(37)なぜユゴーは修道院をめぐって80ページも語るのか~ジャン・ヴァルジャンが逃げ込んだプチ・ピクピュス修道院

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(37)なぜユゴーは修道院をめぐって80ページも語るのか~ジャン・ヴァルジャンが逃げ込んだプチ・ピクピュス修道院
『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第六章 プチ・ピクピュス
この章では、彼が逃げ込んだ謎の建物の種明かしがされていきます。
ここはプチ・ピクピュス修道院という男子禁制の女子修道院でありました。もちろんこれはユゴーの創作による架空の修道院ですが、この修道院を描写するにあたり、彼は愛人のビヤール夫人やジュリエットから多くの情報を得ていたそうです。
いきなり愛人という単語が出てきて驚いたかもしれませんが、ユゴーには愛人が何人もいたのです。一度はその不倫中に警察に踏み込まれ、とんだ大恥をかいたこともあります。そして上に出てきたジュリエットは妻公認の愛人で、亡命中も彼に帯同しているほどでありました。
現代の日本人の感覚ではこうした愛人関係というのは炎上案件でありますが、当時ではよくあることでした。もちろん、大っぴらにそれをすることは非難されますが、今とは時代が違うというのは私達も注意したい所です。
それに、そもそもユゴーは聖人君子ではありません。品行方正、穏やかな好人物を「良い人間」というならばユゴーは決してそうではありませんでした。やはり彼は王様であり、カリスマであったのです。「我こそユゴーなり」を地で行く存在であったのです。つまり、彼中心に世界は動いていたのでありました。
現代的なコンプライアンスなど全く当てはまりません。常識的な尺度で測れないのがこの時代のカリスマたちです。それはバルザックもそうでしたし、トルストイやドストエフスキーもまさに桁はずれのスケールの生涯を生きた人たちでした。
思うに、このコンプラコンプラの世界ではもはやこのようなカリスマはなかなか生まれえないのではないかと思います。枠にはまった人間が量産される時代。それが私たちの時代なのだと思えてなりません。
さて、話は反れてしまいましたが、愛人2人が女子修道院出身だったということでそこから情報を得てユゴーは詳細にこの修道院を解説しています。
驚くべきことにユゴーはこの第六章と次の第七章をまるっと使って解説をしていきます。これはなんとおよそ80ページにもなります。第一部のミリエル司教や、第二部冒頭のワーテルローも本筋とは異なる長話がされていましたが、ユゴーはここでもそれをぶちこんできたのです。これは厳しい!そして何より、大胆過ぎます。このタイミングで物語を中断してまでこれをやるべきだったのかと思わずにはいれませんが、ユゴーからすれば絶対に必要だったのでしょう。
ユゴーはまずこのプチ・ピクピュス修道院を解説するためにパリの修道院制度そのものの解説をし始め、ここで行われている祈りの方法などを詳しく語っていきます。
ジャン・ヴァルジャンが見た真夜中の不気味な修道女たちの姿の意味もここで明かされます。彼女たちは地上で行われる全ての罪の償いとして、12時間ぶっ通しで石の上に跪き祈り続けます。これは大変な苦行でした。プチ・ピクピュス修道院は特に厳格な修道院で、生活のありとあらゆる面でこうした厳しい掟が順守されていたのでありました。
そしてこの修道院に付属した寄宿舎についても語られます。当時のフランスでは思春期の少女たちを女子修道院に入れて、男子から遠ざけるという習慣がありました。こうすることで結婚前の貞操を守り、淑女としての教養を身につけようと考えていたのです。それがどれだけ機能していたかはユゴーの愛人2人の存在を思い返して頂ければ十分かと思います。とはいえ、上流階級の親たちからすれば、とにもかくにも不安定な思春期に男から隔離して育てたいというニーズがかなりあったというのは間違いありません。
こうしてこの後も「そこまで話す必要ある?」とこちらが思ってしまうほど修道院の些細な生活や、歴史的考察がなされていきます。そして「う~ん、これはさすがにどうなのだろう?」と不安になり始めた頃、次の第七章の冒頭でユゴーはこんなことを言うのです。
この書物は一つのドラマであり、無限を主人公としている。
人間は端役である。
そこで、途中に修道院があったので、そこへ入らなければならなかった。なぜか?修道院は東洋にも西洋にも、古代にも近代にも、異教にも、仏教にも、回教にも、キリスト教にも、すべてにあてはまるもので、人間が無限なものにあてたレンズの一種だからである。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P381
「この書物は一つのドラマであり、無限を主人公としている」
いかにもユゴーらしい壮大な宣言です。
つまり、ユゴーはこの作品で世界そのものを描こうというのです。彼が見る世界をこの書物に詰め込み、世界はどのようなものかを言葉で表現する。それが彼の目的なのです。だからこそ修道院の歴史も詳しく語らずにはいられないのです。
まさに「我こそユゴーなり」です。「私の声を聞け!」と言わんばかりの世界観の表明です。これはものすごい圧です。よほど自分に自信がなければこれほどの表明はできません。こういうところも彼がカリスマたる所以だと思うのです。この時代の世界文学の傑作というのは多かれ少なかれこういう面があります。トルストイの『戦争と平和』もまさにそうです。トルストイはこの作品を通して「私の思う世界とは何か」をこれでもかと主張しています。
そしてここから先、ユゴーは自身の理論をこれでもかと展開していきます。
・修道院は現代(19世紀)において有用か?
・宗教は過去は役に立ったが、現代においては時代遅れの迷信ではないか
・祈りとは何なのか。何のために行い、何の意味があるのか
・ニヒリズムに価値はない
・私はたくさんの宗教に反対するが、真の宗教には賛成する
ここに挙げたのはその一部になりますが、現代を生きる私達にとってはなかなか厳しい内容であると思います。レミゼの物語そのものを追いたい方にとってはやはりここは入り込みすぎず、流し読みでもよいかと思います。ユゴーの思想を詳しく知りたい方にとってはここは重要かもしれませんが、それはかなりマニアックな問題であり、専門的な内容でありましょう。
ただ、この第七章でユゴーは基本的に教会は時代遅れで無用な存在だと批判しているのでありますが、それでもなお第六章で詳しくプチ・ピクピュス修道院について語ったのは、「この修道院が例外的だからだ」ともここで語っています。
つまり、ジャン・ヴァルジャンが逃げ込んだこの修道院は19世紀においても意義深い特殊な修道院だったということです。ここでは本物の祈りが行われており、そこに厳粛なものが確かにあったのです。
実際、ジャン・ヴァルジャンとコゼットはここからこの修道院で暮らすことになるのですが、ここで彼らは大いに浄化されていくことになります。ここには彼らの精神に大きな影響を及ぼす神聖さや厳粛さがあったのです。だからこそユゴーは物語を中断してまで長話を続けたのです。やはりユゴーにとってこの長話は必要不可欠だったと言えるのではないでしょうか。
当時のフランスの宗教事情から遠い我々現代日本人には読むのに骨が折れる章ではありますが、ここは我慢して進んでいきましょう。
そして次の章からの話はミュージカルでも語られない原作のみのエピソードになっていきます。あのフォーシュルヴァン爺さんの大活躍やジャン・ヴァルジャン仮死事件など見どころ満載となっています。第二部のラストも最後まで面白さが爆発しています。
続く
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