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藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』あらすじと感想~宗教は宗教だけにあらず。国の歴史と歩んだスリランカ仏教の変遷を学ぶ

古代中世スリランカ
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藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』概要と感想~宗教は宗教だけにあらず。国の歴史と歩んだスリランカ仏教の変遷を学ぶ

今回ご紹介するのは2009年に山喜房佛書林より発行された藪内聡子著『古代中世スリランカの王権と佛教』です。

本書は書名にありますように、古代中世のスリランカの王権と仏教の関係について説かれた作品になります。

本書について「あとがき」では次のように述べられています。

本著は、平成十七年十二月に東京大学に提出し、平成十八年四月に学位授与が決定した博士論文『中世スリランカの王権と仏教』を、改訂し出版するものである。(中略)

大乗仏教圏におけるわが国においては、大乗仏教の興起、思想的つながりを視野におきながら上座仏教の教理研究に重点がおかれることが多く、民族、文化、歴史、地域性を考慮した上座仏教の今後の研究課題は、いまだ数多く残されている。本著は、比丘が編纂したパーリ語の史書、碑文資料等を用いたスリランカ仏教史研究であり、南インドからの度重なる侵略を受けた島国スリランカにおけるシンハラ民族の仏教信仰の歴史を、王権を視座に考察したものである。スリランカ史において王権が仏教によって正当化されてきた過程、及び、上座仏教の中心的諸要素と王権との関連の変遷を、複数の視点から検討した。

わが国における、スリランカ古代中世についての総括的な仏教通史の刊行は、本著がはじめてのこととなろう。

山喜房佛書林、藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』P416

「わが国における、スリランカ古代中世についての総括的な仏教通史の刊行は、本著がはじめてのこととなろう。」と述べられるように、スリランカ仏教や文化についての本は数多くあれど、王権という切り口から仏教をこれだけ包括的に述べていく本書は非常に貴重です。

上の引用だけですと本書の特徴がまだ伝わりにくいと思いますので「おわりに」の文章もご紹介します。

本著は、アヌラーダプラ時代、紀元前三世紀の仏教伝来から、ポルトガル人が来島する以前の紀元後一五世紀、コーッテ時代頃までのスリランカの仏教史を、Mahāvaṃsa,Cūlavaṃsaをはじめとする史書と、碑文を中心とする調査を通して、王権と三宝(仏・法・僧)の関係を視座に概観したものである。王権のもつ正当性が仏教によっていかに保障されてきたか、また王がスリランカの宗教構造の要としていかに機能してきたかを体系的に叙述し、さらに寺院の地方分化の経緯、シーハラ・ダミラ(シンハラ・タミル)間の民族問題の歴史的背景とこれらの民族闘争における史書と碑文の記録の異同、仏教とヒンドゥー教の融合過程を示したものである。

山喜房佛書林、藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』P405

「王権のもつ正当性が仏教によっていかに保障されてきたか、また王がスリランカの宗教構造の要としていかに機能してきたか」とありますように、本書では王権と仏教の相互作用を見ていくことになります。

より詳しく言うならば本書の次の箇所が参考になります。

仏教伝道が国王の帰依からはじまったスリランカにおいては、国王が仏教徒であり、サンガの最大の支援者であった。国王は、塔や寺院などの仏教建築物の造営、祭祀の実施、出家者に対する資具の供給などという行為により、仏教徒であることを民衆に示すと同時に、第一章でみたように、仏教徒としての自己の王統の権威を民衆に示していた。

仏教の支援者である国王は、単にサンガに対して物資や建造物の提供をするだけではなく、さらにサンガ存続のための秩序の徹底へと介入していく。サンガ内の論争のためにサンガは分裂するに及んだが、これに対して国王の行為は、戒を守らない比丘の追放、すなわちサンガの浄化にはじまり、サンガの規律の設定、サンガの統一、さらにはサンガ組織の再構築の指揮にまで進展した。

山喜房佛書林、藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』P125

仏教発祥の地インドとスリランカで決定的に違うのは、ブッダが社会を捨てて独自のコミュニティを作ったのに対し、スリランカではそもそもの始まりから仏教が国家のためのものであったという点にあります。

もちろん、インドでも後にアショーカ王をはじめとした国家の仏教という流れも出てきますがそれが国政の中心となることはありませんでした。

ここがインドとスリランカの決定的な違いであり、インドで仏教が消滅し、スリランカで生き残ったということにもつながるかもしれません。ここは様々な要因が考えられるので何とも言えませんが、スリランカ仏教においてはそもそものはじめから王権と強い結びつきがあったということが非常に重要なポイントであると思われます。

王は仏教を保護し、仏教は王の正統性を保証する。

こうした相互関係がスリランカでは特に強く見られたことを本書では順を追って見ていくことになります。

この本を読んでいるとまさに宗教は宗教にだけにあらずということを考えさせられます。宗教も時代時代においてその時の政治状況と無縁ではいられません。単に思想や教義だけを追っていても見えないものがあります。そうしたことを丁寧に学んでいける本書は非常に貴重です。

また、もう一つこの本を読んでいてぜひ紹介したい箇所があります。

それがスリランカでパーリ語仏典が初めて貝葉に書かれたという次のエピソードです。

スリランカでは、紀元前一世紀、ヴァッタガーマニー・アバヤの復位中(在位前八九~前七七年)に三蔵とその註釈が書写された。「かつて大慧の比丘たちは口誦で三蔵の経典とその註釈を伝承してきたが、その時比丘たちは衆生が堕落するのを見て来集し、法の久住のために書物に書き下した」とMahāvaṃsaに伝承され、大規模な書写活動がなされたことが推測される。この書写の行為は、Nikāyasaṅgrahaによれば、阿羅漢の長老五〇〇人が、島中部の州マータレー(Mātalē)に位置するアルヴィハーラ(Aluvihāra)に集まって行なわれた。当時スリランカは、ダミラ人の侵略を受けていた。飢饉がおそい、食物がなく、人々は人肉でさえ食する状態であり、寺院は寂れ、インドに避難する比丘も多く、国内は混乱状態であった。伝承をになう師と弟子が離ればなれになり、聖典を口承のままにしておくと、比丘の消滅とともに聖典も消滅してしまう危険性が多分にあった。紀元前一世紀、マハーヴィハーラからアバヤギリヴィハーラが分裂するという事態も生じ、仏滅後時を経るにつれ、テキストの伝承の統一性が不確定になったことも、書写を行う動機のひとつになったと考えられる。

山喜房佛書林、藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』P258
15世紀または16世紀頃のタミル地方のキリスト教徒がヤシの葉に書いた貝葉 Wikipediaより

この写真は紀元前一世紀のスリランカの貝葉経典ではありませんが、有名なパーリ仏典の文字化はこうして始まったことが上の引用からわかると思います。

そして私がなぜここでこの箇所をご紹介したのかと言いますと、実は私はこれから実際にこの貝葉経典が書かれたマータレーのアルヴィハーラを訪れる予定があるからなのです。

アルヴィハーラで経典が書かれたというのは漠然とは知ってはいましたが、なるほど、こういう事情があって経典が文字化されるようになったのですね。こうして文字化されたものが2000年を経た私達にまで伝わっているというのはやはりロマンがあります。

現地で実際に目で見れることがものすごく楽しみになってきました。

本書はスリランカ仏教と王権の結びつきについて詳しく見ていける貴重な一冊です。なかなか手に入れにくい状況となっている本書ですが、スリランカ仏教についてより深く学びたいという方にぜひおすすめしたい作品です。

以上、「藪内聡子『古代中世スリランカの王権と佛教』~宗教は宗教だけにあらず。国の歴史と歩んだスリランカ仏教の変遷を学ぶ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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