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アジャンタ石窟でインド仏教絵画の最高傑作を堪能!千年間忘れ去られていた驚異の仏教遺跡を訪ねて

アジャンタ
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【インド・スリランカ仏跡紀行】(23)
アジャンタ石窟でインド仏教絵画の最高傑作を堪能!千年間忘れ去られていた驚異の仏教遺跡を訪ねて

エローラに衝撃を受けた翌日、私は次なる目的地アジャンタ石窟に向けて出発した。

アジャンタ石窟 Wikipediaより

アジャンタ石窟へはオーランガバードから約100キロほどの道のりで、時間にしておよそ2時間ほどで着くことができる。

郊外はひたすら畑が続く農村地帯。この地方は綿花が有名で、この写真にもその白い花が写っている。

アジャンタへの道は道路も整備されており、渋滞もなくスムーズに走行することができた。

平原も終わり山の中へ入ってきた。いよいよアジャンタは近い。

正面に見える山の向こうにアジャンタ石窟があるという。

ただ、ここからは自家用車で行くことはできない。環境保護のためここからは専用のバスに乗り換えて遺跡近くまで向かわなければならないのだ。

バス乗り場の前は屋台やお土産屋が軒を連ねているが、ここには要注意だ。ここの物売りはとにかくしつこいことで悪名高い。ガイドさんからも絶対無視してくださいと念を押された。おそらく、インド訪問の先輩たちもここでその洗礼を浴びたのだろう。

バス乗り場までやって来た。環境保護というくらいだからクリーンバスかと思いきや、何の変哲もないバスである。しかもかなり古い。まあ、自家用車で大量に来られるよりかは数台のバスのみしか入れなくした方がよいということだろう。十分理解できる範囲だ。まずは貴重な遺跡を守ろうという意思が重要である。

バスは山の中を進んでいく。たしかに緑が深い。これなら木々に埋もれて遺跡が見えなくなってしまうのもよくわかる。

アジャンタ石窟の入場ゲートに到着だ。

ゲートの先は広場になっていて、巨大なガジュマルが心地よい木陰を生み出していた。そしてここからアジャンタ石窟へと向かう道が始まっていくのである。

山の中を進んでいくので坂道も多い。ちょっとした登山だ。

そして階段を上りきると、木々の隙間からアジャンタ石窟が見えてきた!ジャングルの先に見つけた遺跡というのはやはりロマンがある!私も興奮してしまった。

さあ、いよいよアジャンタ石窟へと到着である。目の前の黒っぽい岩肌を穿って作られたのがこの石窟群である。

アジャンタ石窟群が開窟されたのは主に2つの時期に分けられる。第1期が紀元前1世紀~紀元後1世紀頃、第二期が5世紀後半から600年頃と考えられている。

第1期に作られたのはほんの5つほどの僧院窟で、残りはこの第2期に集中的に作られている。アジャンタで有名な壁画や彫刻などは皆この第2期に制作されたものだ。

では、これからアジャンタ石窟を実際に見ていくことにしよう。

石窟群の入場口から歩いて一番最初に見ることになるのはこちらの第1窟だ。ここにアジャンタを世界的に有名したインド絵画の最高峰が描かれているのである。

堂内は薄暗いながらも、ほのかにライトアップされているので視界は良好。

入ってすぐにその色彩の豊かさに驚いた。これが1500年近くも前のものなのである。奇跡としか言いようがない。

そして堂内正面奥、柱で仕切られた空間のその先にブッダ像が座しておられた。写真だと遠近感が伝わりにくいかもしれないが、額縁のようにも見える仕切りはその向こうの部屋の入り口なのだ。この先にブッダが座す庵室があるのである。この構造に私は心打たれた。

つまり此岸と彼岸。あの入り口の先は私達の世界とは異なる仏様の世界なのだ。見る者を感覚的に仏教世界へと誘う実に優れた構造であると言えよう。

そしてこのブッダのすぐ両側に描かれているのがインド史上最高峰の壁画として知られる蓮華手菩薩(上)と、金剛手菩薩(下)だ。

この二菩薩をじっくり見ていく前に、この壁画についての解説を見ていくことにしよう。

アジャンタを有名にしたのは、第二期石窟群、特に第一、ニ、一六、一七窟に残る壁画だ。その壁画は日本でも大正初期に紹介され、法隆寺金堂の壁画と関連があるといわれた。彫像に関しては天与の才に恵まれたインド人だが、どうしたわけか絵画や習字(カリグラフィー)の分野ではそれほどでなく、写本に残るサンスクリットの文字は上手ではない。絵画も後世にペルシア人の影響を受けるまで傑作はほとんど残っていない。だが、アジャンタの壁画は一五〇〇年を経た今でも古代インドにおける絵画の最高傑作である。

画家たちがどのような人々であったかは不明だ。ひょっとすると西方から来た外国人であったかもしれない。壁画の主要なテーマは、仏伝とジャータカ(釈迦が前生において悟りを得るために菩薩として修行したときの物語)であるが、そのほかにも仏や菩薩たちのすがた、宮廷や民衆の生活なども描かれている。画法は西洋近代の油絵のような陰影を描く方法、チべットのマンダラ図のように陰影をほとんど付けない方法など、多様である。顔料としては、青いラピスラズリなどの石や黄色い黄土などが用いられた。

第一窟の壁画の中では私は、後廊仏堂入口の左右に見られる二菩薩に特にひかれる。身体を首、胴、腿の三つに曲げた描き方(三屈法)によってしなやかな動きを示し、華麗な宝冠を被る姿は、飛鳥時代の日本美術に影響を与えたといわれている。

集英社、立川武蔵著、大村次郷写真『アジャンタとエローラ―インドデカン高原の岩窟寺院と壁画』P12

「彫像に関しては天与の才に恵まれたインド人だが、どうしたわけか絵画や習字(カリグラフィー)の分野ではそれほどでなく、写本に残るサンスクリットの文字は上手ではない。」という指摘は何とも面白い。

たしかに彫刻に関してはこれまで見てきたように、カジュラーホーやエレファンタ島、エローラの彫刻はまさに至高の芸術作品と言えるだろう。

カジュラーホーの天女像
エレファンタ島のシヴァ神像
エローラの仏教窟

だがそんなインド人も絵に関してはからきしだったというのは実に興味深い。たしかにインドにおける絵画といってもほとんどイメージが湧いてこない。

せいぜいこれらの「いかにもインド」といった宗教画くらいだろうか。

そして上の解説でも述べられているように、この蓮華手菩薩、金剛手菩薩は1500年の歴史を経てもインド絵画界の最高傑作と称えられる作品なのである。

では改めてこの菩薩たちを見ていくことにしよう。

蓮華手菩薩

暗くて鮮明に映らなかったのが心残りだが、これを生で観た時の感動たるや・・・!

まずこの手である。蓮華の華をつまむこの手の優美さは異常だ。間違いなくこの絵画の集約点だ。ここに全ての世界が詰まっている。目が離せない。

そして肩から腕にかけての滑らかな曲線、少しくねらせた腰回り、何とも言えぬその表情・・・

完璧だ。完璧としか言いようがない。この腕の脱力感は信じられない。自然を通り越したリアルさだ。

私はこの壁画を見ながらふと思った。この絵をダ・ヴィンチやラファエロが観たらどう思うだろうか。ぜひ見せたいものだ!と。

事実、この後調べてみたところ、この菩薩像は「東洋のモナ・リザ」とも讃えられているそうだ。やはり同じことを考えた人がたくさんいたのだろう。シンクロニシティである。

金剛手菩薩

こちらの金剛手菩薩も素晴らしい。こちらは光の関係でよりきれいに写真に収めることができた。

指先もこの通り。

指と指が合わさるその一点に全ての神経が集中している。先程の蓮華手菩薩もまさにこの指である。

これには恐れ入った。この絵画が1500年も前に描かれているのである。

そしてこれほど美しい状態のまま残っていたというのは奇跡としか言いようがない。

この第一窟には他にも壁面や天井などもびっしり彩色豊かな絵画が残されている。そのどれもが国宝級。しかも当時の仏教文化を知るための貴重な歴史的資料でもある。よくぞこれだけのものが残ってくれた。感謝しかない。

お隣の第2窟も見事な壁画が残っていることでも知られている。

だが、このように欠損部分も目立ち、第1窟と比べるとどうしても落ちるというのが正直な印象だ。ただ、そもそも第1窟の菩薩像は素晴らしすぎる。あれを何かと比べるということがそもそも不可能。それをしてしまってはこの第2窟が気の毒である。それほど第1窟の壁画は圧倒的だったのだ。

ここから馬蹄形にカーブした石窟を順に観ていったのだが、この景色そのものが実に壮観である。

ちょうど半分ほどまでやってきた。自分たちが歩いてきた方向を振り返る。よくぞまあこんなとんでもない所に石窟を掘ったなと思わずにはいられない。

そしてここから正面を向くと目の前に細い山がある。ほとんど崖と言っていい。この崖の上にやって来たイギリス人士官がこのアジャンタ石窟を発見したのである。

別角度からも。

ちょうどこの写真の真ん中あたり、まさに崖の上にちょこんと東屋のようなものが写っているのが見えるだろうか。まさにこの辺りから今我々がいる石窟群を発見したと言われている。

実はこのアジャンタ石窟群は1000年近く忘れ去られた存在だった。「(16)なぜインドの仏跡は土に埋もれ忘れ去られてしまったのだろうか~カジュラーホーでその意味に気づく」の記事でもお話ししたように、僻地に作られた寺院は一度破棄されてしまえば木々や土に埋もれてその存在自体が忘れ去られてしまうのである。後の記事でもお話しするが、今なお続く仏教聖地スリランカですらそういう歴史があるのだ。

そしてこのアジャンタ石窟群もすっかり忘れ去られた存在だったのだが、1819年に発見されることになる。なんと、例のイギリス人士官はここに虎狩りに来ていたところ偶然この遺跡を発見したのだった。

虎狩りに来ていたというのはまだわかる気もするが、見ての取りここは山というよりもはや崖である。いくら虎狩りでもよくこんな恐ろしい場所にやって来たものだ。このイギリス人士官の冒険心たるや凄まじいものがある。

だが、いずれにせよここで忘れ去られていた謎の仏教遺跡が発見されたことで、インド中で仏教遺跡の発掘が進んでいくことになる。ブッダガヤやサールナート、クシナガラなどの有名な仏跡が本格的に発掘されるのも皆この後である。そう考えるとこの遺跡が発見されたのは私達仏教徒にとって計り知れない意味があると言えるだろう。

インド仏跡歴35年のベテランガイドさんもここの雄大な景色は何度見ても感動するそうだ。それもわかる気がする。私もここにいる間、ずっと気分が高揚していた。

そして最奥部付近の第26窟もアジャンタで有名である。

ここは仏塔を祀ったチャイティヤという祠堂なのだが、その左壁面には巨大な涅槃仏が横たわっている。

この仏像は7メートル以上もありインド最大級なのだそう。大きすぎて全体を撮ることもできない。

そしてこのチャイティヤを見て、「あれ?」と思われた方もおられるかもしれない。

そうなのだ。実はここ、エローラの石窟とそっくりなのである。

エローラ
エローラの仏教窟

時代的にはアジャンタの方がエローラよりも100年ほど前だとされている。そのせいか洗練具合はエローラの方が圧倒的に上である。全身に電流が走るほどの衝撃を受けたエローラのクオリティはやはり別格だったのだ。比べてみてそれをさらに実感する。

私は確信した。

彫刻はエローラ。絵画はアジャンタ。

これで決まりである。

インド仏教芸術の極致を味わうならぜひこの二つをセットで見ることをおすすめする。

アジャンタも実に素晴らしい場所であった。あの蓮華手菩薩の指先は忘れることができない。指先と指先が触れるあの究極の一点・・・!奇跡だ。まごうことなき奇跡だ。

・・・そうか!あの指先はもしかするとミケランジェロの指先とも比されるべきものなのかもしれない。

ミケランジェロ、システィーナ礼拝堂天井画『アダムの創造』Wikipediaより
ミケランジェロ、システィーナ礼拝堂天井画『アダムの創造』Wikipediaより

この世界一有名な指と蓮華手菩薩は肩を並べるのではないか。私もかつてシスティーナ礼拝堂でこの天井画に心奪われたひとりだ。この指先の奇跡のような吸引力は忘れられない。それほど素晴らしい指先がインドの山奥で誰にも知られず1000年も眠っていたのだ。歴史のロマンを感じずにはいられない。

また来たい。そう思わずにはいられないエローラ・アジャンタの訪問であった。

さあ、これで私の第二次インド遠征は終了である。

ここから私はスリランカへ向かいおよそ3週間をかけて仏教聖地を巡ることになる。

スリランカも実に興味深い場所である。ここから先、皆さんも驚くような事実がどんどん出てくることになる。ぜひご期待いただきたい。

主な参考図書↓

アジャンタとエローラ インドデカン高原の岩窟寺院と壁画 (アジアをゆく)

アジャンタとエローラ インドデカン高原の岩窟寺院と壁画 (アジアをゆく)

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【インド・スリランカ仏跡紀行】の目次・おすすめ記事一覧ページはこちら↓

※以下、この旅行記で参考にしたインド・スリランカの参考書をまとめた記事になります。ぜひご参照ください。

「インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧」
「インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧」
「仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧」

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アジャンタ

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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