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サティシュ・クマール『君あり、故に我あり』あらすじと感想~ジャイナ教の視点から見た共存共生の人生哲学とは

目次

サティシュ・クマール『君あり、故に我あり』概要と感想~ジャイナ教の視点から見た共存共生の人生哲学とは

今回ご紹介するのは講談社より2005年に発行されたサティシュ・クマール著、尾関修、尾関沢人訳の『君あり、故に我あり』です。

前回の記事ではイギリスの経済学者シューマッハーの『スモール・イズ・ビューティフル』を紹介しましたが、私はその流れでサティシュ・クマールのこの本とも出会うことになりました。早速この本について見ていきましょう。

九歳でジャイナ教の修行僧、ガンジー思想にも共鳴し、八千マイルの平和巡礼を行ったインド生まれの思想家は、自然に対する愛を強調した独自の平和の思想を提唱する。デカルト以降、近代の二元論的世界観は対立を助長した。分離する哲学から関係をみる哲学へ。暴力から非暴力へ。思いやりに満ちた心の大切さを力説し、地球は一つと、相互関係・共生関係に基づく平和への新しい展望を示す

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この本の内容に入る前にサティシュ・クマールの経歴をご紹介します。少し長くなりますが彼の人生そのものが私にとっては大きな驚きでしたのでぜひ皆さんにも紹介したいと思います。

サティシュ・クマール Wikipediaより

サティシュ・クマールは一九三六年にインドのラージャスターンに生まれ、まだ九歳のとき出家し、ジャイナ教の巡礼修行僧となった。十八歳のとき、内なる心の声に従って僧を辞め、ガンジーの描いた新生インドと平和な世界のビジョンを実現するために土地改革の活動家になった。

バートランド・ラッセルの行動に触発されたサティシュは、インドからヨーロッパ、そしてアメリカへと、砂漠や山脈を越え、嵐や雪をついて、無一文で八千マイルの平和巡礼を行った。この冒険の途中、フランスでは牢獄に放り込まれ、アメリカでは銃を突きつけられながら、四つの核保有国の指導者に「平和のお茶」の包みを届けたのである。

一九七三年にイギリスに居を定め、雑誌「リサージェンス」の編集にあたり、以来編集長を務めている。サティシュはイギリスにおける数多くの環境、精神、教育活動を支える先覚者である。彼がハートランドに設立したスモール・スクールは、環境や精神の重要性をカリキュラムに取り入れた先駆的中学校である。一九九一年に設立された環境や精神の価値を研究するための全寮制の国際センターであるシューマッハー・カレッジでは、講義内容の責任者を務めている。

インドの伝統に従って五十歳のときに再び無一文の巡礼を行い、イギリスの聖地であるグラストンべリー、カンタべリー、リンディスファーン、アイオナを巡った。道中、古くからの友達と会い、新しい友達を作り、この巡礼はサティシュの人生と自然に対する愛を祝福するものとなった。

二〇〇〇年七月、サティシュ・クマールはプリマス大学から名誉教育学博士号を贈られた。ニ〇〇一年七月には、ランカスター大学から名誉文学博士号を贈られ、またニ〇〇一年十一月には、ガンジー思想の海外普及の功績で、ジャムナラール・バジャジ国際賞を授与された。

講談社、サティシュ・クマール、尾関修、尾関沢人訳『君あり、故に我あり』P9-10

いかがでしょうか。この文章は本文が始まる前の著者紹介の箇所で書かれているのですが、すでに彼の人生のスケールの大きさに驚くと思います。

ジャイナ教の修行僧として僧院で研鑽を積み、そこからあえて僧院を出て世界に向けて歩き出した。そして彼は巡礼の旅に出かけ、自らの道を実践したのです。

なぜ彼が出家を志し、後には僧院を出ることになったのか。それもこの本ではしっかりと書かれています。彼はジャイナ教の修行者でしたが同じくインドの仏教にも大きな影響を受けています。特に僧院を出ようと思い立ったのはブッダの影響が大きかったと本文では述べられています。ジャイナ教と仏教はその成立過程や思想内容も近いと言われています。サティシュ・クマールの特徴は自らの思想や哲学を独善的に考えず、絶えず他者や世界との関係性から見ていくところにあります。

この本では敬虔なジャイナ教徒の母の下で育った経験や、ヒンドゥー教の導師との対話、そしてジャイナ教の修行者としての日々、そこから世界への旅立ちを通してサティシュ・クマールの幅広く柔軟な思想を知ることができます。

そしてジャイナ教の思想という観点から自然と共生しながら生きていく道や、欲望を基本にした経済活動への批判などが語られていきます。

自分中心主義、不寛容が世界中に広がっている中でこの本は大きな可能性を感じさせる名著です。私はサティシュ・クマールの思想や生き方に非常に大きな感銘を受けました。

最後にこの本の最初に書かれている推薦の辞を紹介してこの記事を終えたいと思います。

グローバリゼーションによる経済的排除や、テロリズムと原理主義による文化的排除が、我々の社会の構造そのもの、すなわち他者を敵と見なし恐怖や憎悪を産み出す、「我ら」対「彼ら」の文化に基づいた我々の集団的存在を破壊しつつある今、サティシュ・クマールは、私たちに「ソーハム(彼は我なり)」、すなわち「君あり、故に我あり」という贈り物を与えてくれた。サティシュの心の旅とインスピレーションは、私たちを暴力から非暴力へ、貪欲から思いやりへ、尊大さから謙虚さへと動かすための、万人にとってのインスピレーションとなる必要がある。ーヴァンダナ・シヴァ(『生きる歓び』(Staying Alive)の著者)

講談社、サティシュ・クマール、尾関修、尾関沢人訳『君あり、故に我あり』P12

この本はサティシュ・クマールの大きな思想を感じられる素晴らしい作品です。

紹介したい箇所がそれこそ山ほどあるのですが、それらを単発で引用してもなかなか伝わりにくく、今回は泣く泣くあきらめました。彼の思想は様々なつながりから見ていく広い視野が特徴です。これは読んで頂ければすぐにわかると思います。決して難しいことは書かれていません。むしろその読みやすさに驚くと思います。ですがだからといってその教えが浅くて軽いものだということは決してありません。その教えの深さに思わず頭が下がるほどになることは間違いありません。

これはものすごい名著です。ぜひおすすめしたい1冊です。

以上、「サティシュ・クマール『君あり、故に我あり』ジャイナ教の視点から見た共存共生の人生哲学とは」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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