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(19)大乗経典の誕生~日本にも伝わった大乗仏教とはそもそも何なのか

霊鷲山
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『シン日本仏教史』(19)大乗経典の誕生~日本にも伝わった大乗仏教とはそもそも何なのか

大乗仏教という名称自体は皆さんもよく耳にすると思います。私達日本人が信仰している仏教は基本的にこの大乗仏教になります。ただ、この大乗仏教とは何ぞやという話を始めると分厚い本一冊があっという間に出来上がるほどなので、今回の記事では極ざっくりとお話ししていきたいと思います。

まず大事なことは、『般若経』や『法華経』、『阿弥陀経』など私達の信仰する大乗仏教のお経たちが紀元1世紀頃に徐々に生まれ始めたということです。

『般若経』は有名な『般若心経』のベースになる思想が書かれた経典です。『法華経』は天台宗や日蓮宗で特に重んじられるお経ですし、『阿弥陀経』は「南無阿弥陀仏」を称える浄土宗や浄土真宗で特に大切にされているお経です。

このように日本仏教にも巨大な影響を与えるお経の源流がインドで1世紀頃から徐々に作られていくことになります。

そしてこれら大乗経典は従来の仏教とはかなり毛色が違います。

従来のお経はブッダが直接語ったであろう説法を編纂したものでありました。そのため、言葉自体はかなりシンプルで短く、「修行者は〇〇をすべし」というような言葉の羅列でありました。もちろん、ブッダの死後から500年近く経っていますし、経典の注釈という形で無数の論書や哲学体系が生まれていましたが、「お経」という形はあくまでブッダの直説(とされるもの)がベースとなっています。

それに対し、大乗経典は長大な物語に仮託して教えが語られるという特徴があります。『法華経』もまさに壮大なストーリーが語られますし、『阿弥陀経』もお浄土の姿が文学的に描写されています。

つまり、大乗経典は人の心に響く物語によってブッダの教えを伝えようとした経典群なのです。

ですが、そう言ってしまうと次のような疑問が浮かんでくるかもしれません。

「ブッダが直接語った言葉でもなく、そもそも後から作られたものならばもはや仏教ではないのでは?」

たしかにそれも一理あります。大乗経典はブッダが直接語ったものではありません。

ですがここで重要な点を確認します。

そもそも仏教とは何なのでしょう。

この問いをどう捉えるかによって大乗仏教が仏教か否かが決まってくるのです。

仏教を「ブッダが直接説いた教えを守る宗教」と捉えるならば大乗は仏教ではありません。

ですが、仏教を「ブッダが悟った真理が説かれた教え」と捉えるとしたらどうでしょう。これが大乗仏教を生み出した僧侶の立場になります。ブッダは長い修行と瞑想の結果、世界の真理を悟りました。そしてそれを説法を通して人々に伝えました。

ブッダは悟りの境地を伝えるために教えを説いたのでありますが、ブッダ自身、その教えを川を渡るための筏であると述べています。川を渡るためには筏が必要ですが、渡り切ってしまえば筏はもう必要ありません。大事なことは川を渡ることであり、その筏に執着することではありません。これが仏教における「教え(言葉)」の捉え方です。

ブッダは教えや言葉を絶対視しません。有名な「月を指す指のたとえ」もこれを示しています。月を指す指の方をありがたがっても仕方がないのです。大事なのは悟りの内容です。その手段である言葉ではありません。

こういうわけで仏教においてはブッダ直説のお経を大事にしつつも、その本質は一体何なのかという不断の問いかけも内包しているのです。大乗経典もまさにこうした「ブッダの教えの本質とは何か」という問いかけからスタートしています。

そしてそれら大乗経典を生み出したのは瞑想修行の達人たちではないかとされています。まさに、ブッダが導いてくれた悟りの境地とはいかなるものかを体験した人々です。その彼らが物語に託して語ったのが大乗経典ということになります。

つまり、大乗仏教とは当時のインド仏教における宗教体験の物語ということができましょう。

これが極々ざっくりとした大乗経典誕生の流れになります。

学術的に詳しく見ていくならばこの大乗仏教誕生の流れは非常に複雑な問題があります。実は大乗仏教がいつどこで誰によって始められたかは今も正確にはわかっていないのです。ですが、ここでお話しした内容は大乗仏教とは何かを考える上で非常に重要なポイントになります。

そして次の記事ではこうした物語的なお経が生まれてくる背景となったある興味深い現象についてお話ししていきます。

続く

この記事で特に参考にした書籍はこちら
奈良康明『仏教史Ⅰ』山川出版社
『シリーズ大乗仏教 第五巻 仏と浄土—大乗仏典Ⅱ』春秋社

主要参考文献一覧

〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧

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霊鷲山

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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