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J・スパーバー『マルクス ある十九世紀人の生涯』あらすじと感想~人間マルクスを描いた中立的でバランスのよいおすすめ伝記!

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ジョナサン・スパーバー『マルクス ある十九世紀人の生涯』概要と感想

カール・マルクス(1818-1883)Wikipediaより

今回ご紹介するのは2015年に白水社より出版された、ジョナサン・スパーバー著、小原淳訳『マルクス ある十九世紀人の生涯』です。

この本の内容に入る前に著者のプロフィールを見ていきましょう。

著者プロフィール

ジョナサン・スパーバー
Jonathan Sperber

1952年、ニューヨーク生まれ。
近現代ドイツの政治史、宗教史、社会史を専門とする、アメリカの歴史家。
コーネル大学を卒業後、シカゴ大学大学院に進み、ドイツ思想史のレオナルド・クリーガーに師事。
1980年、シカゴ大学から博士号を授与され、1984年からミズーリ大学に勤務し現在に至る。
2005~10年、同大学歴史学部長の任に就く。
多くの学会や研究機関の要職も歴任しており、近年のドイツ近現代史研究を牽引する歴史家の一人。

白水社、ジョナサン・スパーバー著、小原淳訳『マルクス ある十九世紀人の生涯』より

著者のジョナサン・スパーバーはニューヨーク生まれの学者で、近現代ドイツの政治史、宗教史、社会史を専門とする歴史家です。

では、本書について見ていきましょう。

従来の「マルクス伝」の多くは、称賛にせよ批判にせよ、マルクスをあたかも預言者のごとく描いてきた。これに対して本書は、マルクスの大きな歴史的影響力にもかかわらず、十九世紀ヨーロッパ社会に生きた一個人として、当時の状況に強く規定されていたとし、その歴史的文脈で再検討する必要性を強調する。本書は、客観性と公平性を持った、「歴史家による評伝の決定版」であり、我々の現今の状況に光を当てる一助ともなるだろう。

本書はマルクスの思想や政治活動はもちろん、その私生活も網羅して、三つの要素を連関させながら、全体像を描いている。思想的・政治的に公正な視点を貫き、過度に美化したり、否定することがなく、共産主義体制崩壊から二十年以上を経た現在、マルクスを「神話」から解放し、ひいては今日の基礎を築いた「十九世紀」という時代を見つめ直すためにも格好の書と言える。また、思想家や活動家、政治家や芸術家など、重要人物による「群像劇」としても興味深く読める。

Amazon商品紹介ページより

この本の特徴について巻末の訳者あとがきでわかりやすくまとめられていましたので今回の記事ではそちらを紹介します。

特徴①マルクスの人物と思想を徹底して彼の生きた時代の文脈に位置づけて理解しようとする姿勢

本書の特徴としては、以下の諸点を挙げることができる。第一に、マルクスを現代の資本主義の危機を言い当てた予言者として捉えたり、大規模な暴力や独裁を伴いつつ展開した二十世紀の共産主義と彼を短絡的に結びつけようとする立場を批判し、マルクスの人物と思想を徹底して彼の生きた時代の文脈に位置づけて理解しようとしている。

もとより、スパーバーは、マルクスを時代に押し込めこめようとしているわけではない(もしそのように考えるのであれば、そもそも大部のマルクス伝を書く必要はない)。

本書の序論に目をとおせば、眼前の諸々の危機に直面して、安易にマルクスに解決策を見出そうとする風潮が近年世界的なものになっているのが分かるが、劇薬は服用の仕方次第で良薬にも猛毒にもなるのであり、その本質を冷静に見極めることこそが肝要だというのがスパーバーの真意であろう。

この点については、定評のあるヒトラーの伝記の作者であるI・カーショーも、スパーバーを称賛している。
※一部改行しました

白水社、ジョナサン・スパーバー著、小原淳訳『マルクス ある十九世紀人の生涯』下巻P344

マルクスを後の時代の世界の視点から見るのではなく、あくまで彼の生きた時代においてマルクスがどう生きていたのかを著者は重要視して著述していきます。

特徴②マルクスの公的活動と私生活の両面、そして思索と実践の双方を踏まえた、総合的な叙述のスタイル

本書の第二の特徴は、マルクスの公的活動と私生活の両面、そして思索と実践の双方を踏まえた、総合的な叙述のスタイルにある。

スパーバーは、思想と公的活動、そして私生活という三つの側面をバランスよく叙述し、またそれぞれの側面の相互の影響関係をしっかりと押さえている。

そのことで本書は、思想家マルクスと生活者マルクス、あるいは初期マルクスと後期マルクスの断絶を強調するあまり、統合的なマルクス像を見失うという、先行研究がしばしばはまり込んだ陥穽を回避しえている。

そして、マルクスの幼少期から老年期までを跡づけるなかで、三つの側面のそれぞれに一貫し続けていた要素を見出し、それらと新たな要素とのせめぎ合いをつうじて彼がいかに変貌していったのかを論じようとしていることにも、注目すべきである。

具体的には、へーゲル思想と実証主義、学問とジャーナリズム、祖国ドイツへの反発と愛着、プロイセンやロシアへの嫌悪と関心、ブルジョワ意識と労働者への共感といった諸点についての論考がそれにあたる。
※一部改行しました

白水社、ジョナサン・スパーバー著、小原淳訳『マルクス ある十九世紀人の生涯』下巻P355

この本の中で私が最も印象に残ったのがこの特徴でした。マルクスがいかにして『資本論』の思想にまでたどり着いたのか、そしてなぜわざわざ異常なほど難解に書いたのかということがなんとなく想像できたような気がします。

彼は若い頃からヘーゲルなどのドイツ哲学の影響を受けていて、抽象的な思考方法に慣れ親しんでいました。そこに反体制のジャーナリズムの文体も学んだりと、彼の思考スタイル、文体の形成過程がとてもわかりやすく解説されています。これがわたしにとってはこの本の1番のおすすめポイントです。

特徴③マルクスに対して思想的、政治的に公正な視点が保たれている点

第三に、本書では、マルクスに対して思想的、政治的に公正な視点が保たれている。マルクスを過剰に美化したり、逆に不当に貶めたりする傾向は、決して冷戦終結以前のものではない。むしろ、一九八九年以降にこそ、マルクス主義の敗北とマルクス自身の限界を混同し、彼を断罪したり過去の遺物として閑却しようとする主張がまかりとおっているし、あるいは反対に、マルクスに過度の期待を寄せ、彼の言動に一方的な思い入れを上塗りしようとする向きもある。

本書はこうした意図から距離をとっており、その結果、共産主義の崩壊からニ〇年以上を経た現在、なおも根強い「神話」からマルクスを解放し、こんにちの世界の基礎をなす十九世紀という時代を見つめ直す機会を提供してくれる書となっていよう。
※一部改行しました

白水社、ジョナサン・スパーバー著、小原淳訳『マルクス ある十九世紀人の生涯』下巻P345

マルクス関連の本はどうしてもそれぞれの主義主張が入り込んでしまう度合いが大きくなってしまいます。それが一概にいいか悪いかは言えませんが、この本に関しては、著者は歴史学者としてなるべくそうしたステレオタイプに基づいた研究から距離を置こうとしています。この点もこの本随一のおすすめポイントです。

特徴④新資料「新MEGA」の活用

第四に、『資本論』刊行百周年の一九六七年以来編纂が続いている『カール・マルクス=フリードリヒ・エンゲルス全集』、いわゆる新MEGAに収録された新史料を積極的に活用しているのも、本書のメリットである。

確かに、スパーバー自身が告白しているように、これまで十分に吟味されてこなかったそれらの史料を活用しても、従来のマルクス像を一変させるほどの新事実が発見されるわけではなかろう。

しかし、マルクスを当時の文脈において埋解し、彼の生涯を公平かつ総合的に再考しようとすれば、できる限りの史料を微細に検討することが不可欠であり、新MEGAの利用が不十分な他のマルクス伝に比して、歴史研究としての本書の精度はより高い。
※一部改行しました

白水社、ジョナサン・スパーバー著、小原淳訳『マルクス ある十九世紀人の生涯』下巻P345-346

新資料はこれまでのマルクス像を一変させるほどの新事実はないにしても、その膨大な資料によってマルクスの生涯や思想を研究する上では大きな助けとなります。それらを駆使してこれまでの研究と照合し、より精度の高いマルクス像を著者は目指しています。

おわりに

これまで4つの特徴を見てきましたように、この本はマルクスを歴史的人物として学ぶ際に非常に役に立つ伝記となってます。

マルクスがどのような過程を経て『資本論』へと進んで行ったかがわかりとても興味深かったです。

マルクスの生涯を学ぶならこの伝記が一番読みやすかったなというのが私の印象です。

とてもおすすめな一冊となっています。

以上、「ジョナサン・スパーバー『マルクス ある十九世紀人の生涯』~人間マルクスを描いた中立的でバランスのよいおすすめ伝記!」でした。

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マルクス(上):ある十九世紀人の生涯

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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