シェイクスピアのマニアックなおすすめ作品10選~あえて王道とは異なる玄人向けの名作をご紹介
シェイクスピアのマニアックなおすすめ作品10選~あえて王道とは異なる玄人向けの名作をご紹介
当ブログでは以前「シェイクスピアおすすめ作品12選~舞台も本も面白い!シェイクスピアの魅力をご紹介!」という記事でシェイクスピアのおすすめ作品をご紹介しました。
この記事で紹介した作品は『ハムレット』や『リア王』など王道中の王道がメインで、誰もが知る傑作がそのほとんどを占めています。
ですがシェイクスピア作品はそれだけではありません。
シェイクスピアはその生涯で40作品ほどの劇作品を生み出しています。日本ではあまり知られていない作品の中にも実はたくさんの名作が隠れています。王道は王道で何度読んでも味わい深い名作でありますが、そうではないマニアックな作品を読むことで見えてくるものもあります。
今回の記事ではそんなマニアックなシェイクスピアおすすめ作品を紹介していきたいと思います。それぞれの記事でより詳しく解説や感想を述べていますので興味のある作品があればぜひそちらもご覧ください。
では早速始めていきましょう。
『タイタス・アンドロニカス』 古代ローマを舞台にした初期の隠れた名作!
シェイクスピアのマニアックな名作の筆頭として私はまずこの作品を挙げたいです。
この作品は私の中でもトップクラスに印象深い作品です。
古代ローマを舞台にした劇をシェイクスピアはいくつも書いていますがその中でも最も有名なのはやはり『ジュリアス・シーザー』ではないでしょうか。そして『アントニーとクレオパトラ』が次点に連なるのではないかと思います。
この『タイタス・アンドロニカス』はシェイクスピアの初期の作品です。つまり彼にとっての最初の古代ローマの劇が本作品になります。
そしてぜひ強調したいのがこの作品のとてつもないどぎつさです。とにかくむごい!ちょっと想像を絶するむごさです。読んでいてかなり辛くなります。
『リア王』もかなり悲惨な劇ではありますがそれをはるかに超える残虐さ、非道ぶりです。
「どいつもこいつも復讐の餌食になるがいい!」
Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No1426
これは悪事を企んだエアロンというイアーゴー的な男が捕らえられた時に苦し紛れに叫ぶ言葉であるのですがまさにこの言葉通り、この作品では復讐が復讐を呼び、互いに残虐な仕返しを繰り返すことになります。
そして最終的にその憎しみの声は主人公タイタスの次のような恐るべき言葉で表されることになります。
聞け、悪党共、俺は貴様等の骨を碾いて粉にし、それを貴様等の血で捏ね、その練り粉を延し、見るも穢はしいその貴様等の頭を叩き潰した奴を中身にパイを二つ作って、あの淫売に、さうよ、貴様等の忌はしい母親に食はせてやるのだ、大地が自ら生み落したものを、再び呑込む様にな。
Kindle版、新潮社、『タイタス・アンドロニカス』、シェイクスピア、福田恆存訳、位置No1621
初期シェイクスピアにしてすでにこのような恐るべき言葉がすでに現れているのです。ちょっと常軌を逸していますよね。私もこの箇所を読んだ時はさすがにぞっとしました。
ですがこのタイタスの怒りも正当といえば正当です。それだけのことをこの母(敵役のタマル)とその子たち(ここでは貴様等と呼ばれている)にされてきたのです。(娘の夫を目の前で殺害し、娘をそのまま強姦。さらにその罪がばれないように娘の舌と両手首を切り落とし、さらにはタイタスの息子たちに濡れ衣を着せて処刑した。なんと恐ろしい!)
とにかくこの作品は異常に残酷です。このことについての若干の解説も解題ではなされています。このことについてはこれ以上は触れませんが、これまで述べてきたようにこの作品は後期悲劇作品につながるものを感じることができます。
そして登場人物の圧倒的個性、人物の巨大さですね。これも見逃せません。
先ほども出てきたイアーゴー格のエアロンという男。悪の権化のような人物ですがこの男の巨大さ、そして一筋縄ではいかない複雑さたるや!これはすさまじい人物造形だと思います。よくもまあこんなにも強烈な人物を生み出したなと驚くほどです。現代風に言うなら、ものすごくキャラが立っています。その存在感は主人公タイタスを完全に圧倒しています。
これはとてつもない作品です。シェイクスピアの初期作品にしてすでに圧倒的な迫力です。ぜひぜひこのどぎつい作品に度肝を抜かれてみてください。
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『ジョン王』 イングランド史上最悪の王の史劇!
この作品のタイトルになっているジョン王(1166-1216)は「イングランド史上最悪」と評される王様です。そしてこのジョン王はディズニー映画『ロビン・フッド』に出ていたあのライオン王のモデルだそうです。一気に身近に感じられますよね。
もちろんディズニー映画は史実とは異なりますが、モデルになったジョン王が失策だらけの無能な王だったというのは史実に倣っているようです。
そしてこの作品はとにかく言葉、言葉、言葉!シェイクスピア作品はどれも「言葉」が重要ではありますが、『ジョン王』は特に「言葉」が武器として使用されている感が強い作品です。
『ジョン王』は戦争を舞台にした作品でありますが、その戦争の勝敗が武力よりも「言葉」によって決するという珍しい展開が続きます。そして私生児フィリップの活躍も見逃せません。そんな「言葉、言葉、言葉」の欺瞞の世界に一石を投じる彼のセリフには「お見事!」としか言いようがありません。
また、この作品は2023年に彩の国シェイクスピア・シリーズで上演されました。
吉田鋼太郎さん演出、小栗旬さん主演の超豪華な『ジョン王』を私も観劇しました。
この時の感想は記事本編でお話ししていますが、本当に素晴らしい舞台でした。
私はこの舞台観劇を経てから『ジョン王』が大好きになりました。小栗旬さん演じる私生児フィリップの言葉が私の中にずんとのしかかっています。彼の言葉はあまりに重い。舞台を通して感じたその重みをこれからも大切にしていきたいと思います。
本で読んでも非常に味わい深い作品です。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
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『ペリクリーズ』 ドラマチックなストーリー展開が魅力の傑作ロマンス劇!
『ペリクリーズ』は『リア王』や『マクベス』などの重厚な悲劇作品を経てシェイクスピアが到達した「ロマンス劇」時代の幕開けとなる作品です。
このロマンス劇とはいかなるものか、巻末の解説では次のように述べられています。
シェイクスピアのロマンス劇という言い方をするが、ロマンスといっても、恋愛ものではない。神様のお告げがあったり、死んだはずの人が生きかえったりする伝奇的雰囲気に満ちた作品という意味だ。『ぺリクリーズ』を皮切りにして、『冬物語』、『シンぺリン』、『テンぺスト』の四つの作品が、普通、このジャンルに入る。シェイクスピアは、喜劇、最後の最後には、お伽噺のようなロマンス劇によって、そのキャリアを締めくくったのである。
筑摩書房、シェイクスピア、松岡和子訳『ペリクリーズ』P198
なるほど、私たちが普通想像してしまう「ロマンス」とは違った雰囲気があるのがシェイクスピアの「ロマンス劇」なのですね。
このことについて訳者解説では次のようにも語られていました。
『ペリクリーズ』に始まるシェイクスピアのロマンス劇は、悪く言えば筋の運びが荒唐無稽で現実離れしている。良く言えば素朴な御伽噺ふうで、鄙びたなつかしさをそなえている。神託や魔法など超自然の要素が入るのも特徴のひとつ。
『ぺリクリーズ』は勧善懲悪の芝居でもある。今の世の中、悪いヤツほどいい目を見る傾きがある。だからこそ、私たちに必要なのはこういう素朴で真っ直ぐな物語のはず。劇冒頭のガワーの口上にもあるとおり、まさに「良きもの、古きこそ良し」である。私たちの最も強い願いは、死んだ愛する者の蘇りだろう。『ぺリクリーズ』ではその願いが叶えられる。シェイクスピアの手にかかると、荒唐無稽やご都合主義が奇跡に転じるのだ。『ぺリクリーズ』がもっと読まれ、もっとたびたび舞台にかかることを願う所以である。
筑摩書房、シェイクスピア、松岡和子訳『ペリクリーズ』P194
たしかに『ペリクリーズ』を読んでみると、松岡さんの言葉通り、綺麗な勧善懲悪です。そして主人公たちが苦難の道を歩み、もうだめかというところで見事な大団円。これは爽快です。そして口上役のガワーの語りがまたいいんですよね。物語と物語をつなぐ絶妙な語りが読者の期待感を増幅します。
そして松岡さんが「『ぺリクリーズ』がもっと読まれ、もっとたびたび舞台にかかることを願う所以である。」と述べるようにこの作品はものすごいパワーを持った作品です。
『ペリクリーズ』を読んでみて、私はこの作品の見事さに衝撃を受けました。何度鳥肌が立ったかわかりません。
『ペリクリーズ』は悲劇時代を経たシェイクスピアが初めて書いたロマンス劇です。『リア王』や『ハムレット』など、救いのない重い悲劇作品を書き続けてきたシェイクスピアがこんなハッピーエンドの作品を書くのかと改めて驚くしかありません。
ある意味、悲劇作品によって培われた世界最強の「どん底の描写」はそのままに、勧善懲悪の最高に爽快な大団円が待ってるのですから面白くないわけがありません。「どん底」を極めたシェイクスピアならではの新たな伝家の宝刀がここに誕生したのです。これは強い!悲劇のどん底が深ければ深いほど復活の大団円は喜ばしいものになります。シェイクスピアは作家人生の晩年でとんでもない武器を手にすることになったのでした。
『ペリクリーズ』は私にとっても強烈な印象を残した作品になりました。これは面白いです。ぜひぜひおすすめしたい作品です。
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『シンベリン』 シェイクスピア後期の波乱万丈のロマンス劇
『シンベリン』も上の『ペリクリーズ』と同じく『リア王』や『マクベス』など重厚な悲劇作品を経てシェイクスピアが辿り着いた「ロマンス劇時代」の作品です。
この作品の本紹介を見ていきましょう。
「ブリテン王シンベリンの娘イノジェンは、イタリア人ヤーキモーの罠にはまり、不貞を疑われる。嫉妬に狂う夫ポステュマスの殺意を知らぬまま、イノジェンは男装してウェールズへ行くが、薬で仮死状態になった彼女の傍らにはいつしか夫の首のない死体が―。悲劇と喜劇が入り混じり、波瀾万丈のなか、最後は赦しと幸福な結末を迎える「ロマンス劇」の傑作。」
Amazon商品紹介ページより
とありますように、この作品はかなり動きのある作品です。「薬で仮死状態になったイノジェンの傍らには夫の首のない死体が」という何とも情報過多な解説です(笑)たしかにこれは「ロマンス劇の傑作」と評されるだけのジェットコースター作品です。
ちなみにですが、私としてはこのジェットコースター的な筋書きよりも、妻の貞淑を試す愚かな夫という主題に私は強い印象を受けました。この記事ではそのことについてもお話ししていますので、ぜひ記事本文を読んで頂けたらと思います。
『ハムレット』や『リア王』などのメジャーどころとはまた違った魅力がある作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
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『ヘンリー四世』 ハル王子とフォルスタッフ、名キャラクターが生まれた歴史劇
この作品の見どころは何と言っても名キャラクター、ハル王子、フォルスタッフの存在です。特にフォルスタッフはシェイクスピアの生み出した最も優れたキャラクターとして知られています。
フォルスタッフの存在は『ヘンリー四世』を読む前から知っていました。シェイクスピア関連の本に限らず、演劇、文学の枠を超えて様々な場でその名が出てくるのです。
私も「それほどまでに有名なフォルスタッフとは一体何者なのだろう」とずっと興味を抱いていたのですが、ようやく彼の活躍ぶりを読むことができました。
実際読んでみて納得、これは面白いです。たしかにフォルスタッフの存在感は圧倒的です。
ウィットに富んだ言葉が機関銃のように飛んできます。ああ言えばこう言う。思わずくすっと笑ってしまう名セリフの連発です。しかもとんでもない太鼓腹、重量級のルックスもまたいいんですよね。ハル王子にそのルックスを何度もいじられるのですがこれがまた笑えるんです。
そしてここがまたすごいのですが、単に道化的な面白い人物かと思いきや一瞬にして哲学的な存在にもなってしまいます。
解説でも『「名誉で傷が治るか」というフォルスタッフの名言には、「哲学でジュリエットが作れますか」と問いかけるロミオの台詞同様、深遠な真実が含まれている。』と説かれていました。
人間洞察の達人シェイクスピアが生み出した最高傑作フォルスタッフにはこうした意味があったのですね。こうした深みを持ったキャラクターだからこそ時代を超えて愛されているのではないでしょうか。
割とコンパクトな作品が多い中で『ヘンリー四世』は第一部、第二部と合わさった大作です。ですがハル王子、フォルスタッフの軽快なやりとりのおかげでまったく退屈させません。この二人のやりとりはぜひ生の演劇でも見てみたいなと強く思います。絶対面白いに違いありません。
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『じゃじゃ馬ならし』 意地悪で頑固な長女と伊達男の大舌戦!言葉の喜劇!
この作品はシェイクスピア初期の喜劇作品です。この作品は「じゃじゃ馬むすめカタリーナ」が機知に富んだ伊達男ペトルーキオーによってすっかり優しい別人に様変わりするというストーリーです。
この2人の壮絶な舌戦はこの作品の見どころ中の見どころです。
これを実際に生の劇で観たらどんなことになるのでしょうか。これはすさまじい戦いです。まさに言葉、言葉、言葉のオンパレード!よくぞこんなに出てくるなとものすごいスピード感で2人はやり合います。
この2人は一体どうなってしまうのか、そして『じゃじゃ馬ならし』というタイトル通り、ペトルーキオーはどうやってじゃじゃ馬むすめカタリーナの心を解きほぐしていくのでしょうか。(その方法は現代から見れば問題があるものですが・・・)
さすが人間造形の達人シェイクスピアです。これはシンプルながらも唸らせられた作品でした。
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『恋の骨折り損』 恋愛禁止条例を発令した当の男たちが恋に振り回される喜劇
この作品は学問を究めんがためには恋愛なんてものに現を抜かすなんてありえないという、非常に堅物で真面目な青年たちが主役です。
4人は女から絶対に離れると誓いを立てるのものの、その誓いを立てたそばから美しい女性たちがやってきます。
4人は表向きは恋をしていないように振舞うのですが、実はあっという間に彼女たちの虜に・・・
真面目で頭でっかちな青年たちがそんな恋に狂っていく様がこの物語で語られます。
その中でもムードメーカー的なお調子者、ビローンが口にする言葉がすごくいいんですよね。
ああ、とうとう俺も恋に落ちた!
筑摩書房、シェイクスピア、松岡和子訳『恋の骨折り損』P70-71
これまでは、恋を鞭打ち、
恋わずらいの溜め息を罰する役人だった俺が。
恋を批判し、夜警となって取り締まり、
どんな人間よりも堂々と
キューピッドを叱りつける教師だった俺が!
あのべそっかきで我がままな小童、目隠しで何も見えず、
大人で子供、巨人で小人のキューピッド様々。
恋の歌の摂政、憂い顔の腕組み連中の殿様、
溜め息とうめき声を司る正当な君主、のらくらしたり、ぶつくさ言ったりするやつらの支配者、
女性自身どもの大公、股間のいちもつどもの王、
性犯罪者を教会裁判所に呼び出す役人の親玉であり、
総大将であるキューピッドめ。ああ、俺の小さな心臓よ!
遂にこの俺までがやつの副官になり、アクロバット芸人の
ぴらぴらした飾りみたいに、やつの軍旗を振り回すのか!
えっ!俺が恋をする!女を口説く!妻を欲しがる!
恋なんて絶対にするものかと思っていたのに、まさか自分がという驚きが非常によく表れていますよね。
自分たちで恋愛禁止条例を宣言しながらその舌の根も乾かぬ内に撤回せねばならなくなった男たちのどたばたぶりが何とも愉快な作品です。
そして最後は大団円かと思いきや、何とも歯がゆい結末。はたして頭でっかち4人組はこの後どうなってしまうのか気になるところです。彼女たちと交わした約束を守れることを願うしかありません。
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『ヘンリー六世』 悲惨な内乱、薔薇戦争を描いたシェイクスピアのデビュー作
この作品は何と言ってもシェイクスピアのデビュー作になります。
そのデビュー作たる『ヘンリー六世』は15世紀に起こった薔薇戦争というイギリスを二分した悲惨な内乱がモチーフとなっています。
薔薇戦争については前回の記事「陶山昇平『薔薇戦争』~シェイクスピアの『ヘンリー六世』『リチャード三世』の時代背景を知るのにおすすめの解説書!」で紹介した以下の本で詳しく解説されています。
正直、この本を読んでおかないと『ヘンリー六世』を読むのはかなり厳しいと思います。
と言いますのも、この作品の舞台となる薔薇戦争はとにかく複雑です。登場人物も多く、似たような名前の人物もどんどん出てきます。しかも誰がどちら側の陣営にいるかもわからないといけません。
これはあらかじめ大まかにでも時代背景を知っておかないと、物語の流れを把握することすら覚束ないことでしょう。私も最初は時代背景を知らずに読み始めたのですが、すぐに挫折してしまいました。
これは『ジュリアス・シーザー』や『アントニーとクレオパトラ』でもそうでした。かつて私はこれらの作品でも挫折しています。
ですがこれらの作品も阿刀田高氏によるシェイクスピアの入門書『シェイクスピアを楽しむために』を読んで時代背景を知ってから読み直してみると面白いのなんの!やはり時代背景や物語の大まかな筋を知っておくことは非常に大切なことだなと思いました。
今回の『ヘンリー六世』もまさにそうです。陶山昇平著『薔薇戦争』で時代背景を知ってから読むとものすごく面白いです。
壮大な規模で戦われた薔薇戦争をシェイクスピアはよくぞこんなにもコンパクトにまとめたものだなと感嘆するしかありません。
そして面白いのが、この作品が続編の『リチャード三世』のプロローグとしての役割も果たしている点です。
『リチャード三世』はまさにこの『ヘンリー六世』で描かれた世界の直後のお話です。『リチャード三世』の主人公グロスター伯(後のリチャード三世)は『ヘンリー六世』の中でもすでに頭角を現し、物語の終盤では明らかにその強力な個性を発揮し始めます。
私たちは『リチャード三世』が『ヘンリー六世』の続編であることをすでに知っています。当時の観客たちも自国イギリスの話ですから重々それを承知しています。私たち日本人が信長たちの戦国時代の流れを知っているのと同じです。
『ヘンリー六世』ではグロスター伯が虎視眈々と獲物を狙っている様がすでに描かれていて、それが続編への期待をものすごく煽ります。これは読んでいてぞくぞくしてきます。デビュー作にしてシェイクスピアはかなりのやり手なようです。当時の人たちも「早く続編が観たい!」とうずうずしていたのではないでしょうか。
デビュー作にイギリス史の根幹である薔薇戦争をチョイスしたという所にもシェイクスピアのセンスのよさがあると思います。
『リチャード三世』はシェイクスピア作品の中でも屈指の名作として名高い名作です。私も大好きな作品です。その前史としてぜひおすすめしたい作品です。
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『リチャード三世』 恐るべき悪のカリスマと運命の輪。初期の傑作史劇!
『リチャード三世』は『ヘンリー六世』で劇作家デビューしたシェイクスピアの傑作史劇です。訳者解題でもその人気ぶりについて次のように紹介されています。
『リチャード三世』はシェイクスピアの極く初期に書かれた歴史劇であるが、初演以来今日まで、上演回数においても、見物の人気においても、後期の悲劇に匹敵するものがある。また、この作品は舞台で成功したばかりでなく、やや饒舌と言ってもよいほど溌剌として流動するせりふの魅力が多くの読者をひきつけ、既に作者生存中、四折本として六度も版を重ねている。
新潮社、シェイクスピア、福田恆存訳『リチャード三世』P211
ここで「やや饒舌と言ってもよいほど溌剌として流動するセリフの魅力」とありますが、たしかにこの作品のセリフには力があります。
リチャードが兄のクレランスを罠にはめて殺そうとしている時の、
さあ、二度と戻らぬ旅路を辿るがよい、お人好しの凡くら、クレランス、俺はお前が大好きだ、だから、すぐにも天国へ送りとどけてやる、天の方で受取ってさえすればな。
新潮社、シェイクスピア、福田恆存訳『リチャード三世』P17
というセリフ。何たる悪党ぶりでしょう。謀略を尽くして身内を殺すことに何の躊躇も感じていません。ですがこの何とも機知に富んだ言い回しがやはりたまりません。最悪な悪人なのはわかっています。ですが我々読者からすればなぜか憎み切れないのです。
そしてリチャードは次から次へと敵を殺し、血にまみれていきます。
リチャードの悪行は恐るべきものがあります。ですがこの史劇を読んでいると、それでも彼を「悪のカリスマ」として見てしまう不思議な魅力、いや魔力があります。
リチャードはたしかに悪人です。ですが彼は幼いころから強い劣等感、身体的な引け目を感じて生きてきました。しかも兄は国王。さらには己の容姿にもリチャードは耐えがたいものがありました。
そんなリチャードが全てをひっくり返す「力」を欲したのです。自らの知略、権謀術数、そして悪を恐れぬ強い精神を総動員してすべてをつかみ取ろうとしたのです。彼は悪を望み、悪をなすことを愛したわけではありません。「力」を得るために、王冠を得るためになせることをやったに過ぎないのです。もちろん、彼の残虐非道な行いは肯定されるはずもありませんが、『リチャード三世』は、己に苦しみ、力を得んと本気でもがき、運命に挑戦した男の物語でもあるわけです。そして最後は自らも運命の手によって破滅していくことになります。
こうした運命への挑戦、そして破滅という物語があるからこそ大悪党リチャードに私たちはカリスマを見てしまうのではないでしょうか。単なる悪人で収まりきらない魅力がこの男にはあります。
悪のカリスマの物語としてこの作品は非常に魅力的です。人間の毒が詰め込まれた恐るべき作品です。ぜひぜひおすすめしたい傑作です。
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『終わりよければすべてよし』 シェイクスピアの皮肉がピリリと効いた問題劇
この『終わりよければすべてよし』はシェイクスピアの「問題劇」として知られる作品です。
「問題作」とはどういうことか、ものすごくざっくり言いますとこの作品は『終わりよければすべてよし』とタイトルで言っておきながら、「本当にそうなのか?」と疑問になる作品なのです。
ストーリー的には困難を乗り越えて一応の大団円ではあるものの、明らかに「ん?」となる終わり方。「これは全然めでたしめでたしじゃないよ」と観客が突っ込みたくなるような終わり方です。シェイクスピアのことですからお客さんのこの反応はきっと予想通りでしょう。『終わりよければすべてよし』というタイトルなのもシェイクスピア流の皮肉であることがうかがえます。
ただ作品自体にはたしかに問題はあるのですが、この『終わりよければすべてよし』というタイトルがいいですよね。
私はこの言葉が大好きです。どんな人生であろうと最後の最後でいい生き様をすることができたら、それは「終わりよければすべてよし」なのです。これは『レ・ミゼラブル』やゾラの『ルーゴン・マッカール叢書』、ドストエフスキーやトルストイの大作を読んできて私が強く感じたことです。
これら大作にはとてつもない数の登場人物が出てきます。そして大作であるが故に、時間軸も壮大です。そんな中私達読者は多くの登場人物の生き様、死に様を見ていくわけです。人の人生はその最後の生き様にかかっていると私は思うようになりました。どんなに成功して権勢を誇っても、最後の最後であなたを思い泣いてくれる人がいるのか、あなた自身は納得して死んでいけるのか。この最後の生き様、死に様次第で「終わりよければすべてよし」と言えるかどうかが決まってくる。
私は「終わりよければすべてよし」と言える人生を送りたい。
逆に言えば、終わりまでは何があるかわからないし、ダメダメな可能性も大きいのです。でもいいんだと。目先のことでうじうじ悩んで不平を言うより、今やるべきことをやりもっと大きな時間軸で人生を見よとこの言葉は励ましてくれるように私は感じています。
とまあ『終わりよければすべてよし』というタイトルについてもお話ししてしまいましたが、「終わりよければすべてよし」という言葉が個人的に好きであるがゆえに、シェイクスピアの皮肉がピリリと効いていいんですよね(笑)「そんな甘くはありませんぜ」とニヤリと笑っているシェイクスピアが浮かんできそうです(笑)
いずれにせよ、色んな意味で私の中にも「問題」を引き起こした作品でした。
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おわりに
以上、この記事では10作品をご紹介しました。『ハムレット』や『リア王』、『ロミオとジュリエット』、『マクベス』、『オセロー』、『ヴェニスの商人』などなど有名どころ以外にもこれほどたくさんの魅力的な作品がシェイクスピアにはあります。
また、『じゃじゃ馬ならし』や『トロイラスとクレシダ』、『ウインザーの陽気な女房たち』など今回惜しくも紹介できなかった作品もまだまだあります。当ブログではそれらについてもご紹介していますのでぜひそちらもご参照頂ければと思います。
シェイクスピア作品は王道以外の作品も面白い!これは間違いないことです。ですがなかなかそれらの作品に触れることというのは難しいというのも実情だと思います。私も全作品を読んでみようと思うまでかなりの時間を要しました。
ただ、実際に全作品を読んでみて、その面白さやシェイクスピアの変遷について改めて知れたのは本当にありがたいことだったなと感じています。そしてこうしたシェイクスピアの読書を通じて、実際に演劇の場に何度も足を運ぶことが増えたのも私にとって大きな体験となりました。
特に現在吉田鋼太郎さんが率いている「彩の国シェイクスピア・シリーズ」と出会えたことは何よりの幸せでした。『ヘンリー八世』では号泣し、上でも述べましたが『ジョン王』の言葉は観劇後今なお胸に刺さり続けています。
これからも機会があればぜひシェイクスピアの演劇を見続けたいなと強く思っています。
この記事がシェイクスピア作品とのご縁に繋がりましたら何よりでございます。
以上、「シェイクスピアのマニアックなおすすめ作品10選~あえて王道とは異なる玄人向けの名作をご紹介」でした。
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