自体も難解です。この本の表紙裏に「読者を幻惑する幾つものトリックを仕掛けながら記述されていく迷宮。衝撃的な反響を集めた問題作」と書かれていたのも頷けます。これは奇怪!

きっとこの『箱男』は合理的な理性で「こうだからこう」という世界を破壊する作品なのでしょう。そもそも箱男になるということは箱をかぶることで日常的な世界と断絶しながらも、そののぞき穴を通して世界を見るという特異な視点を持つことになります。この箱男という存在自体が私達の当たり前の世界認識を破壊する存在でもあるわけです。

そして不思議なことにこの作品を読んでいると、なぜか自分も箱をかぶってみたくなるのです・・・これは私もある意味異常ということでしょうか・・・?う~む、ですがなぜかふとかぶってみたくなるような、違う世界を見てみたい、自分が自分でなくなり、匿名の箱男になるという魅力はどうも抗いがたく感じてしまいます。まあ、もちろんこれから私が箱男になることはないでしょうが、次に大きな段ボールが家に届いた時にはほんの少しだけかぶってみたいと思います。

そしてこの『箱男』を読んでいてどうしても連想してしまうのが私の大好きなゲーム作品『メタルギアソリッド』の主人公スネークでした。なんと、スネークは段ボールに隠れて敵の目を欺くという得意技を持っているのです。そしてその段ボールへの愛はとどまることを知りません。下の映像でプリスキンと呼ばれている人物がスネークです。

段ボールへの愛を語ったスネークはもう傑作です。

「この箱を見ていたら無性に被りたくなったんだ。いや、被らなければならないという使命感を感じた、と言う方が正しいかもしれない。」

「ああ。そしてこうして被ってみると、これが妙に落ち着くんだ。うまく言い表せないが、いるべきところにいる安心感というか、人間はこうあるべきだという確信に満ちた安らぎのようなものを感じる。」

大塚さんの渋い声でまるで恍惚としているかのように大真面目に語られる段ボールへの愛!私はこの語りが好きで好きでたまりません。

そして調べてみると、なんとメタルギアシリーズの小島秀夫監督自身がこのスネークの段ボール愛は阿部公房のオマージュだったと述べていたのです。

なるほど、阿部公房のファンだった小島監督ならではのスネークだったのですね!これには驚きました。

私個人としても初めて読んだ阿部公房作品『箱男』が大好きなメタルギアシリーズと繋がっていたということでとても嬉しくなりました。

『箱男』は確かに難解な作品です。ですが、無理して理解する必要もない気がします。むしろ直感的、感覚的にこの奇怪なストーリーを楽しんでもいいのではないでしょうか。そしてわからないながらも何かが自分の中に芽生えてくる・・・。そうした不思議な読書を楽しむというのもなかなか乙なものです。

それにしても、箱をかぶるという行為がこんなにも魅惑的なものとは・・・・。

箱をかぶるというたったそれだけの行為で世界の見え方が変わってしまうかもしれない。これは危険な誘惑です。作中でも箱男はどこにでもいることが示唆されていましたが、何となくその意味もわかる気がします。

この作品はたしかに難解ではありますが、全く読めないということはありません。むしろ、文章自体は読みやすくすいすい進んでいけます。むしろ、この後どうなるんだと、どんどん小説世界にのめり込んでいってしまいます。ただ、そのストーリーがどんどん入り組み、何が何だかわからなくなっていくのです。ですがもう割り切って読み切ってしまいましょう!読む価値は間違いなくあります。

この作品には私達読者の想像力を刺激するような何かがあります。まあ、こうして記事を書き、さらにはいつか段ボールをかぶってみようと思ってしまっている時点でこの作品の異様な魔力の存在に皆さんもお気づきではないかと思います。

ぜひぜひおすすめしたい作品です。三島由紀夫を学ぶ流れで読んでみた作品でしたが、その作風の違いなども感じられてとても楽しい読書になりました。

以上、「阿部公房『箱男』あらすじと感想~箱をかぶればめくるめく世界?MGSの小島秀夫監督にも大きな影響!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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