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(8)シュトラウスからヘーゲルへ~なぜヘーゲル思想は青年たちの心を捉えたのか

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シュトラウスからヘーゲルへ~なぜヘーゲル思想は青年たちの心を捉えたのか「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」(8)

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年表で見るマルクスとエンゲルスの生涯~二人の波乱万丈の人生と共同事業とは これより後、マルクスとエンゲルスについての伝記をベースに彼らの人生を見ていくことになりますが、この記事ではその生涯をまずは年表でざっくりと見ていきたいと思います。 マルクスとエンゲルスは分けて語られることも多いですが、彼らの伝記を読んで感じたのは、二人の人生がいかに重なり合っているかということでした。 ですので、二人の辿った生涯を別々のものとして見るのではなく、この記事では一つの年表で記していきたいと思います。

上の記事ではマルクスとエンゲルスの生涯を年表でざっくりと見ていきましたが、このシリーズでは「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ」というテーマでより詳しく2人の生涯と思想を見ていきます。

これから参考にしていくのはトリストラム・ハント著エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』というエンゲルスの伝記です。

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トリストラム・ハント『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』あらすじと感想~マルクスを支えた天才... この伝記はマルクスやエンゲルスを過度に讃美したり、逆に攻撃するような立場を取りません。そのような過度なイデオロギー偏向とは距離を取り、あくまで史実をもとに書かれています。 そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。 マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。マルクスの伝記に加えてこの本を読むことをぜひおすすめしたいです。

この本が優れているのは、エンゲルスがどのような思想に影響を受け、そこからどのように彼の著作が生み出されていったかがわかりやすく解説されている点です。

当時の時代背景や流行していた思想などと一緒に学ぶことができるので、歴史の流れが非常にわかりやすいです。エンゲルスとマルクスの思想がいかにして出来上がっていったのかがよくわかります。この本のおかげで次に何を読めばもっとマルクスとエンゲルスのことを知れるかという道筋もつけてもらえます。これはありがたかったです。

そしてこの本を読んだことでいかにエンゲルスがマルクスの著作に影響を与えていたかがわかりました。かなり驚きの内容です。

この本はエンゲルスの伝記ではありますが、マルクスのことも詳しく書かれています。マルクスの伝記や解説書を読むより、この本を読んだ方がよりマルクスのことを知ることができるのではないかと思ってしまうほど素晴らしい伝記でした。

一部マルクスの生涯や興味深いエピソードなどを補うために他のマルクス伝記も用いることもありますが、基本的にはこの本を中心にマルクスとエンゲルスの生涯についてじっくりと見ていきたいと思います。

その他参考書については以下の記事「マルクス伝記おすすめ12作品一覧~マルクス・エンゲルスの生涯・思想をより知るために」でまとめていますのでこちらもぜひご参照ください。

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では、早速始めていきましょう。

シュトラウスからヘーゲルへ~当時の急進的な青年たちの黄金ルート

前回の記事「シュトラウス『イエスの生涯』~青年たちのキリスト教否定と無神論への流れとは「マルクス・エンゲルスの生涯と思想背景に学ぶ』(7)」ではシュトラウスの『イエスの生涯』を紹介しました。

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この作品は徹底的に奇跡を排して実証的にイエスの生涯を分析しています。有名なラザロの復活のシーンも、そもそもラザロは死んでいなく、仮死状態だったラザロをイエスが生き返らせたように見せただけだと述べます。数々の病気治癒も奇跡ではなく、実証的にそれはありうると考察していきます。

イエスは奇跡を操る超人間的な存在ではなく、あくまで我々と同じ人間であるという立場で書かれています。これはキリスト教の教義に真っ向から反論する立場です。

一九世紀半ばには科学技術の発展もあり、科学的に証明できなければ事実として認めないという流れができ始めていました。シュトラウスも、まさしくそうした立場からイエスの生涯を考察していったのでした。

エンゲルスはこの本にとてつもない衝撃を受けました。そしてこの本の影響で彼は完全にキリスト教から離れることになり、そこから新たに向かったのがヘーゲル思想だったのです。

冗談を言う陰で、エンゲルスは自分の精神的な旅が結論に達したことに安堵したかのようであった。ーつの信仰を失ったあと、彼は別の信条へとすみやかに移った。キリスト教への信念が崩れたあとに残された心理的な空虚は、同じくらい説得力のあるイデオロギーによって満たされたのだ。なにしろ、シュトラウスは足がかりに過ぎないことがわかったからだ。

「僕はへーゲル主義者になる瀬戸際にある。もちろんまだ、そうなるかどうかはわからないが、シュトラウスがへーゲルへの道筋を照らしてくれたので、そうしたことも大いにありうるものとなっている」。

シュトラウスによる聖書批判の目的は、決してキリスト教そのものが偽りであることを示すものではなかった。むしろ、彼はその教義が新しい科学と学習の時代にはもはや充分でないことを示そうとしたのである。

シュトラウスの野心は、読者たちを精神的発展においてキリスト教後の次の段階へ進ませることにあった。それがへーゲル哲学だったのだ。

「これから僕はボーレ〔果物、スパイス入りのアルコール〕のグラスを傾けながら、へーゲルを研究するところだ」というのが、ヨーロッパの最も難解かつ神秘的で頭脳明晰な哲学者の作品をひもとくエンゲルスの賢明な方法だった。

しかし、それは格闘するだけの価値のあるものとなった。へーゲルの著作はのちにエンゲルスを社会主義への道へと押しやったからだ。その後の時代に、マルクスによるへーゲル弁証法の再解釈が共産主義のイデオロギーに大きくのしかかるようになるが、エンゲルスが独学したこの段階では、最大の関心の的となったのはへーゲルの純粋な哲学だった。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P61-62

青年たちを魅了したヘーゲル哲学とは

へーゲルの哲学体系の中心には、「心」または「精神」(翻訳できないことで悪名高い「ガイスト」〔英語のゴースト。ドイツ語で幽霊の意味もある〕)を実現または展開することからなる歴史の解釈があった。

〔精神〕または自意識をもった理性が、恒久的に動きつづけており、それだけが世界のなかで真に現実をなしているというものだ。それが展開することが、人類史の物語なのである。

エンゲルスはへーゲルが『歴史哲学』で繰り広げた、この合理的で秩序正しい過去の発展という新しい考えにすぐさま魅了された。同書は一八ニニ年から二三年にべルリン大学で行なわれた彼の講義内容を、〔没後に聴講した学生たちが〕書き写したものである。「へーゲルの考え方をその他すべての哲学者の手法から際立たせているのは、その根底にある並外れた歴史感覚だった」と、エンゲルスはのちに述べている。

〈精神〉の歴史を推進してきたものは、人間の諸事における自由の理念の具体的な実現であり、その自由の達成こそが〈精神〉の絶対的かつ最終的な目的となっていた。要するに、歴史の流れとは目的論的に文明のなかで自由と理性が有機的に成長するのを見ることなのであり、それは最終的には〈精神〉の実現となって頂点に達するのだった。へーゲルの言葉を借りれば、「世界の歴史は自由の意識の進歩にほかならない」のである。あらゆる段階において、たとえ気まぐれで絶望的に思われるときでも、そのような方向で進んでいたのである。混沌とし無秩序な人間の諸事の陰でも、抜け目のない狡猾な理性は着実に働いていたからだ。
※一部改行しました


筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P62-63
ヘーゲル(1770-1831)Wikipediaより

ヘーゲルの歴史観は、それまでのキリスト教的な歴史観とは異なるインパクトを青年たちに与えることになりました。

人間の理性、哲学こそ世界の歴史を構成している。それは一見気まぐれで絶望的に見えても実は常に進歩し続けている。

それまでのキリスト教世界では神が歴史を規定していました。それが今や、人間の理性や哲学が世界を規定してくことになったのです。

新たな信仰を手にするエンゲルス~キリスト教からヘーゲル思想へ

数ヵ月間、疑問と混乱に悩まされたあと、エンゲルスは彼ならではの情熱をもって、新いへーゲルの信条を奉ずるようになった。グツコーの『テレグラフ』紙の古典的な文芸欄に、「景観」(一八四〇年)と題して、エンゲルスは北海を渡る航海でさわやかな水しぶきとまばゆい太陽を楽しんだことを、「最後の哲学者[ヘーゲル]が言う神のイデーであり、十九世紀の思想界最大の傑作を、私が初めて理解し始めたこと」になぞらえ、「私は同じように幸せに満ちたスリルを味わい、まるでさわやかな海風が澄み切った空から私に向かって吹き降ろしてきたかのようだった」と書いた。

エンゲルスは生命力に満ちた自然という新しい神につかのまの慰めを見出した。ガレス・ステドマン・ジョーンズが述べるように、へーゲルは「彼のヴッパータールの信仰が描きだした恐ろしい輪郭に取って代わる、安全で心休まる場所」を与えてくれたのである。
※一部改行しました

筑摩書房、トリストラム・ハント、東郷えりか訳『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』P64

無神論というと、何も信じていないかのように思われがちですが実は違うパターンもあります。

このエンゲルスの例にもありますように、無神論とは何も信じないことではなく、従来のキリスト教の信仰を否定し、新たな信条に身を捧げることでもあるのです。

ある意味、彼は無宗教者になったのではなく、キリスト教から宗旨変えをして別の信仰へと移っていったということもできるかもしれません。

エンゲルスと同じように、こうしてキリスト教の世界観を否定し、ヘーゲル思想に傾倒していった若者はたくさんいました。そのひとりがマルクスでもあります。後の記事でマルクスについてもお話ししますが、エンゲルスとマルクスの共通点はこういう所にも存在していたのでした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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