トルストイ『復活』あらすじと感想~カチューシャ物語としても有名なトルストイ晩年の大作
トルストイ『復活』あらすじ解説と感想~カチューシャ物語としても有名なトルストイ晩年の大作
今回ご紹介するのは1899年にトルストイによって発表された『復活』です。私が読んだのは新潮社版、木村浩訳の『復活』です。
早速この本について見ていきましょう。
陪審員として裁判に出たネフリュードフ公爵は、出廷した女囚を見て胸が騒いだ。かつて自分が犯した娘力チューシャだったのである。堕落した生活の果てに無実の罪でシべリアへ送られようとしている女囚の姿に、自らの罪過の結果を見た公爵は、忽然として真の自己に目醒め、彼女をも自分をも救おうと決意する……。青年の日の乱脈な生活に深い改悟の気持をいだきつつ綴った晩年の長編。(上巻)
シべリアへの長い道のりを、ネフリュードフはひたすらカチューシャを追って進む。彼の奔走は効を奏し、判決取り消しの特赦が下りるが、カチューシャは囚人隊で知り合った政治犯シモンソンとともにさらに遠い旅を続ける決意を固めていた。一帝政ロシアにおける裁判、教会、行政などの不合理を大胆に摘発し、権カの非人間的行為へ激びを浴びせる人間トルストイの力作。(下巻)
新潮社、トルストイ、木村浩訳『復活』上下裏表紙より
この作品は富裕な貴族ネフリュードフ侯爵と、かつて彼が恋して捨てた小間使いの女性カチューシャをめぐる物語です。
この作品はロシアだけでなく世界中で大反響を巻き起こし、トルストイの名を不朽のものにしました。
この作品について巻末の解説では次のように述べられています。
明治以来ロシアの文学がこれほど読まれてきたわが国にあっても、およそトルストイの『復活』ほど一般大衆に広く親しまれてきた作品も少ないだろう。ロシアの文学にうとい日本人でも、例の〈カチューシャ、かわいや、別れの辛さ……〉という、かつて一世を風靡したあの流行歌なら一度や二度は耳にしたことがあるにちがいない。
いや、単にこの流行歌ばかりでなく、いわゆる〈カチューシャ物語〉としてさまざまに翻案上演されてきた芝居の与えた影響もまた計り知れないものがある。
もっとも〈カチューシャ物語〉というメロドラマ的なイメージから、逆にこの作品を敬遠してきた人びとも少なくないかもしれない。だが、『復活』という作品は、世にいわれているような単なる〈カチューシャ物語〉では決してない。それはこのロマンのひとつの側面といってもよいだろう。
もちろん、『アンナ・カレーニナ』を書いた文豪の麗筆は晩年になっても少しも衰えることなく、この作品を香気あふれるものにしている。
しかも作者はその恋物語を取りまく当時のロシア社会の種々相を徹底的に描きだして、文明批評家トルストイとしての発言をもふんだんに行なっているのである。いや、誤解を怖れずにいえぱ、この作品は現代のソルジェニーツィンがソビエトの現実を告発したあの『収容所群島』の先駆的な作品といっても過言ではないだろう。とにかく作者はこの作品のなかで当時の専制的警察国家ロシアの現実を余すところなく暴露し批判しているからである。
しかし、芸術家トルストイはその激しい体制批判の書を、ネフリュードフとカチューシャの恋物語を組みこむことによって、芸術的に昇華させることに成功したからこそ、この作品は世界文学のなかで今日もなお不滅の生命力をもつことができたのである。
新潮社、トルストイ、木村浩訳『復活 下』2011年第33刷版P485-686
※一部改行しました
「作者はその恋物語を取りまく当時のロシア社会の種々相を徹底的に描きだして、文明批評家トルストイとしての発言をもふんだんに行なっているのである。」
『復活』を読んでいると、たしかにここで述べられるように社会批判的なものがかなり見られます。
この作品はカチューシャが無罪にも関わらず、裁判システムの怠慢や欠陥によって有罪とされたところから動いていきます。主人公のネフリュードフはその裁判の陪審員として参加し、その誤審に深い自責の念を感じます。
そこからその裁判結果を覆すためにネフリュードフは奮闘するのでありますが、なかなかうまくいきません。
なぜうまくいかないかといえば、官僚的なロシアの行政システムは単なる利権システムと化し、機能不全に陥っていました。(ある意味、そのシステムを堅固に維持していたという意味では機能していたとも言えますが・・・)
主人公のネフリュードフも、元々はこうした社会体制に迎合していました。しかし、不幸なカチューシャを目の前にした彼は改心します。そしてそんな彼がカチューシャを救うために社会を新たに眺め直すと、目の前は不正義だらけだったことに気づくのです。そうしたネフリュードフの新鮮な目を通してトルストイは社会批判を繰り広げていきます。
トルストイはこの作品を発表するほぼ20年前から宗教的転機を迎え、トルストイ主義という宗教的信念が書かれた作品を出版してきました。
それらは当ブログでもこれまで紹介してきました。
トルストイはこれらの作品で徹底的に社会の不正を批判しています。特に『神の王国は汝らのなかにあり』では激烈な体制批判が繰り広げられ、皇帝アレクサンドル三世から激怒されるほどのものを出版していました。
上の解説で、「芸術家トルストイはその激しい体制批判の書を、ネフリュードフとカチューシャの恋物語を組みこむことによって、芸術的に昇華させることに成功したからこそ、この作品は世界文学のなかで今日もなお不滅の生命力をもつことができたのである。」と述べられていましたが、まさにトルストイがこれらの宗教的信念を物語を通して表現したのが『復活』だったのでした。
トルストイは『復活』が書かれる直前に発表した『芸術とは何か』という論文で次のように述べています。
現代における芸術の使命は―人々の幸福がその相互の結合にあるという真理を理性の分野から感情の分野に移し、現在支配している暴圧のかわりに、神の国、すなわち、われわれすべてに人間生活の最高目的と考えられている愛の国を建設することである。
あるいは将来においては科学は芸術のためにもっと新しい、高い理想を発見し、芸術はそれを実現するかも知れない、しかし、現代においては芸術の使命は明白であり不動である。キリスト教芸術の任務は―万人の同胞的結合を実現すること、すなわちこれである。
河出書房新社、中村融訳『トルストイ全集17 芸術論・教育論』1973年初版P136-137
トルストイにとって、よい芸術とは「宗教的であり、人間社会の道徳を高めるものでなければならない」ものにほかなりません。
トルストイはこの論文で芸術とはそもそも何なのか、そしてその役割は何なのかと徹底的に論じていくのでありますが、この論文のエッセンスの物語化が『復活』という作品で結実しているように私には感じられました。この論文について興味のある方はぜひ以下の記事「トルストイ『芸術とは何か』概要と感想~晩年のトルストイの考える「よい芸術」とは何だったのかを知るのにおすすめ」もご覧ください。
『復活』はとにかく宗教的で道徳的です。そして社会改良のための批判を徹底的に繰り返します。
そうした高潔な宗教的な信念が劇的な物語と絡み合いながら語られるところに『復活』の偉大さがあるように感じました。
さあ、この記事を持ちましてトルストイ作品の紹介を終了します。
かなりの数の作品を読んできましたが、正直かなり苦しい読書となりました。
というのも、文学界隈でよく言われることに「ドストエフスキーかトルストイか」という問題があります。
どちらかを好きになってしまったら、両方を好きになることはありえないということがこの問題に込められているのですが、まさにその通りであることを強く実感しました。
ドストエフスキーとトルストイではその思想も人生への考え方もまるで正反対です。
私はドストエフスキーのものの考え方や人生観にとても惹かれました。しかしそうなるとトルストイの人生観にはどうしても生理的についていけなくなってしまうのです。これは読んでびっくりでした。本当に無理なんです。
「両者のいいところをバランスよく取り込めばいいではないか」という折衷案すら許さない厳然たる溝があるのです。
私はトルストイを読み込んでいた時、特に宗教的著作に取り組んでいた時期にあまりに辛くて胸の辺りが痛くなってしまいました。おそらくストレスです。体調もかなり悪くなってしまいました。
トルストイは恐ろしいほど厳密にものごとを考えていくので、その圧にやられてしまったのだと思います。それにやはり、怒涛のように説教を繰り返すトルストイに耐えられず、身体がSOSを出していたのではないかと想像しています。トルストイの言うことを受け入れられない自分にはやはりきついものがありました。
まさに「ドストエフスキーかトルストイか」という問題を身体で体感したトルストイ体験になりました。
他にもトルストイに関して思うことは山ほどあるのですが、そのことについてはいつか機会があればお話しするかもしれません。
巨人トルストイはやはり巨人でした。いや、大巨人です。いや、怪物です。いや、・・・・
とにかくすさまじいスケールの人物としか言いようがありません。何もかも規格外。私生活も思想も作品も並のものさしで測れるような人物ではありません。こうした大人物と本を通して対話できたのは本当にありがたい経験となりました。身体に少なからぬダメージはありましたが悔いはありません。
トルストイはやはり苦手なことがわかりましたが、その分ドストエフスキーへの思いが深まったように感じます。やはり比べてみることは大事ですね。改めてそれぞれの特徴が見えてくるような日々でした。
以上、「トルストイ『復活』あらすじと感想~カチューシャ物語としても有名なトルストイ晩年の大作」でした。
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