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渡瀬信之『マヌ法典 ヒンドゥー教世界の原型』あらすじと感想~古代インドから続くインド人の世界観、生活規範を学ぶのにおすすめ

マヌ法典
目次

渡瀬信之『マヌ法典 ヒンドゥー教世界の原型』概要と感想~古代インドから続くインド人の世界観、生活規範を学ぶのにおすすめ

今回ご紹介するのは1990年に中央公論社より発行された渡瀬信之著『マヌ法典 ヒンドゥー教世界の原型』です。

早速この本について見ていきましょう。

多民族、多言語、多宗教の国インドでは、今日ヒンドゥー教徒が総人口の8割をしめ、かれらは文化、政治、経済に圧倒的な力を及ぼす。ヒンドゥー教は信仰と生活実践を一体化した宗教で、特有の社会制度、法律、倫理道徳の体系をもつが、その原型は記元前後の編纂と推定される『マヌ法典』で仕上げられた。本書では、今日もインドの社会体制、人びとの価値観と生活の深層部を支配する『マヌ法典』を、正確に、わかりやすく紹介する。

Amazon商品紹介ページより

この本はインド・ヒンドゥー教世界の世界観、生活規範の礎となった『マヌ法典』の参考書です。

上の本紹介にありますようにこの作品は『マヌ法典』の概要をわかりやすく解説してくれる素晴らしい作品です。この『マヌ法典』とインドについて「まえがき」では次のように述べられています。

インドが多民族、多言語、多宗教の国であることはよく知られている。インドには現在でもなおわたしたちの日本語に相当する、すべての人々が共通の言語として使用するいわゆる統一言語は存在しない。公用語として認められている言語は実に十五を数える。また宗教問題の難しさもよく耳にすることである。とりわけ二大宗教であるヒンドゥー教とイスラム教のあいだの対立はしばしばインド社会を混乱させる。インドの宗教を見る場合、わたしたちが日本において宗教を見ている常識は通用しない。宗教は単に精神的な信仰もしくは信条の領域に止まらない。たとえばヒンドゥー教の場合、その教義を心の糧とし、その神々を信仰するのがヒンドゥー教徒なのではない。ヒンドゥー教は信仰と生活実践を一体化している宗教である。しかもそうした信仰と生活はヒンドゥー教世界に特有の社会制度、法律、倫理道徳の体系と不可分である。このような意昧で、ヒンドゥー教はいわゆる「宗教社会」を形成する。

中央公論社、渡瀬信之『マヌ法典 ヒンドゥー教世界の原型』Pⅰ

「インドの宗教を見る場合、わたしたちが日本において宗教を見ている常識は通用しない。宗教は単に精神的な信仰もしくは信条の領域に止まらない。たとえばヒンドゥー教の場合、その教義を心の糧とし、その神々を信仰するのがヒンドゥー教徒なのではない。ヒンドゥー教は信仰と生活実践を一体化している宗教である。しかもそうした信仰と生活はヒンドゥー教世界に特有の社会制度、法律、倫理道徳の体系と不可分である。このような意昧で、ヒンドゥー教はいわゆる「宗教社会」を形成する。」

この箇所はインドの宗教を考える上で非常に重要な箇所です。

インドにおける宗教は生活そのものと一体化したものとなっています。ただ精神的に信仰するのではなく、生活実践そのものとして存在しています。こうしたインドの宗教間、世界観の中で仏教も生まれています。

この作品の中でも説かれているのですがこの『マヌ法典』も、仏教やジャイナ教、様々な出家修行者の存在に大きな影響を受けています。いや、より正確に言うならば、互いに影響を与え合いながら思想や制度が生み出されてきました。

私達日本人がインドの仏教を学ぼうとすると、どうしても仏教の側のみからインド世界を見てしまいがちです。ですがインドにおいて仏教はどちらかといえばアウトサイダー側の存在でした。その主流はやはりヒンドゥー教世界になります。

しかも仏教は在俗信者の日常生活にはあまり介入しないという方針を取りました。つまり、仏教徒の日常生活や通過儀礼は相変わらずヒンドゥー教世界の枠組みの中にあったとされています。

この辺りの事情については『新アジア仏教史02インドⅡ 仏教の形成と展開』や奈良康明著『〈文化〉としてのインド仏教史』などの近年の仏教研究でも指摘されています。

そんなインド仏教徒とも共存してきたヒンドゥー教世界の生活規範や世界観を知れる本書は非常に貴重です。インド仏教について考える上でもとても大きな意味がある作品だと私は思います。

私はこの参考書を読んですぐに『マヌ法典』を読んでみました。そしてすぐに私は驚くことになりました。この参考書のあまりの網羅っぷり、そして解説のわかりやすさたるや!これはこの後『マヌ法典』を実際に読んでみて特に感じたことでした。この参考書のおかげで『マヌ法典』をすらすら読むことができました。しかもいきなり『マヌ法典』を読むだけでは気づくことのできない当時のインド社会と宗教事情についても考えを凝らしながら読むこともできました。これは「ありがたい」の一言に尽きます。

『マヌ法典』を読む上で必読の参考書です。インドの宗教事情、生活規範についても知れるおすすめの参考書です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「渡瀬信之『マヌ法典 ヒンドゥー教世界の原型』~古代インドから続くインド人の世界観、生活規範を学ぶのにおすすめ」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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