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ドストエフスキー『賭博者』あらすじと感想~ギャンブル中毒の心理を実体験からリアルに描写 

賭博者
目次

ギャンブル中毒の心理をリアルに描写 ドストエフスキー『賭博者』あらすじ

フョードル・ドストエフスキー(1821-1881)Wikipediaより

『賭博者』は1866年に発表された長編小説です。

私が読んだのは新潮社出版の原卓也訳の『賭博者』です。

早速裏表紙のあらすじを見ていきましょう。

19歳年下の女性・アポリナーリヤとの被虐的な旅、
その最中、文豪は狂ったように賭博に興じた。実話をベースに生まれた作品。


ドイツの観光地に滞在する将軍家の家庭教師アレクセイは、ルーレットの魅力にとりつかれ、女性たちに翻弄されて、やがて破滅への道を歩んでいく――。ドストエフスキーは、本書に描かれたのとほぼ同一の体験をしており、己れ自身の経験に裏打ちされた叙述は、賭博という行為を通じて人間の深層心理を鋭く照射していく。ドストエフスキーの全著作の中でも特異な位置を占める作品になっている。

本文より
玉が溝にとびこんだ。
「ゼロ!」ディーラーが叫んだ。
「どうだえ!!!」狂ったような勝ち誇った様子で、お祖母さんはわたしをふり返った。
わたし自身、賭博狂だった。まさにこの瞬間、わたしはそのことを感じた。手足がふるえ、頭ががんとなった。もちろん、十回かそこらのうちにゼロが三度出るなどというのは、めったにないケースである。しかし、この場合、特におどろくほどのことは何もないのだ……。(第十章)

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この作品はドイツの保養地を舞台に、家庭教師の青年と将軍家の令嬢との病的な恋やギャンブルにのめり込む人間の心理をリアルに描いた物語です。

あらすじにもありますように、この作品はドストエフスキーが実際に体験した出来事が色濃く反映されています。

まず、ドストエフスキーは重度のギャンブル中毒でした。

学生の頃からドストエフスキーはちょっとした賭け事を好み、彼の金銭感覚はかなり頼りないものでしたが、1862年の初のヨーロッパ旅行の時に彼はカジノで大勝しています。

それで味を占めたのか、翌年の2度目のヨーロッパ旅行に出発してすぐにカジノに行き、その時に有り金すべてをすってしまうのです。ここから彼の強烈なギャンブル中毒が露骨に現れてきます。

また、その時の旅ではアポリナーリヤ・スースロワという女性とパリで落ち合う約束をしていましたが、カジノに行ってしまったせいで到着が遅れ彼女の機嫌を損ねひどい扱いを受けてしまいます。

完全にドストエフスキーの自業自得ですが、このアポリナーリヤ・スースロワという女性もなかなか強烈な女性でした。

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この女性については上の『スースロワの日記―ドストエフスキーの恋人』という本に詳しく書かれているのですが、ドストエフスキーは妹への手紙でこう話しています。

「アポリナーリヤは―大変なエゴイストです。彼女のエゴイズムと自尊心は、度はずれです。彼女は人々にすべて、、、を、あらゆる完璧さを要求し、ただ一つの不完全さをも、ほかのよい点に免じて赦したりせず、そのくせ、自分は他人に対する微々たる義務さえも逃げようとするのです……」

そんなに言うなら好きにならなきゃいいのにと思ってしまいますが、きっとそれが宿命の恋というものなのでしょうか。ドストエフスキーは彼女に夢中になり、その彼女への気の狂うほどの恋と、彼女のつれない仕打ちに絶望的に苦しみます。

この、身を焼き尽くす恋とギャンブルに狂っていく精神をこの作品では異様な迫力をもって描いています。

ですが「あれ?ドストエフスキーって結婚してなかったっけ?なんでスースロワに恋してるの?」と思われた方もおられるかもしれません。

そうなのです。実は彼女との恋愛は、妻に隠していたものだったのです。

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こちらの年表にありますようにドストエフスキーは1857年に未亡人マリヤと激しい恋の末結婚しています。

しかしマリヤは肺病を病み、しかも異常なほどの神経症的な性格を持っていました。ヒステリックな彼女とドストエフスキーの関係は次第に悪化していくことになります。

1863年にはマリヤの肺病は悪化し、神経症的な性格もますます強まり、ドストエフスキーはそんな彼女から逃れるようにヨーロッパに向かって行ったのです。

そして若くて才気煥発なスースロワと激しい恋に陥ってしまうのです。

しかしスースロワとの恋は悲惨な結末に終わりドストエフスキーは強いショックを受けます。

さらに帰国して家に着くと、妻のマリヤの病状はさらに悪化し、もはや回復の見込みのないほどでした。

若い女と逃避行している最中に、妻はこんな苦しみを味わっていた・・・さすがのドストエフスキーもこれには強いショックを受けたようです。

そして妻マリヤは翌1864年4月に息を引き取ります。

こうした辛い体験がドストエフスキーの脳裏には常にあったのでしょう。1866年に書かれた『賭博者』はそうしたドストエフスキーの実体験が色濃く反映された作品となっています。

感想

この作品では美しいが高慢な女性に対する狂気ともいえる恋と、ギャンブルにのめり込む人間心理が描かれています。

その中でも将軍家の大金持ちのおばあさんがギャンブルにはまっていき財産をほとんど失ってしまう有り様や、主人公が異常なツキの下勝ちまくり、圧倒的な興奮で精神がおかしくなる過程は特に印象に残るシーンです。

なぜ人間はギャンブルにはまってしまうのか、そしてギャンブルにはまった人間の心理は一体どのようなものなのか。それをこの作品で知ることができます。この作品はなかなかにえげつないです。

また、この作品の執筆がきっかけとなってドストエフスキーはアンナ・グリゴリーエウナと知り合い、後に結婚することになります。

ちなみにアンナ夫人に対してはドストエフスキーは一切浮気もせず、生涯妻を溺愛していました。晩年になってもドストエフスキーは読んでるこっちが恥ずかしくなるほど奥様に対して愛の言葉を書き連ねています。

アンナ夫人の人徳によるものやドストエフスキーとの相性などの問題もあったでしょうが、妻マリヤを喪ったショックや後悔は彼の中に強い影響をもたらしたのではないでしょうか。

彼女との出会いのエピソードやこの作品が書かれた背景も非常に面白いです。長くなってしまいますのでここではお話しできませんが、興味のある方はぜひこちらのアンナ・ドストエフスカヤ著『回想のドストエフスキー』を読んで頂ければと思います。

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また、ドストエフスキーのギャンブル中毒が本格的に猛威を振るうのは実はこの小説が書かれたさらに後、新妻アンナとヨーロッパ外遊に出た時で、『賭博者』よりもさらにひどい状況に落ち込むことになります。

その時の様子は様々なドストエフスキー伝記にも書かれていますが、こちらの『ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』に最も詳しく書かれています。

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奥様による日記ですので、「今日も夫はいくらすった。もうお金がない。質に入れなければ。」などの当時の生活の様子が生々しく記録されています。

これはあまりに壮絶です。これだけ読んだらドストエフスキーは本当に最低な男です。よく奥様はこんな夫を支え切ったなと驚愕するしかありません。

ドストエフスキーは後にギャンブル中毒も克服し、家庭には子供も生まれ平穏な生活を送ることができました。

そうした幸せな結末を知っているからこそこの頃の狂ったドストエフスキーの所業をなんとか見ていることもできますが、やはりなかなかの狂いっぷりです。

そういう、「狂気の人間ドストエフスキー」を知れるという意味でもこの日記は非常に興味深いです。

『賭博者』とセットで読めばよりドストエフスキーの描くギャンブル中毒について知ることができます。

共におすすめな作品です。

以上、「ドストエフスキー『賭博者』あらすじと感想~ギャンブル中毒の心理を実体験からリアルに描写」でした。

※2024年1月19日追記

2022年11月から12月にかけて私はヨーロッパのドストエフスキーゆかりの地を巡る旅に出ました。

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『賭博者』では自身のギャンブル中毒の実体験が綴られていますが、ドストエフスキーはアンナ夫人との結婚後もギャンブル中毒に苦しみ続けます。その最大の地獄がドイツの保養地バーデン・バーデンでした。

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私もドストエフスキー夫妻が地獄の日々を過ごしたバーデン・バーデンに行って参りました。するとどうでしょう!この地はものすごく居心地がよく私も大好きになってしまったのでした。やはりここを地獄のような場所に変えてしまうドストエフスキーの極端さには驚くしかありません。

また、このバーデン・バーデンにはドストエフスキーの彫刻があり、これが実に素晴らしいのです!この記事ではそんなバーデン・バーデンについてお話ししていきますのでぜひご参照ください。

そして最後にもう一点。

実はドストエフスキーは後にギャンブル中毒を克服しています。このことについても以下の記事でお話ししておりますのでぜひ読んで頂ければと思います。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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