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ザフランスキー『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』あらすじと感想~ドストエフスキーも愛したドイツ人作家のおすすめ伝記

目次

R・ザフランスキー『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』概要と感想~ドストエフスキーも愛したドイツ人作家

今回ご紹介するのは1994年に法政大学出版局より発行されたリュディガー・ザフランスキー著、識名章喜訳『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』です。

早速この本について見ていきましょう。

内容(「BOOK」データベースより)

〈物語/歴史〉から逃れるために怪奇と幻想に満ちた作品を書きつづけ、音楽家・画家・法律家としても多彩に活動したホフマンの波乱の生涯。激動と興奮の時代背景の中にその全体像を活写。

内容(「MARC」データベースより)

作家、音楽家、画家、法律家と多方面にその才能を発揮したドイツ・ロマン派の奇才として知られるホフマン。その波乱の生涯を、社会史や文化史の記述を豊富に盛り込みながら、18世紀の激動と興奮の時代背景の中に写し出す。

Amazon商品紹介ページより

ホフマン(1776~1822)はドイツのケーニヒスベルク出身の作家です。

E・T・A・ホフマン Wikipediaより

彼は作家だけでなく、音楽家、画家としても活動し、特に不気味で謎に満ちた怪奇小説というジャンルで名を馳せました。若きドストエフスキーもこうしたホフマンの怪奇小説を好んで読んでいたとされています。

今回ご紹介するザフランスキーの『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』はそんなホフマンの生涯に迫る一冊です。

ザフランスキーは当ブログでも何度も紹介した伝記作家です。ニーチェやショーペンハウアーの伝記で有名なザフランスキーのデビュー作がこの『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』になります。

ホフマンは彼以前にも多くの伝記が書かれており、新たに伝記を書くことのハードルは非常に高いものがありました。しかしザフランスキーは独自の方法でそのハードルを飛び越えていきます。訳者あとがきで彼の伝記の特徴が次のように述べられています。

ザフランスキーは、この難関をいともやすやすとクリアーした。〈作家〉ホフマンを作品解釈とからめてストレートに論じる方法を避け、従来の研究史や最近の研究の動向にあまりとらわれなかったのである。

本書の斬新さは、社会史や文化史の記述を豊富に盛り込みながら、フランス革命とナポレオンの登場に揺れ、〈近代〉がその輪郭を現わし始めた激動の世紀転換期に、ひとりの人間がどのように自己形成を行なったのか、ホフマンという典型的な十八世紀人を通して描いてみせた点にある。

自己懐疑の感情を持てあます青年期のホフマンの心理分析には特にぺージが割かれており、これまで研究家の誰ひとりとして正面切って言えなかったことを、よくぞそこまで踏み込んで書いた、と思わずにはいられない。それでいて文学研究に名を借りた俗流精神分析に堕していないところが巧みである。

ホフマンは文学史では作家・音楽家・画家・法律家と多方面にその才能を発揮したドイツ・ロマン派の奇才として知られている。しかし、「怪奇幻想の作家」、「お化けのホフマン」という異名に見てとれるように、どこかホフマンを異端視する見方がひろく行き渡ってしまった。あの有名なオッフェンバックのオぺレッタ『ホフマン物語』にしても、かなわぬ恋に生きた飲んだくれの芸術家という巷間伝わるホフマン伝説を甘い調べでくるんだホフマン誤解の最たる見本である。

ザフランスキーは、小天才として悪魔化された既成のホフマン観を見事に打ち壊してくれた。われわれが本書に見いだすのは、ことさら天才視もされなければ、美化もされていないホフマン、時代に流されまいと苦闘する等身大のホフマンである。

本書では音楽家としてのホフマンの苦悩はもちろん、法廷で責任能力の問題と向き合った裁判官としてのホフマンの姿も紹介されており(第25章参照)、過不足のないホフマンの実像が示されている。随所にホフマンじしんが描いた戯画やいたずら書きの類が掲載されているのもありがたい。

ホフマンの文学にも現代のマンガに通ずるものを感じている訳者としては、ホフマンを画家として認めるには抵抗があるものの、そのマンガ家的センスには正当な評価を与えるべきではないかと思っている。
※一部改行しました

法政大学出版局、リュディガー・ザフランスキー、識名章喜訳『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』P576-577

この本のありがたいのはホフマンが生きた時代の社会や文化、時代背景を解説してくれるところにあります。

ホフマンが生きた1776年から1822年のドイツというのはゲーテやシラー、ショーペンハウアー、ヘーゲルが活躍した時代でもあります。またホフマンが生まれたケーニヒスベルクはあのカントが住んでいた街です。しかもカントは1724年生まれの1804年没ですのでまさしくカントが活躍していた街でホフマンは生れたのでした。

そういう意味でもザフランスキーがこの本で語る時代背景や文化は、他のドイツ人哲学者の背景を知る上でも非常に役に立ちます。

ホフマンその人を学びながら他の哲学者の人生と絡めて私たち読者は考えていくことができます。これは楽しい読書でした。

ホフマンその人も波乱万丈、破天荒な人ですごく興味深いです。彼の不思議な作家人生を辿りながら彼の作品の特徴も学ぶことができます。ドストエフスキーについての直接の言及はありませんが、この本を読みながら、ドストエフスキーはホフマンのこういうところに惹かれたのだろうなと想像しながら読むのも楽しかったです。

当時のドイツの時代精神を知る上でも非常におすすめな作品です。なぜこの時代に多くの偉大な哲学者や作家が生まれたのか、ホフマンの謎多き不気味な小説はなぜ生まれたのかということを知ることができます。

非常におすすめな伝記です。

以上、「R・ザフランスキー『E.T.A.ホフマン ある懐疑的な夢想家の生涯』ドストエフスキーも愛したドイツ人作家のおすすめ伝記」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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