E・H・カー『カール・マルクス その生涯と思想の形成』~「マルクス主義はなぜ人を惹きつけたのか」の分析が秀逸なおすすめ伝記

おすすめマルクス・エンゲルス伝記

E・H・カー『カール・マルクス その生涯と思想の形成』概要と感想~「マルクス主義はなぜ人を惹きつけたのか」の分析が秀逸なおすすめ伝記

カール・マルクス(1818-1883)Wikipediaより

今回ご紹介するのは1934年にイギリスの歴史家E・H・カーにより発表された『カール・マルクスの生涯 その生涯と思想の形成』です。私が読んだのは1961年に未来社によって発行された石上良平訳の『カール・マルクスの生涯 その生涯と思想の形成』の1987年第25刷版です。

この伝記の作者のE・H・カーはイギリスの国際政治学者、歴史家であります。

E・H・カーは1892年生まれで、ケンブリッジ大学で学んだ後、外交官の道を歩んでいます。外務省のロシア課に勤務した経験からロシアの歴史や文化に関心を持つようになっていったそうです。

1936年に職を辞してからはウェイルズ大学の国際政治学の教授として活躍していました。

カーといえばその名著『歴史とは何か』で世界的に知られていますが、ドストエフスキーの伝記でも有名です。

当ブログでもその伝記を紹介しましたが、この作品においてカーの伝記の特徴が以下のように解説されていました。

このドストエフスキーの評伝には、世界的大作家に対するなんの神秘化もなければ、なんの偶像崇拝もない。熱狂的な肯定も否定も一切みとめられない。それがまさにこの評伝の特徴である。(中略)またドストエフスキーの性格的弱点や論理的混乱をしばしば指摘して、この偉大な預言者が時としてユーモラスな愛すべき道化となったりする。超越的な神秘化の角度は一切とらず、長所と短所がバランス・シートのように両者並べて提示されるこの評伝に、みごとなイギリス的、良識的文芸批評の魅力を感ぜずにはいられない。


筑摩書房出版 松村達雄訳、E・H・カー『ドストエフスキー』P309

カーの筆はどこか一歩引いたような冷静な視点です。正直、ところどころ、冷たすぎるんじゃないかと思ってしまったところがあるくらいです。

ですがその代わり過度にドストエフスキーを神格視したり、不当に貶めるようなこともしません。いいところも悪いところも含めて、出来るだけ客観的に資料を分析していくという姿勢が感じられます。

今回ご紹介する『カール・マルクス その生涯と思想の形成』もまさしくそんなカーの特徴が表れている伝記になります。

カーの伝記の特徴は事実をベースに淡々と、できるだけ客観的にその人物の人生を追っていく点にあります。とにかく冷静です。

ですので読みやすさと言いますか、物語としての面白さという点では若干固さを感じます。楽しい読み物という雰囲気ではありません。ですので正直、伝記部分は読むのが辛いです。

個人的には、マルクスの生涯の流れを知るためにはこの伝記はあまりおすすめできません。これを一冊目に読んだらおそらく挫折する可能性はかなり高くなってしまうと思われます。

ですがこの伝記にはそうした面をすべて補いうる圧倒的な長所があります。

それがタイトルにもあります、「マルクスがなぜこんなにも人々を惹きつけたのか」という分析です。

当ブログでも以前この分析は紹介しました。

この分析は伝記の最終盤に出てきます。上の記事ではその一部を紹介しましたが、この本ではかなり詳しくこのことについて分析がなされます。これは非常に興味深い内容です。この分析を読むだけでもこの本の価値はものすごくあります。いや、むしろこの分析を読むためにこの本を手に取るべきとすら言えるかもしれません。それほど鋭い分析です。これはぜひおすすめしたいです。

では、最後に巻末の訳者あとがきよりこの伝記の特徴についてまとめられている箇所を引用していきます。

このマルクス伝は我が国の読書人の間では〈有名〉ではあるようだが、読んだ人は少いように聞いている。我が国へ輸入された部数が少かったせいかも知れない。私はずっと以前に、故河合栄治郎先生の蔵書の中にこれを見つけて一読し、甚だ興味を覚えた。著者は本書の序文でも述べている通り、「マルクス主義者」でもなけれぼ、「擬似マルクス主義者」でもなく、さればといって「反マルクス主義者」でもない。著者自身は、「或る点ではたしかに、私は自分をマルクス主義者そのものよりも良いマルクス主義者と見なしてよいかも知れない」と言っている。この言葉の適否は別として、少くとも著者がマルクスの人間と思想とに対して、理解ある、、、、人であることは確かである。マルクス主義者の書くマルクス伝はマルクスを神壇に祭り上げ、反マルクス主義者はマルクスを悪魔の姿に描く。この伝記は、そういう種類のものではない。著者はマルクス主義には大いに批判的だが、彼の生涯の隅々にまで冷静な眼を注ぎ、人間としてのマルクスを描き出している。

未来社、E・H・カー、石上良平訳『カール・マルクス その生涯と思想の形成』P421

この伝記はマルクスを神のように崇めるのではなく、悪魔のように貶めることもなく、あくまで一歩距離を置いて人間マルクスを描いていきます。冷戦が終結ししばらく経った現代ならまだしも、1934年というイデオロギー対立真っ盛りの時代においてすでにこうした伝記を書いているというのは驚くべきことだと思います。

E・H・カーの優れた考察が光るおすすめ伝記です。

以上、「E・H・カー『カール・マルクス その生涯と思想の形成』~「マルクス主義はなぜ人を惹きつけたのか」の分析が秀逸なおすすめ伝記」でした。

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