MENU

P・グリマル『ローマ文明』あらすじと感想~ローマ帝国の圧倒的な繁栄やその文化的背景を知るのにおすすめの参考書

目次

ピエール・グリマル『ローマ文明』概要と感想~ローマ帝国の圧倒的な繁栄やその文化的背景を知るのにおすすめの参考書

今回ご紹介するのは2009年に論創社より発行されたピエール・グリマル著、桐村泰次訳の『ローマ文明』です。

早速この本について見ていきましょう。

古代ローマ文明は今も私たちに文明のありかた、人間としてのありようについて多くのことを示唆してくれる。西洋古典学の泰斗グリマルが明かす、ローマ文明の全貌!

論創社商品紹介ページより

この作品はこれまで当ブログで紹介してきた『ギリシア文明』『ヘレニズム文明』と同じく、文明の起こってきた背景やその内容について詳しく解説してくれる貴重な参考書となっています。

この作品について訳者はあとがきで次のように述べています。

わたしはローマ文明を専門的に研究した人間ではないが、西洋文明、したがってその流れを汲む現代文明を知るうえでローマ文明を無視できないことは、わきまえているつもりである。

アンドレ・シーグフリードが「ギリシャ人もユダヤ人も、原理からにせよ情念からにせよ、規範・規則を抽出することはできなかった。私たちが西洋的な《秩序の理念》と《法律の体系》を受け継いだのはローマからである」と述べ、同じ西欧でも二千年以上前の古代ローマ時代からその支配下に入り、ローマ文明の影響を受けてきた地域と、数百年前からキリスト教化や文芸復興などを通じて間接的に受けるようになった地域とでは、その文明の基底部には、比喩的にいうと水深数百メートルの海と数千メートルの海のような違いがあると言っている(『諸民族の魂』。かつて角川文庫から『西欧の精神』の訳名で出ていた)ように、ローマ文明は、滅びたあとも消えることのない豊かさと深い痕跡を社会と文化に遺した。それがどのようなものであったのかを理解させてくれるのが本書である。

あらゆる《帝国》は征服し、収奪する。しかし、征服された人々から収奪したものを《文明》に変えて返還するやり方に、その《帝国》の品位の違いがある。返すのを嫌って最小限にとどめようと被征服民を差別し、貧困のなかに閉じ込めようとする下品な帝国もあれば、民族的差別などなく受け入れ、その能力にふさわしい働き場を提供し、ともどもに繁栄を求めていく上質の帝国もある。古代ローマ人たちは、最も度量が広く、平和と文化を提供しただけでなく、かつて自分たちが征服した民族の出身者を皇帝として受け入れることさえしている。古代ローマ文明は、いまもわたしたち《文明》のありかた、ありようについて、多くのことを示唆してくれる。

論創社、ピエール・グリマル、桐村泰次訳『ローマ文明』P447-448

上の言葉はローマ帝国にかなり好意的に書かれていますが、実際、当時の基準から言えばたしかに「古代ローマ人たちは、最も度量が広く、平和と文化を提供しただけでなく、かつて自分たちが征服した民族の出身者を皇帝として受け入れることさえしている」というのは驚くべきことだったと思います。

普通であれば敵対国は根絶やしにするか略奪しつくすかのどちらかしかありません。街ごと消滅した戦いも歴史上数多くあります。そんな中、ローマ帝国は優れた文化をその地に移植し、共に繁栄していくという驚くべき手法を取ったのでありました。ローマ帝国があれほど広大な土地にまで広がっていったのもそうしたあり方があったからこそだというのがこの本でわかります。

そしてもうひとつ訳者あとがきで印象に残ったのは、紀元1世紀頃に作られたフランス・ニーム近郊のローマ帝国の水道橋「ポン・デュ・ガール」についての言及でした。この箇所もローマ文明についての非常にわかりやすい解説でしたのでぜひ紹介したいと思います。

フランス ポン・デュ・ガール Wikipediaより

これは、皇帝属州であったガリアのローマ都市、ニームに数十キロの彼方から新鮮な水を供給する導水路が谷を越える部分に設置されたものである。(中略)

石材を積み上げて三層にアーチを重ね、その最上部に水路を走らせた「ポン・デュ・ガール」の水道橋は、もっぱら、そのシルエットの美しさと堅牢さに目を奪われがちであるが、その最上部の水路も石材で造られている。日本語に「水も漏らさぬ」という表現があるが、普通に石材を組み合わせただけでは、水は石と石の継ぎ目から漏れて、どんどん失われてしまう。継ぎ目の隙間をなくすために如何に精緻な作業が行われたかを想像すると、それだけでも溜息が出てくる。こうして、二千年以上経っても牢固として谷間を跨いで空中に架かっている「ポン・デュ・ガール」が表しているのは、ローマ人たちの建築技術の優秀さだけでなく、この都市を維持しようとした帝国としての強い意志、駐屯する兵士や市民の健康生活を守ろうとした考え方の確かさである。まさに《文明》というものの本義がそこにある。

同様の視点から、本文中に挿入する図版にも、《ローマの道》の写真を選んだ。「すべての道はローマに通ずる」という格言はあまりにも有名であるが、ローマ人たちは、帝国を維持するために、首都ローマからライン河畔の辺境まで、また、アラビアやサハラの砂漠のへりにまで広がった領土内を網の目のように結ぶ道路を建設した。緊急事態が起きたとき軍勢を急行させるためであったから、ちょうど現代の自動車道路のように田園地帯をほぼまっすぐに突っ切って走っていることが多い。しかも、道路が真に道路として使えるためには、雨が降るとぬかるんだり、崩れて通行できなくなるようなことがあってはならない。路面はしっかり石材で舗装されるとともに、側溝が設けられた。ただ人畜の足で踏み固められただけの農道とは異なり、まさに道路は建造物なのである。

ローマ帝国の滅亡はゲルマン蛮族たちの侵入によるとされてきたが、そのゲルマン人たちも、実際には、ローマ帝国の恩恵に憧れを抱き、蛮族の長たちはローマ帝国の軍事的役職を授けられることを名誉とさえしたことが知られている。結局、帝国を衰亡させた最大の要因は、ローマ人たち自身が私利私欲の追求に走り、自らを投げ出しても、その社会を支えようとする精神と気概を失ったことに求められなければならないであろう。

論創社、ピエール・グリマル、桐村泰次訳『ローマ文明』P449-450

たしかに、石と石の隙間から水が漏れてこないというのはよく考えてみると驚くべき技術ですよね。これまで全く気にもしていませんでしたが、いざこう言われてみてハッとしました。

そして「路面はしっかり石材で舗装されるとともに、側溝が設けられた。ただ人畜の足で踏み固められただけの農道とは異なり、まさに道路は建造物なのである。」と述べられたように、道路も建造物なのだということは意外と盲点ですよね。建造物というとコロッセオのような堂々たる大建築や家々のような、目に見えて「立っている」ものをイメージしてしまいますが、「道路」にもその技術や精神が込められていることに気づかされました。

この本ではローマの起源から繁栄までの流れや、帝国を支えた高度な文明がいかにして出来上がったかが解説されます。特に書名にもありますように「ローマ文明」の基本となるローマ法や建築技術、文化、芸術などはかなり詳しく語られます。

古代ローマの入門書としては正直厳しいと思いますが、もっとローマのことを知りたいという方にはぜひおすすめしたい作品です。

以上、「P・グリマル『ローマ文明』~ローマ帝国の圧倒的な繁栄やその文化的背景を知るのにおすすめの参考書」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

ローマ文明

ローマ文明

次の記事はこちら

あわせて読みたい
ジャック・ル・ゴフ『中世西欧文明』あらすじと感想~中世ヨーロッパは本当に暗黒時代だったのか。ルネ... 中世ヨーロッパの人々の生活や信仰を知ることができる本書は非常に貴重です。 特に煉獄や天使の観念や、人間と森の関係性などの話は刺激的でした。「おぉ~なるほど!」と膝を打ちたくなる解説がどんどん出てきます。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
F・シャムー『ヘレニズム文明』あらすじと感想~古代ローマや仏教とも繋がるヘレニズム文明とは何かを知... なぜ私たちは『ミロのビーナス』や『サモトラケのニケ』にこんなにも心惹かれるのか。そこにはヘレニズム文明のコスモポリタン的性格があったのです。 前回紹介した『ギリシア文明』とセットで読むことを強くおすすめします。ものすごく面白いです。これは名著です。

関連記事

あわせて読みたい
僧侶ならではのローマおすすめ観光スポット15選!王道からマニアックな教会まで美の極致を味わう この記事では私も大好きなローマのおすすめ観光スポットをご紹介していきます。 サン・ピエトロ大聖堂やコロッセオなどの有名どころだけではなく、観光客があまり訪れないマニアックな教会もこの記事ではご紹介していきます。 ローマは実に素晴らしい街です。ですがあまりに見どころが多すぎるが故の罠もあります。ぜひ当ブログの記事が皆様のお役に立てれば何よりでございます。
あわせて読みたい
フィレンツェを知るためのおすすめ参考書一覧~ダ・ヴィンチやマキャヴェリ、ダンテなど芸術や歴史、文... フェイレンツェといえばボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなど言わずもがなの巨匠の作品が今なお世界中の人を魅了し続けている華の都です。 知れば知るほど面白いフィレンツェです!ぜひこの記事を役立てて頂ければ幸いです。
あわせて読みたい
ローマおすすめ参考書一覧~歴史、文化、宗教、芸術!ローマがもっと面白くなる名著を一挙ご紹介! ローマはあまりに奥が深い。そして知れば知るほどはまってしまう底なし沼のような存在です。私もこのローマの浪漫にすっかりとりつかれてしまいました。
あわせて読みたい
(8)ミケランジェロ・ベルニーニも絶賛したパンテオン!ローマ建築最高峰の美がここに! あのミケランジェロとベルニーニが褒め称えたパンテオン。 古代ローマ建築の頂点パンテオンはルネサンスにも絶大な影響を与えていました。 ローマ帝国の叡智の結晶たるパンテオン。西暦125年頃からずっとこの姿を保っているというのは驚異的としか言いようがありません。あのコロッセオですらもはや廃墟のような姿です。それに対してここは完全に現役のままです。ローマ帝国の技術力には唖然とするしかありません。
あわせて読みたい
石鍋真澄『サンピエトロが立つかぎり 私のローマ案内』あらすじと感想~美術、歴史、宗教、全てを網羅し... この本は最高です! ローマの魅力を堪能するのにこれほど優れた作品は存在しないのではないでしょうか!それほど素晴らしい作品です。 「本書によってローマの魅力を会得した読者は、熱い旅心を呼び覚まされるにちがいない。」 まさにこれです!この本を読むとものすごくローマに行きたくなります!
あわせて読みたい
F・シャムー『ギリシア文明』あらすじと感想~ローマ帝国に巨大な影響を与えたヨーロッパ文明の源泉を学... この作品は古代ギリシアを様々な視点から総合的に見ていけるのでローマとギリシアのつながりを知りたかった私にとって非常にありがたいものがありました。 なぜ古代ギリシア芸術はこんなにも素晴らしいのか。これは面白かったです。鳥肌ものでした。
あわせて読みたい
P・マティザック『古代ローマの日常生活』あらすじと感想~古代ローマ人はどのように暮らしていたのか!... この本は紀元137年、ハドリアヌス帝治世下のローマの一般庶民の生活について語られた作品です。 この本では古代ローマ人の職業や暮らしが生活感たっぷりで語られます。まるで彼らの生活を覗いているかのような気分になれる作品です。 ものすごく面白い本でした。知的好奇心がこれでもかと刺激される逸品です。
あわせて読みたい
映画『テルマエ・ロマエ』あらすじと感想~古代ローマを学んでから観たこの映画が想像以上に素晴らしか... 私はかつてこの映画を観たことがありました。ですが今回ローマ帝国のことを学んでから改めてこの映画を観たことで、前回とは全く違った印象を受けることになりました。 笑えるシーンが満載のこの映画ですがローマ帝国の繁栄、衰退についても丁寧に描かれていたということを改めて感じたのでありました。
あわせて読みたい
ウェルギリウス『アエネーイス』あらすじと感想~古代ローマの建国神話!ギリシアとの関係性も知れるラ... ウェルギリウスはまさしくこの作品でローマ人の誇りを生み出す建国神話を創造したのでした。 『アエネーイス』を読めば、ウェルギリウスが『イリアス』や『オデュッセイア』など、ギリシアを強烈に意識して書いているのがはっきりわかります。
あわせて読みたい
オウィディウス『変身物語』あらすじと感想~ヨーロッパ芸術に巨大な影響を与えた古代ギリシア・ローマ... ウェルギリウスとオウィディウスという二人のローマ詩人の存在は後のヨーロッパ文化に凄まじい影響を与えることになりました。まさにヨーロッパ芸術の源泉たる二人です。その二人の作品を読むことができてとても興味深い体験になりました。 これらを読めばヨーロッパの絵画や彫刻、文学と接した時に「あ、これか!」となる機会が増えること間違いなしです。
あわせて読みたい
『Pen BOOKS 美の起源、古代ギリシャ・ローマ』あらすじと感想~ヨーロッパ芸術の源流を概観するのにお... 私はここ一か月半ほどローマ帝国について学んでいます。そんな私にとって古代ギリシャ、ローマ美術について概観できるこの本は非常にありがたいものがありました。 この本はとにかく写真が満載で、ビジュアル的に非常にわかりやすい作品となっています。
あわせて読みたい
エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』あらすじと感想~ローマはなぜ滅びたのかを考察!偉人達も愛し... あれほどの繁栄を誇ったローマ帝国がなぜ崩壊していったのか。 繁栄を謳歌するローマ帝国内で何が起こっていたのか。 それらを考えるのにこの作品はうってつけです。 そして歴史の流れを追いながら現代にも通ずる教訓がこの本では語られます。これが深いのなんの・・・!

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次