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ゴーゴリ『死せる魂』あらすじと感想~ロシア文学史上最高峰との呼び声高い作品

死せる魂
目次

ゴーゴリ『死せる魂』あらすじ解説―ロシア文学史上最高峰との呼び声高い傑作

ニコライ・ゴーゴリ(1809-1852)Wikipediaより

『死せる魂』は1842年に発表されたゴーゴリの代表作たる長編小説です。

私が読んだのは河出書房新社、中村融訳の『ゴーゴリ全集5 死せる魂第一部』です。

『死せる魂』は第一部、第二部と二つがあるのですが、第二部はゴーゴリが精神的な危機に陥り、さらには未完のまま命を終えてしまったので『死せる魂』という作品は一般にはこの第一部のことのみを指していいます。

早速あらすじを見ていきましょう。

農奴制度下の帝政ロシヤにあっては、地主はもちろん農奴を抱えていたわけで、その農奴に対しては地主に人頭税がかけられていた。そしてそのための農奴戸籍調査は七年から十年ごとに行なわれていたのである。

したがって例えば病死とか、逃亡とかの理由で実際には地主のもとにいなくなった農奴も戸籍簿の上では次の調査までは生きているものとされているわけで、しかももちろん農奴は売買がゆるされているのだ。

そこでここに眼をつけた狡猾な本編の主人公チーチコフはそのような「戸籍面だけで存在している農奴」を方々の地主からただ同様に譲り受け、名義上は大ぜいの農奴を抱えた地主になりすまし、登記したその農奴(もちろん実在しない)を担保に銀行から大金を借り出してやろう、ともくろむのである。

地主側にしてみれば、今まで払っていた税金の負担はなくなるし、登記料は先方持ちだし、おまけにいくらかの金までつけてくれて引きとろう、というのだから、半信半疑のうちにもこれはわるくない話だと考えるのは当然だった。

こうして以上のような下心のある主人公チーチコフは、疫病や災害、飢饉などが発生してなるべく多くの農奴が死亡・逃亡したような地方をねらって、ロシヤじゅうにその買い集めに出かけるのである。

作品の筋立ては要するにそれだけのことで、作者のねらいは、こうして遍歴に出かけた主人公がどんな地主たちに出会い、どのような交渉を行なって買収工作をすすめてゆくかを克明に描き出すことにあったのである。そして読者も作者につれられて、いろいろなタイプのロシヤ地主たちやその生活ぶりを見せられることになる。
※一部改行しました

河出書房新社、中村融訳『ゴーゴリ全集5 死せる魂第一部』P395

死せる魂とは戸籍上のみ存在する農奴のことでした。

しかしゴーゴリが真にこの作品で描きたかったのは主人公チーチコフが出会う地主たちの生態でした。

甘ったるいお人好しの感傷家で、およそ現実ばなれした夢想の中に生きているマニーロフとか、愚痴っぼく、迷信ぶかく、けちで、意地っぱりな女地主コローボチカとか、カルタ・馬・犬・馬車となんでも賭けの対象にしてしまうがさつな乱暴者ノズドリョフとか、道ばたに落ちている釘一本、ぼろきれ一枚も見のがさず、その通ったあとはなめたようにきれいになるという吝嗇の権化のようなプリューシキンとか、熊のように鈍重・粗暴で、大食漢で、しかも毒舌家のソバケーヴィチとか……。

これらの地主たちがチーチコフとの農奴譲渡の交渉でそれぞれの性格をあさましいまでに思いきりむき出しにして応対する場面は読者が随所に見られるとおりであるが、これを一括して言うならば、そこに鮮やかに浮彫りにされたものは―およそ理性とか分別とかいう知性の光などは薬にしたくもない、文字どおり闇のロシヤにうごめくおそろしいまでに非人間的な地主たちの醜悪な生態であり、農奴制度下であらゆる人間性を喪失した「死せる魂」なのである。

理知の閃きが全くさえぎられ、人間らしい「魂」を失って、本能だけをむき出しにしたまま、堕ちられるかぎり堕ちた彼らの姿―それが前にも述べたように、作者の描き出した対象であり、彼にこのテーマを譲ったプーシキンもよもや作者がここまで祖国ロシヤの暗黒面を摘発しようとは思ってもみなかったに相違ない。

河出書房新社、中村融訳『ゴーゴリ全集5 死せる魂第一部』P396

死せる魂は存在しない農奴であると同時にロシアの闇とも言える堕落しきった人間たちのことでもあったのです。

そして上の解説の最後にありましたように、この作品は実はあのプーシキンがゴーゴリにテーマを譲った作品でもあったのです。そのいきさつをご紹介します。

ゴーゴリがプーシキンに個人的な近づきを得たのは一八三一年のことで、当時二十二歳だった彼は以来ずっとこの先輩に師事していた。

その心酔・傾倒ぶりは翌一八三二年に書かれ、この全集にも収録されている好論文『プーシキンについて数言』の中にはっきりうかがわれるが、プーシキンの方でもべリンスキイに劣らずゴーゴリの才能を以前から高く評価し、大作を書け書けとすすめていた。

「人心を洞察し、わずかの特徴で人物の全貌を突如として生けるがごとく示し得るこのような才能をもちながら、大作にとりかからないなんて、そんな罰あたりがあるものですか!」と彼に向かって言っていたという(ゴーゴリ『作者の告白』)。

そしてベリンスキイの『ゴーゴリ氏のロシヤ小説』なる論文が一八三五年の「テレスコープ」誌九月号に載った直後、それまで誰にも与えようとせずに自作のために秘蔵していた作品の主題をゴーゴリに譲ってくれた。それが『死せる魂』のテーマだった。
※一部改行しました

河出書房新社、中村融訳『ゴーゴリ全集5 死せる魂第一部』P389

ゴーゴリはプーシキンに直接師事していました。ここにプーシキン―ゴーゴリというロシア文学の流れを作った偉大な関係があったのです。

そんな尊敬する師プーシキンから譲ってもらったテーマをゴーゴリは発展させていきます。

訳者の中村融はこの作品を以下のように激賞しています。

今日では多少ともロシヤ文学に親しんだ人なら、ゴーゴリといえばすぐにこの『死せる魂』を連想する。それほどこの作品はゴーゴリの全著作の中で重要な地位を占めるものであり、彼の手法上の大きな特徴―形象に対する異常なまでの造型性と鮮明さ―は実にこの『死せる魂』においてその極限に達していると言えよう。

またこの作品の中に示された作者の並みはずれた想像力は(これが前記のように外国滞在中に書かれたことを想起していただきたい)おそらくあらゆるロシヤ文学作品の中で最も卓越したものだと言っても過言ではないであろう。(中略)

まことに写実主義なる言葉はロシヤ文学にあってはゴーゴリのこの『死せる魂』においてこそその最もすぐれた典型を見出したものと言うべく、彼が近代ロシヤにおけるリアリズム文学の鼻祖と称せられているのも、また彼の活躍した十九世紀四〇年代が文学史上で「ゴーゴリ時代」と呼ばれているのもきわめて当然と言わなければならない。

河出書房新社、中村融訳『ゴーゴリ全集5 死せる魂第一部』P396-397

『死せる魂』はそれほどロシア文学界において巨大な存在だったのです。

ドストエフスキーもこの作品を非常に好んでいたとされています。

ロシアの現実をリアルに描写する。

後のロシア人作家たちの共通のテーマがこの作品によって明確に示されることになったのでした。

以上、「ゴーゴリ『死せる魂』のあらすじと感想~ロシア文学史上最高峰との呼び声高い作品」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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