(17)仏教芸術の始まり~サーンチーのストゥーパを参考に

『シン日本仏教史』(17)仏教芸術の始まり~サーンチーのストゥーパを参考に
ブッダ滅後しばらくは仏教美術というものはなかなか発展しなかったようですが、紀元前2世紀頃より大掛かりな美術作品を伴ったストゥーパ(仏舎利塔)が作られるようになっていきました。
その代表がサーンチーの大ストゥーパになります。紀元前2世紀に全てが作られたわけではありませんが、芸術的な作品が、しかもかなりの高水準の芸術が表現され始めたというのは重要なポイントです。

私も現地でこのストゥーパを見たのですが、予想外の巨大さにそれはそれはもう驚きました。まさかこんなに大きなものだったとは!
参考書などでもサーンチーの写真は見てはいたのですが、それらの本ではだいたい小さなサイズでの掲載がほとんどだったのです。私はその小さな写真のイメージでサーンチーを想像していたのです。
正面の鳥居のような塔門(トーラナ)の巨大さにも驚きましたが、私はこの饅頭型のストゥーパを囲む欄楯(石垣)の存在感に打たれました。目の前にいる人達と比べてみればその大きさも伝わると思います。円柱状の岩がストゥーパを中心にぐるっと円を描いているかのようで、ダイナミックな迫力を感じます。

そしてこちらが塔門に施された仏教芸術です。ここにはブッダの伝説やジャータカという仏教説話が描かれています。ブッダが亡くなったのは紀元前383年頃とされていますが、それから200年近く経った前2世紀頃からこうした仏教芸術が生まれ始めました。
この最初期の仏教芸術の特徴はブッダの姿を直接描かないという点にあります。上の写真を見ればそれがわかりやすいかと思います。写真下部でサルが台のようなものに向かって捧げものをしていますがその上にブッダの姿はありません。あまりにも尊い存在たるブッダを描くというのはそれだけでも畏れ多いことだったのです。この時代にはブッダを示す象徴としてこの写真のような台座や菩提樹を描くのが普通のことでした。仏像が造られ始めるのは紀元後1世紀末から2世紀頃まで待たねばなりません。

塔門から欄楯の中へ入ると、外界から遮断された独特な空気感を感じました。やはりこの欄楯の迫力がものすごい。迫ってくるような圧力を感じます。

そしてこちらが大ストゥーパのすぐそばにあるストゥーパ第3塔。ここはブッダの高弟サーリプッタ(舎利弗)とモッガラーナ(目犍連)の遺骨が納められていたストゥーパです。このようにアショーカ王以降のインドでは各地にブッダやその高弟達のストゥーパが建てられ、信仰の対象となっていました。

それにしてもこの大ストゥーパの巨大さ、迫力には恐れ入りました。そして私はこの地を歩きながら仏教学者中村元先生の次の言葉を思い返しました。
覆鉢形(あるいは半球形に近いかたち)というものは、インド仏教独自のものであると思われる。(中略)西洋のピラミッド、オベリスクなどの建造物が尖っていて、尖鋭という印象を与えるのに対して、ストゥーパは円満で落ち着いていて、安らいでいるという印象を与える。(中略)
ゆるやかな半球形、土饅頭のかたちは、見る人をして、安らぎ、平穏の気持ちを起こさせる。それは和の理想をたやすく連想させる。そこには安定感がある。激怒や闘争意欲を起こさせるものではない。心をして静かに寂静のうちに落ち着かせる。仏教美術は、決して仏教の理想と無関係ではない。
春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第23巻 仏教美術に生きる理想』P94-95
なるほど。たしかに西洋のピラミッドやオベリスクと比較して解説されると実にイメージしやすいです。
そして次の言葉も忘れ難いものがあります。
ストゥーパなるものはマウリヤ王朝時代のもろもろの建造物のうちおそらく最も大きなまた最も主要なものであった。これは生産的経済的視点から見るならば、なんの役にも立たないものである。口ーマの巨大な遺跡がみな世俗的な、実利的あるいは享楽的視点から作られたものであったのに対して、アショーカ王時代の巨大な遺跡は精神的宗教的な意義を寓しているものであった。ここにわれわれはインド文明のひとつの特徴を見出すことができる。
春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第23巻 仏教美術に生きる理想』P94-95
この解説を初めて読んだ時のことは忘れられません。
と言いいますのも、私は2022年に古代ローマの遺跡を巡っています。特にその中でもローマ郊外のアッピア街道の水道橋には強い印象を受けたものでありました。

ここでガイドさんに「ギリシア文明も古代エジプト文明も巨大な建造物を作りました。ですがローマ文明はその全てが実用的です。コロッセオ、道路、水道橋、そのどれもが人々の生活に直結するものです。ギリシアの神殿やピラミッドはたしかに大きいです。ですがそれは誰のためのものですか?何の役に立ちますか?ローマは違います。文明が実用性と結びついているのがローマの素晴らしいところです。」と教えてもらったことが強烈に印象に残っているのです。
その時私は「そうか!古代ローマの偉大さは徹底した実用性の探究にあったのか!」と感嘆したものでした。
ですがここで中村元先生の言葉を聞いて、純粋に精神的、宗教的に作られたストゥーパなるものの奥深さにも改めて気付くことになりました。実用性など全く無視し、ただひたすら精神的・宗教的なものを追い求めたインド人。これはこれで偉大なことなのだと改めて感じ入ったのでした。

私はサーンチーに来て改めてその感を強くしました。このストゥーパの持つエネルギーは只事ではありません。
仏教教団の発展や人々の信仰を知る上でこのサーンチーのストゥーパは非常に重要な意義があります。本来はここでストゥーパの意義や成立過程をお話ししていきたいのですがそれをするとここから膨大な量の解説が必要となってくるのでここではこれ以上のお話は控えます。
興味のある方は奈良康明、下田正弘編集『新アジア仏教史02インドⅡ 仏教の形成と展開』や中村元著『中村元選集〔決定版〕第23巻 仏教美術に生きる理想』、宮治昭・福山泰子編集『アジア仏教美術論集 南アジアⅠ マウリヤ朝~グプタ朝』などの参考書がおすすめです。
これらを読めばサーンチーのストゥーパが仏教の歴史を考える上でいかに重要な意義を持っているかがよくわかると思います。特に『新アジア仏教史02インドⅡ 仏教の形成と展開』ではこのストゥーパ信仰を通して当時の仏教がどのような存在だったかが解説されています。近年の研究成果が反映されたこの本は非常におすすめです。まさに目から鱗。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
前の記事はこちら

『シン日本仏教史』の目次と記事一覧はこちら
関連記事






