(42)コゼットは醜いのか、美しいのか?~修道院長の意味深な言葉について

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(42)コゼットは醜いのか、美しいのか?~修道院長の意味深な言葉について
『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第八章 墓地は与えられたものを受取る ⑸
「(39)棺桶に入って脱出!? ミュージカルでは描かれないジャン・ヴァルジャンの奇策」の記事でお話ししましたように、フォーシュルヴァンの機転によってジャン・ヴァルジャンは正式に修道院に滞在する許可を得ていました。そして最大の難関であった修道院からの脱出にも成功しこれで晴れて修道院に入ることができます。
こうしてジャンヴァルジャンはフォーシュルヴァンの弟ユルティームとして庭番の助手に、コゼットはその娘として寄宿舎に入ることになったのでありました。
そして彼らは修道院長と面会するのでありますが、ここでコゼットに対する興味深い言葉が語られます。
「この子はみにくい子になるでしょう」
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P489
何とも失礼極まりない言葉でありますが、実はこれこそこの修道院にとって大事なことだったのです。
と言いますのも、この修道院の寄宿舎に入るにはいくつか採用基準があったのですが、そのひとつがこのみにくさだったのです。
採用許可を決めた最大の原因は、院長がコゼット「この子はみにくい女になるでしょう」という観察をくだしたことだった。院長はこの予想を口にしてから、急にコゼットが好きになって、給費主として、寄宿舎に入れた。
それはきわめて理の当然というほかはない。修道院には鏡がなくても、女たちは自分の容貌を気にすることには変りはない。ところで、自分をきれいだと思っている娘は、すぐ修道女になりはしない。この天職は美と反比例する場合が多いから、美しい娘よりみにくい娘の方が期待される。そこで、みにくい娘がずっと好まれるようになる。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P489-490
なるほど、たしかにこれはわかるような気がします。
とはいえ、コゼットは本当に醜い少女だったのでしょうか。
「レミゼといえばこれ!」というくらい有名な絵でありますが、この絵で見る以上、どう見てもかわいい少女です。醜いとは言えないように思えます。
ミュージカル映画版のコゼットもまさに美少女です。
そして成長した彼女は堅物マリユスが一目惚れするほどの美女となっていきました。
原作でも後に彼女がラファエロの聖母マリアのような美しさであると語られている以上、この修道院長の「この子はみにくい女になるでしょう」という評価はどう考えても的外れとしか言いようがありません。
これもユゴー得意の「たまたま」なのでしょうか。つまり、修道院長の目がたまたま節穴だったということなのでしょうか。
いや、実はそうとも言えないのです。
そのヒントとなる描写がこの後に書かれていましたのでそれをまず読んでみましょう。
定刻になると彼女は小屋に駆けて来た。彼女があばら家に入ると、そこは楽園になった。ジャン・ヴァルジャンも晴れやかになり、コゼットに与える幸福で、自分の幸福も大きくなるのを感じた。他人に与える喜びは、すべての反射のように弱まるどころか、さらに一層輝いて戻ってくるという美しい点がある。休み時間に、ジャン・ヴァジャンはコゼットが遊んだり、駆けたりするのを遠くからながめた。そしてほかの子の笑い声の中から、彼女の笑い声を聞きわけた。
今ではコゼットも笑うようになったからである。
そのため、コゼットは顔だちまでもがいくらか変った。暗さがなくなったのである。災いは太陽であり、人の顔から冬を追いのける。
コゼットは今でもきれいではなかったが、とても可愛らしくなった。子供っぽい優しい声で、もっともらしい口をきいていた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P495-496
こうしてコゼットは修道院の寄宿舎で新たな生活を始めることになりましたが、そこでの日々はこれまでとは全く異なるものでありました。
まず、恐ろしいテナルディエ夫妻がいません。彼女はもう、虐待されることがなくなりました。
そしてジャン・ヴァルジャンとの生活が彼女の心を次第に温め、ついには笑うようになったというのです。その結果彼女の顔つきまで変わってきたのでありました。
つまり、修道院長と面会した頃にはまだテナルディエの宿屋にいた頃の地獄がまだ彼女の顔にこびりついていたということなのではないでしょうか。その地獄の残滓を見て、修道院長は「みにくさ」を感じたのかもしれません。
たしかに、第一部ではコゼットが次のように描写されています。
あの母親が、三年目の今、モンフェルメイユに戻ってきても、わが子の見わけがつかなかったろう。この家に来たときは、あんなに可愛らしくて、みずみずしかったコゼットは、今では痩せて青ざめていた。どことなくおどおどした態度だった。「陰険な子だ!」とテナルディエ夫婦は言っていた。
不正は彼女をひねくれ者にし、悲惨は彼女をみにくくしてしまった。彼女に残っているのは美しい目だけだが、それは大きいために、そこにいっそう悲しみがたくさんあるような気がして、不憫に思われた。
八歳にもならない、この哀れな子供を見るのは痛ましかった。穴のあいた古いぼろを着てふるえながら、赤くなった小さな手に大きな箒を持って、大きな目に涙をためて、日の出る前に店先を掃いていた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P297
「不正は彼女をひねくれ者にし、悲惨は彼女をみにくくしてしまった」
なるほど、修道院長はこれをコゼットに見たのでしょう。いくらテナルディエの宿から離れたとしても、彼女にはまだその傷が深々と刻まれていたのです。ゴルボー屋敷でジャン・ヴァルジャンと過ごした日々は彼女にとっても新鮮で幸せなものだったでしょうが、いかんせんまだ時間と環境が足りていませんでした。まして院長との面接は、ゴルボー屋敷から突然退去し、何者かに追われるという恐怖体験をした直後であります。その恐怖が彼女のトラウマを呼び戻し、それが顔に出ていたとしてもおかしくないでしょう。
そう考えると修道院長の見立ては宗教者らしい実に的確なものであったと言えることでしょう。院長は精神の傷跡をコゼットに見たのです。だからこそ「この子はみにくい子になるでしょう」という言葉が出てきたのではないでしょうか。
しかし、幸いなことにその見立ては外れることになりました。元々可愛らしい少女であったコゼットがこの修道院で笑顔を取り戻し、少しずつその傷を癒していったのです。
そしてそれを幸福そうに眺めるジャン・ヴァルジャン。
彼にとってここでの日々はまさに幸福な浄化そのものであったことでしょう。
そして実はジャン・ヴァルジャンもここに来たことでコゼットと同じく大きな変化を遂げていたのでありました。
第二部のラストはこのジャン・ヴァルジャンの変化で締めくくられます。私達もそれを見届けて第三部へと向かっていくことにしましょう。
続く
レミゼのおすすめ参考書一覧、解説記事一覧はこちら
「『レ・ミゼラブル』おすすめ解説本一覧~レミゼをもっと楽しみたい方へ」
「『レ・ミゼラブル』解説記事一覧~キャラクターや時代背景などレミゼをもっと知りたい方へおすすめ!」
「フランス革命やナポレオンを学ぶのにおすすめの参考書一覧~レミゼの時代背景やフランス史を知るためにも」
前の記事はこちら

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」目次と記事一覧ページはこちら
ミュージカルをもっと楽しむためにもおすすめです!

関連記事



